第26話 お泊まり


 あの後はゴリ押しされ、親の許可もちゃんと取っていると言うことで、舞さんの家にお邪魔することになった。

  

 車の少なくなった道を颯爽と駆ける舞さんのスポーツカー。俺は不安と微かな期待を胸に抱いていた。


「ひーくん、寒くない? 暖房つけようか?」


「いや、大丈夫」


「そっか。あ、それとうちに行く前にコンビニ寄るけど、良い?」


「あ、うん。もちろん」


 そう言った後、車は少しすると暗闇の中にぽつりと建つコンビニの前に止まった。


「ついたぁー。じゃあ、今日の夜ご飯の調達をしに行きますか!」


「……舞さん、夜ご飯遅くない?」


「そーゆーことは気にしない!」


「えぇ」

 

 今日が初めて舞さんの家、というか初めて他人の家に泊まるため、お泊まりの定石などはわからないのだが、普通こんなに遅い時間に夜ご飯を食べるか?


 それに今更だけど、俺はあの『結城舞』の家に泊まるんだよな……?


 お泊まりという一代イベントに、何だか思考が狂わされている気がする。 


「ほら! ひーくん、早く降りな!」


「あ、ごめん!」


 色々と俺が考えているうちに、舞さんはいつの間にかサングラスとマスクをかけていた。


 自分が結城舞だということをバレないように、しっかり対策をしている舞さんに驚きつつも、これが舞さんに取っての日常なんだろうな、なんて思いながら舞さんに遅れてスポーツカーを降り、コンビニへと入る。


 舞さんはカゴをとり、颯爽とおつまみコーナーへと向かい、早速お酒を4、5本、迷いなくカゴへと入れてゆく。


「あ、ひーくんも何か食べたいものあったら遠慮なくこのカゴに入れてって良いからねー!」


 そう言いながらもおつまみやら冷凍食品やらをカゴに入れまくる舞さん。


 まぁ、そう言われたら素直に従うかないよね。うん。


 俺は最近流行りのマリトッツォなるものや、好きなお菓子、ついでにおにぎりをいくつか入れた。


 「これだけでいいの?」なんて聞かれたが、これでも頑張ったほうだ。


 舞さんは何かに迷っているようで、少しうろついている。


 少しかかりそうだな、と俺は判断し、先ほどから我慢していたトイレに行くことを舞さんに伝える。


「ごめん舞さん。ちょっとお手洗いに行ってくる」


 一々報告するなんて小学生か、なんて自分に思いつつも、いきなり俺がいなくなったら心配するだろうし、それを伝えるだけで余計な手間が減る。賀久おじさんから学んだことだ。


「っ! 了解!」


 なぜか少し焦っているような気もしたが、きっと気のせいだろう。コンビニで焦るなんてことないだろうし。


 俺はサクッとトイレを済ませ、個室から出る。洗面台で手を洗い、小さな小窓がついているもう一つのドアを開けようとしたその時、小窓から目の前の商品棚で舞さんが悩み込んでいるのが見える。


 何の商品を見ているのかわからないが、あそこのスペースは確か、生活必需品などを置いているところだったはず。


 俺が居ない時に選んでいると言うことは、きっと見られたくないものなのだろう。


 俺も紳士優馬を見習わないとな。


 そう思い、舞さんが買うものを悩んでいる間、俺は狭い洗面台のある、店内に直接つながっている方の個室で待機をする。


 しかし、つい、チラリと小窓を覗いてしまう。見るつもりはなかったのだが、俺に隠れてまで何を買うのか、なんとなく気になってしまう。


 やっぱり、あいつ優馬はすげぇや……。


 しばらく舞さんを観察していると、やっと意を決したようで、商品棚に手を伸ばす。


 取ったものは小さな小箱。大半の文字は小さくて見えないが、目を凝らすと、『0.03』の文字だけが見える。


 ……え?


 そういう経験のない俺にでもわかる。あれは、そうだ。


 あ、いや、でも、きっと俺以外の人なのだろう。


 彼氏とか、そんな感じの……


 ……彼氏持ちが、思春期真っ只中の高校生を自宅に泊まらせるだろうか。


 いや、でも、昔からの付き合いで、俺のことを昔のように子供としか思っていないかもしれないし……。


 どうなんだ……。


 あぁ、もう。わからん。


 何一つわからない俺が考えたとて、どうしようもない。


 俺は目の前の商品棚から舞さんがいなくなったのを確認して、個室を出る。


 舞さんを探すと、俺がトイレに行く前までにいたおつまみコーナーの前で、待っていた。


「あ、おかえりひーくん。もう買いたいものはない?」


「うん、いく前に入れておいた分だけで大丈夫」


 舞さんの持っているカゴを見ると、さっきよりも増えているスルメやジャーキーなどのおつまみ類。


 小箱の姿はおつまみに隠れているのか、俺の目では確認できなかった。


「よし、じゃあ、そろそろうちに行こうか!」


「う、うん」


 舞さんは気づかれていないと思っているのか、それとも慣れているのか、トイレに行く前と全く表情は変わらない。


 舞さんはレジでお会計を済ませ、俺が先に乗り込んでいた車に乗り込む。


「よし、シートベルトつけてねー! じゃあ、改めてーしゅっぱーつ!」


 この深夜とは思えない元気な掛け声とともに、エンジンがごぅ、という重い低音を吐き、舞さんがエンジンを踏み込むと、滑らかに加速してゆく。


 舞さんの家に着くまでの間、俺は何度か舞さんに話しかけられたが、この後のことを悶々と考えてしまってうまく返事が出来なかった。

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