第24話 自主練
「おい……優馬、大丈夫か?」
「あ、ぁぁぁ、ゆ、結城……舞……」
あぁ、だめだこりゃ。完全にバグってるわ。
「ひーくーん。その子大丈夫そー?」
「えーと、ダメそうです」
「えぇ……ちょっと、そこの君、大丈夫ー?」
舞さんが声を掛けると、冷凍されていた魚が急に命を吹き返すかのように、優馬の体がびくりと動く。
「ハイっ!! 大丈夫でっす!!!」
なぜか敬礼をしながら、返事をする優馬。バグはまだ治っていないらしい。
「うん。大丈夫そうだね!」
「いや、どう見ても大丈夫じゃないでしょ……」
「うん! 私も大丈夫だと思う!」
輝夜に至っては、優馬すら見てないし。
それにしても本当に治ったのか?
俺はそろそろ本気で心配になってきたので、優馬に近寄り肩を思いっきり揺らす。
「おーい。正気に戻れー! 大丈夫かー?」
「はっっっ!! い、一体何が……確か俺は結城舞と夢の中で会って……」
「夢じゃないぞ。改めて紹介する。結城舞と、輝夜月子、一応、俺と同じ事務所で、友達だ。舞さんは友達かわからないが」
「ひゅっっっ……」
「おいっ! 起きろ!!」
またさっきのようになるとめんどくさい。なので肩を全力で揺らし続ける。
「大丈夫かー?」
しばらく揺らし続けると、目の焦点が段々と俺にあっていく。
「あ、あぁ、なんとか状況が整理できてきた……」
「それならよかった。じゃあ、そろそろ……」
「あれ、そういえば結城舞と同じ事務所ってことは、一夜の事務所って、『ニュークリ』……なのか?」
「え、そうだけど……?」
「あぁ、もうだめだ……」
優馬は俺に倒れかかり、体を完全に俺に預ける。
「えっ、おい!! 優馬ぁぁぁぁぁぁ!!」
それから優馬はしばらく気を失っていた。
※
「本当にすいませんでした……ちょっと驚く要素が多すぎて……」
俺たち3人の目の前でなぜか正座をする優馬。一応言っておくが、やれと言ってやらせているわけではない。
「もー、いいよってー。優馬くんだっけ? 私たちが急にきたのが悪いんだし」
フォローを入れる舞さん。
「うん。そうよ」
それに加わる輝夜さん。
「すいませんでした……」
土下座の姿勢から深々と頭を下げる優馬。
「もう大丈夫だって! それよりも優馬。今日は自主練をするために集まったんだろ? じゃあそろそろやろうよ!」
「お、おう、そうだな!」
俺が声をかけると、そう言って優馬は片膝立ちをしてから立ち上がる。
「俺が言うのもなんだけど、何か準備してくれたりしてくれてるのか?」
「あぁ! もちろん! 過去5年に公演がされた夏花の台本全部持ってきたぞ!」
お、多くねえか? なんて思ったとしても言わない。優馬もそれだけ張り切ってくれたってことなのだろう。
「多くないかしら? そんなに今日はやらないでしょう?」
輝夜さん。その意見は確かだけど、空気を読もう。
「ご、ごめん……、つい……」
部屋がなんとも言えない空気に包まれる。だが、その空気を察してるのはおそらく俺と優馬だけだろう。
「……と、とりあえず、やろうよ!! せっかくこんなに台本があるんだし!」
俺が何とかフォローを入れる。我ながらにかなり良いフォローだったと思う。
「まぁ、そうね……」
何とか輝夜さんは納得してくれたようで、やっとのことで4人の自主練が始まった。
※
どうしてだろう。……どうして俺が壁に背を預け、まるで体育を見学する小学生のように座ってるんだろう。
優馬に教えていた途中で、段々舞さんと輝夜さんの意見が大きくなってきて、最終的に端っこに追いやられてしまった。
あ、ちなみに俺だけじゃなくて優馬もだけど。
「〜〜!! 〜〜よ!」
「いーや、〜〜で〜〜なのよ!!」
輝夜さんと舞さんの2人は、俺たちなど元からいなかったかのように夏花の物語を紡いでゆく。
教えあい的な和気あいあいとした感じだったはずだったんだけどなぁ。
「……あれ、本当に初めて台本読んで、初めてあの役演じてんのか? どっかで練習してたんじゃないのか?」
「……多分初めてだよ……本当に化け物だよな……」
「お前が言うか……」
「……?」
確かに俺もオーディションでは初めてだったが、ここまでの演技が出来ていたかと、問われると、なんとも言えない。
しばらくすると、満足いったのか、2人は途切れ途切れになっている呼吸を戻しながら、汗を拭く。
そして、汗をぬぐっている舞さんとふと目が合う。舞さんは自分と輝夜さんを見て、もう一度俺に視線を向ける。
「…………あ」
その一言を言った途端。
「ごめぇぇぇぇん!! ひーくんと優馬くん!! 熱中しすぎちゃったぁ!」
「いや、全然いいけど……」
「う、うん」
俺と優馬は2人に対しての文句なんて微塵もない。だっていつの間にか勝手に外れてただけだし。
「あぁ!! しかももうこんな時間!!」
時計の針はもうすでに11時を指している。あれから1時間半ほど経っただろうか。
「俺たちは全然大丈夫だよ!」
一応、急がなくてもいいよ、という旨を伝えようとしたのだが。
「ごめんね! 今すぐ着替えるから!!」
そう言って服の裾に手をかける舞さん。全く伝わっていないみたいだ。
優馬は何かを察したかのように背中にあった壁に向き合い、顔をこれでもかと言うほど押し付ける。
俺は何がなんだかわからず、その布がはだける瞬間を……目に収めることはなかった。
何かの布を頭全体に勢いよく被せられ、目隠しをさせられる。しかし、その空間は妙に蒸れていて、何だかいい香りまでする。
顔を少し前後に動かすと、何かが鼻が当たる。その目の前にあるであろう物体は少し湿っていて、妙に柔らかい
「ちょっと!! 舞!! なんでここで着替えるのよ!? せめて一夜たちが出てからにしなさいよ!!!」
輝夜さんの声。なのだが、何で真上から聞こえるのだろう。
「あぁ、ごめん! ……でも、月子ちゃんが言えることじゃないと思うなぁ?」
「う、うるさい!!」
何ごとかと思い、背筋を伸ばしながら上を向くと、顔にとてつもないほどに柔らかく、重い物体がのしかかる。
まぁ、上を見たとて当然何も見えないのだが。
「ひゃっ! ちょっ、ちょっと、一夜!! 動かないで!?」
あぁ、俺ですか……って何で?
動かないで、と言われても、この状況が何がなんだかさっぱりわからないのだが。
とりあえずそろそろ大丈夫だろうと布を取ろうとするが、強く抑えられているようでなかなか取れない。
「あっ、んっ、も、もぉ……! 一夜! 動かないで!!」
「えっ!? う、うん」
すごい剣幕で言われたものだから、俺の動きはその瞬間にぴしりと止まった。
「そ、それと、一夜……目、瞑ってて……絶対開けないでよ……!」
「わ、わかった……」
声色が妙に艶いでいたのは、きっと気のせいだろう。
少しすると、新鮮な冷たく感じる空気が俺の顔に触れる。
「目……開けていいわよ」
「う、うん」
ずっと暗闇にいたせいか、目がなれず眩しく感じるが、だんだんとその明るさになれてゆく。
瞬きをして、目の前を改めて見る。するとそこにはそっぽ向いている輝夜さんに、苦笑いを浮かべている舞さん。
そっぽを向いている輝夜さんの耳が、舞さんと演じ終わった後よりも赤くなっているのはなぜなのだろう。
しかし、そんなことを考える暇もなく、隣の紳士が口を開く。
「すいません、そろそろそっち向いてもいいですか……?」
「「「……あ、」」」
俺たち3人は決して
彼が壁に鼻が潰れるくらいに顔をつけ、己の存在をできるだけ薄くしていたせいで気づかなかっただけだ。
何度も言うが、彼の存在を忘れていたわけではない。
決して、だ。
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