第27話 お泊まり②


 舞さんの家を見た第一の感想を言おう。


「普通だ……」


 至って普通のワンルーム。外装はそこら辺のマンションよりも綺麗で高級そうだったが、それでも舞さんがこんなにも普通の範疇に入る住居に住んでいるとは考えてもいなかった。


「何それひーくん。まさかめちゃくちゃ大きい豪邸とか、タワマンなんかに一人で住んでると思ってたの?」


「いや、そこまでとは思ってなかったけど逆に、高そうだけど普通のワンルームに住んでるとは思わなかった」


「へぇー。私、ひーくんにそんな風に思われてるのかぁ」


「なにその含みのある言い方」


「いいやぁー? まぁ、私の家の感想タイムは終わり! とりあえずひーくん、シャワー浴びてきな!」


「……う、うん」


 「シャワー浴びてきて」という言葉にどぎまぎしてしまうのは、絶賛思春期中の俺だからだろうか。


「あ、バスタオルとかは浴室にあるから、それ適当につかってねー」


「わ、分かったー」


「あ、あと着替え持ってきてないでしょ? 下着は私がコンビニで買ってきたから。あ、でも洋服は……」


「あ、洋服は大丈夫。いつも稽古用に着替えは多めに持ってきてるから、その中の使ってない洋服を着るよ」


「そっか。なら大丈夫ね。シャンプーとかも自由につかって良いから。じゃあごゆっくりー」


 舞さんの良い匂いを凝縮したかのような匂いのする部屋を抜け、脱衣所のドアを開ける。


 浴室はかなり綺麗目な作りになっていて、下手したら俺の家よりも大きくて綺麗なのではないかという程だった。


 脱衣所のドアを閉め、服を脱ぐ。他人の家で裸になるというのは何とも慣れない。


 脱ぎ終わり、浴室に入る。


 そこからは特に何が起こったわけでもなく、シャワーを浴びたり、今までに使ったことのないような良い匂いのシャンプーを使ったり、なぜか洗濯機と洗面台の隙間にブラが落ちていたりしただけだ。


 だが俺は余計なことをせず、さっさと着替えを済ませて脱衣所を出る。


 そして、舞さんがいるはずの部屋に入ると、先ほどいた時まではついていた照明は粗方消され薄暗い。


 テレビはついているが何も流れておらず、ただ光を出す照明と大差ないものと化している。


 先ほどとは打って変わって、妙に卑猥な空気が流れている部屋に少し気を取られていると、突然横から話しかけられる。


「お、もう上がったの。さすが男子、早いね! じゃあ、私も済ませちゃうから、あの中から好きな映画選んでて!」


 そう言って舞さんが指刺した薄暗闇の先には、膝丈ほどの丸いテーブルに、きっとDVDが入っているであろう箱や、コンビニで買っていたおつまみなどが乗っていた。


「わかった。じゃ、じゃあ、ごゆっくり?」


「ははっ、慣れてない言葉は言うもんじゃないよひーくん! じゃっ、のんびり待っててねー」


「うっっ」


 図星だ。


 慣れない言葉を言ったことに後悔していると、舞さんは軽やかな足取りで、先ほどまで俺が居た浴室へと入っていく。


 俺は丸いテーブルのすぐ側にあった、2人用くらいの大きさのソファに腰をかけ、箱の中身を見る。


 中には俺が見たことのあるシリーズや、洋物の見たことない作品まで沢山入っていた。


 一度見たものを見るのも何だか味気ない。せっかくだからと、一度も見たことのない、洋物の映画をチョイスする。


 これまでの時間僅か3分。そんな短時間で舞さんが上がってくるわけもなく、俺はする事を失ってしまった。


 ふと時刻を見ると午前2時。平日ならば明日は遅刻確定、という時間なのだが、今日は金曜日。週に二度ある徹夜がセーフな日だ。


 つまり、今日はパーリナイッッ!!


 ……やっぱり深夜テンションというものなのだろうか。それとも単純にお泊まりが嬉しいのだろうか。


 自分でもわからない……。というかこんな自分に慣れていないせいか何だか恐ろしい。


 そんなことを考えること十数分。ガラガラ、と浴室のドアが開く音がする。


 もう上がったのだろうか。それならば今はきっと裸で……おっと。


 きっと、さっき落ちていた様な少し派手目のブラをつけて……あぁ、だめだ。


 いきなりお泊まりに誘う舞さんもやばいと思ったが、俺も俺で何だか今日は変だ。


 余計なことは考えず、黙想でもしておこう。


 俺はソファを背もたれにして、柔らかなカーペットの上にあぐらをして座る。


 きっとこの後は映画を観るつもりなのだろうから、テーブルとテレビが目の前にあるこの位置でいいはずだ。


 俺はそれだけを確認すると、目を瞑り、瞑想をする。時々出てくる黙想中に出てくる舞さんを払いながらしばらく続けていると、脱衣所のドアが開いた。


 俺はやっと終わったのかと思いそちらを見ると、大きくダボダボのオーバーサイズと呼ばれるTシャツ一枚を着て脱衣所から出てくる舞さん。


 太すぎず、細すぎずのちょうど良い太さの健康的な太ももが、隠れることなくあらわになっている。


「ふぅー。さっぱりしたー」


 そう言いながら長い髪をバスタオルで拭きながら近づいてくる舞さん。


 そのまま近づけば座っている俺に角度的な関係で下が見えてしまうっ! 


 それほどにギリギリなのだ。


「ちょ、ちょっと待って! 舞さん!? その格好は何!?」


 止まってくれという意味を込めて、手のひらを前に出すが、一向に舞さんが止まる気配はない。


「えー、どうしたのひーくん?」


 顔をよく見ると、悪魔的な笑みを浮かべている。


「いや、ちょっと、み、見えちゃうって!!」


「だーかーらー何がー? もしかしてそんなに気になっちゃうの? この下が?」


 そう言って悪魔的な笑みを残したまま、服の裾を持つ。


 数時間前のデジャブを感じる、がしかし。あの時はうっかりだったのに対して、今は100%故意だ。


 段々と更にあらわになってゆく太もも。ただでさえギリギリだったものがさらにギリギリになっている。


 もはや、目線を逸らせない。まるでブラックホールに視線を吸い寄せられているかのようだ。


 そして、わずかに布が見え隠れし始める。それでもまだ舞さんの手は止まらない。


 あと、数ミリ。


 そして、黒い布がチラリ見えたその瞬間、今までの焦らしは何だったのかというほど、勢いよく裾を上にあげる舞さん。


「ちょっ、ちょっと!? 舞さん!?」


 俺は結局、最後まで目をそらすことが出来ず、その裾の下のブラックホールを目に入れてしまった……のだが。


「ざんねーん! ショートパンツでしたぁー!! そんなに前のめりになって何に期待してたの、ひーくん?」


 ブラックホールに引き寄せられていた視線を上に戻すと、悪魔的な笑みをさらに悪魔的にしている、もはやサタン的な笑みを浮かべる舞さん。


「…………」


 この俺の気持ちがわかるだろうか。


 真っ当な男子高校生の心を弄んで楽しんでいる舞さんは本当に悪魔だ。サタンだ。


「……え、どうしたのひーくん? なんでいきなりそっぽ向いちゃうの……?」


「…………」


「もしかして、いじけた……?」


「…………」


「ご、ごめんってひーくん! ほら、こっち向いて! ねぇ! ごめんってー!」


 反省はしてくれている様だが、この罪は重いぞ……舞さん。


「もーわかった、わかったよひーくん。一回だけだよ? 見せてあげるから、こっち向いて?」


 するりと、何かが脱げる音がする。これは勘違いなどではない。俺の五感をフルに使った結果、脱いでいると判断したんだ。


 もう一度言う。間違いはない。


 ……まぁ、そこまでしてくれるなら? 許さないことも? ないな?


 俺は反対方向に向けていた頭を舞さんの方へと向け、再びブラックホールへと目を向ける。


 すると、そこには、明るいピンク色のーー


「……色違いじゃん。ただの……」


「ブフッ! あははっ!! お姉ちゃんのパンツそんなに見たかったのー? ねぇ、ねぇ、ひーくん?」


 そう言ってこれでもかと顔を近づけてくる舞さん。


 脱衣所にいた時からせっせと、俺をからかうためだけに2枚もホットパンツを着たのかと考えると、もっと腹が立ってくる。


「もういい」


「え! ちょっとひーくん!?」


 それから俺はしばらくの間、舞さんと口を聞かなかった。

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