第23話 成長


あれから20分ほど会話が弾み、俺たちは喋り続けていた。


 そろそろ戻ろう、という話になり夏花劇場に戻ってはいるが、それでもまだ話題は絶えない。


「あ! それとさ、一夜って演技の勉強とかってどうしてるー?」


 それまでの会話の流れで、優馬が俺に質問を投げる。


「演技の勉強かー、暇な時には声劇を聞いたり、あ、それと映画で名作って言われてる作品と、駄作って呼ばれてる作品を片っ端から見たかなぁ」


「へえー、って、名作はわかるけど、なんで駄作?」


 頭を傾げながら優馬は俺に尋ねてくる。


「名作は、名作たる所以がある。それは俳優の演技だったり、脚本の秀逸さだったり、カメラワーク、その他もろもろのどれか、もしくは全てが良いから名作って呼ばれてると思うんだ」


「まぁ、そりゃ、そうだな」


「うん。で、なんで駄作を見るかっていうのは、自分がやってはいけないことが学べるからだよ」


「……へえ」


「名作だと当たり前なことが、駄作だと当たり前じゃなくなる。だからそこからできる発見もあるんだ」


「……ふーん、そうか……ありがとう」


 眉を寄せて、これでもかと考えているようだったが、これ以上聞いてこないので大丈夫ということなのだろう。


 そんなこんなで、ゆっくりと話しながら夏花劇場に帰って来たせいか、かなり時間が遅くなった気がするが、きっと大丈夫だろう。


 流石に賀久おじさんも遅くなるって言ってたし、そんなコンビニに行ってる最中になんて……。


「ある……じゃん……」


 数十メートル先、見覚えのありすぎる黒塗りの車が道路に止まっていた。


 見間違いなどではない。あれは確かに賀久おじさんの車だ。


 どう言い訳をしよう、なんて考えていると、静かに止まっていた黒塗りの車が、ライトを点けて目の前を照らし、こちらに進んで来る。


 どうやら言い訳を考える時間も無いみたいだ。


「どうした?」


 俺に違和感を感じたのか、優馬が魂の抜けた俺に聞いてくる。


「あー、いや、なんでもないよ。それと、自主練は稽古が終わってからにしよう。いいよね?」


「全然いいし、すっげえありがたいけど、お前、本当に大丈夫か?」


 冷や汗が首筋を伝う。


「た、多分大丈夫。それじゃあ、また明日……」


「お、おう。体調に気をつけてな……」


 体調を心配されるほど具合が悪そうに見えるだろうか。


 胃が痛くなっているのは事実だが。


 でも、少し寄り道して待たせてしまった位だからきっと大丈夫だろう。


 そんな事を考えているうち、ついに黒塗りの車が目の前で止まる。


 それとほぼ同時に助手席のドアが開き、賀久おじさんが出てくる。


「ご、ごめんなさい。コンビニに行ってて……」


「そんな事はどうでもいい。最低限のホウレンソウ《報告・連絡・相談》はしろ。玄関で待っていると言ってたのに、いないからどこに行ってしまったのかと心配して何度も電話をかけたぞ。スマホは?」


「えっ、持って……」


 ポケットからスマホを出し、スマホを開くと、真っ黒な画面に赤い雷マークが。


 充電切れだ。


「あっ、すいません、充電が切れてました……」


「はぁ、そうか。それは仕方がないが、俺が送迎をする時に、別の場所へ行く時は必ず連絡をすること。そうでもしないと、お前が事件なんかに巻き込まれたら堪ったものじゃない。それに今後はメディアへの露出が増えていくんだ。そこんところの自覚を持っておくように」


「はい……すいませんでした」


「ほら。それがわかったなら、乗れ。冷えるぞ」


「……はい」


 俺は少し暖房の効いた後部座席に乗り込む。俺が乗り込んだ事を文太さんが確認し、車は出発する。


「……初めての稽古はどうだった?」


 先程とあまり変わらない普通の口調で、賀久おじさんは俺に聞いて来る。


「うーん、すごく、楽しかった? って言っていいのかな……。でも、一回通し稽古したら、俺だけ帰らされちゃったんですよ……」


「……そうか。まぁ、須藤から来るなとは言われていないんだろ?」


「えーと、そうですね」


「なら関係ないな。明日からも頑張れ」


「は、はい……」


 明日も今日の様に帰らされたらどうしよう、なんて事を考えていると、今日交わした約束を思い出す。


「そういえば、賀久おじさん、明日から優馬……三木くんと自主練して帰るから、少し遅くなりそうなんだけど……いいですかね?」


「あぁ、それは全く構わない。……2人だけでするのか?」


「多分、そうですね」


 今日の優馬の感じからして、きっとそうだろう。


「うーん。よし、それなら明日からその自主練とやらに輝夜を参加させるぞ。いいな?」


「えっ?! で、でも、輝夜って舞さんと一緒なんじゃ……」


「あぁ、舞もくるぞ」


「あっ、いや、そっちじゃなくて」


「なんだ?」


 ルームミラー越しに少し睨んでくる賀久おじさん。それに少しビビりながらも、気になっている事を言う。


「輝夜って、色々治すために舞さんと一緒に行動してたんじゃなかったんですか?」


「……あいつの適応力は堪ったもんじゃない。はっきり言って舐めてたよ……はぁ」


「え、どう言う事ですか?」


「あいつは自分の弱点を客観的に理解して、それを克服した。それも二日で。あり得るか?」


「はい? それって、要するに、人と話せるようになったって事……ですか?」


「あぁ、まだ必要最低限だが、前のような興味の無い者には一瞬で終わらせる、なんてことは無くなっていた。この状況で、必然的に人と会話する能力が必要だと無意識に体が理解したんだろう」


「そんな、すぐに……」


 俺がクヨクヨしている間にも、輝夜さんは見えないところで確かに成長しているのか。


「俺も心底驚いたよ。今日2日目で、どうなることやらと思ってちょいと覗いてみたら、舞の現場の方々とペラペラ話してやがる。本当にお前のためならなんでもするな」


「俺のためって……」


 もしかして、あのを実行したのか……。


「まぁ、そう言うことだ。あいつらには伝えとくから。よろしくな」


「は、はい……」


 静かになった車内はまるで、嵐の前の静けさを体現しているようだった。




「よし! 今日はここで終わろう! みんなお疲れ様!」


 レオさんの声が部屋に響く。


 他の団員たちは、疲労困憊と言った様子だった。


もちろん俺含め、だが。


 それもそのはず、何故か今日から最初の各自練習が無くなり、最初から最後までぶっ通しで、合わせ稽古だった。


 理由はわからなかったが、昨日よりもなんだか、もっともっと楽しくなっていた気がした。


それに、今日は最後まで居れたし。


 俺は汗を拭き、荷物をまとめていく。今日から早速優馬との自主練が始まる。


 ドアを開け、一礼をして部屋を出ると、壁にもたれかかりながらスマホをいじっている優馬の姿が。


「あっ! ごめん! お待たせ!」


「お、やっと来たね。それじゃあ部屋を借りてるからそこへ行こうか」


「うん! あ、それと、急な話なんだけど……」


「どうした?」


「俺の演者仲間が今日、自主練に来るらしいんだけど、いいかな?」


「あー! 須藤さんから聞いてるから大丈夫だよ」


 そう言って優馬は笑いながら、再び歩き始める。賀久おじさんが、あらかじめ連絡を入れておいてくれたのか、助かったな。


 レオさん達と稽古した部屋から僅か20メートルほど歩いたところで優馬は立ち止まり、鍵穴に鍵を差し込む。


「あ、意外と近いんだね」


「うん、ここには余るほど部屋があるからね」


 さすが夏花劇場。この巨大建築は伊達じゃない。


 ガチャリ、と大きな音がなる。どうやら鍵が空いたようだ。


 優馬が先に入り、電気のスイッチを押すと、少しの間パチパチとついたり消えたりを繰り返し、部屋に灯りがつく。


 部屋はドアの左側の壁が鏡張りになっていて、それ以外の壁は防音仕様。


 3、4人で練習するならちょうどいいくらいかな、というくらいの広さだ。


「そういえば一夜、お友達とやらは?」


「あ、そういえば」


 鞄からスマホをとり、Rainを見ると、5分前に輝夜さんからのメールが来ていることに気がつく。


 すぐさまRainを開き、メッセージを見ると、そこには『ついたよ』の文字。


「あ、もうこっちに着いてるみたい。呼んでくる!」


「お、了解」


 鞄を置き、ドアを開けようとドアノブを握る手に力を入れた瞬間。


 力を入れていないはずのドアノブが回る。


「え?」


 その言葉が俺の口から出た瞬間にドアが開き、俺は押し返され勢いよく地面に尻餅をつく。


「「どーもー!!」」


 尻餅をついた場所から、空いたドアを見上げると、そこには舞さんと、輝夜さんの姿。


 輝夜さんは少しキョロキョロした後、俺と目が合う。


「あ、輝夜さーー」


「ひっとよぉぉぉぉぉぉ!!!」


 突然悲鳴にも似た声で、輝夜さんは叫ぶ。そして、叫ぶと同時に、輝夜さんは宙に浮く。


「え、ちょちょちょちょっと!!」


 と、もちろんその声で、止まるわけもなく、浮いた輝夜さんはそのままの勢いでぶつかり、俺に抱きついて来る。


「ぐふっっ」


 重いわけでは無いのだが、いきなり飛び乗られたせいで、変な声が出てしまった。


「一夜! やっと私もこっちにこれたわよぉぉぉぉぉ!!」


 そう言いながら、抱擁の力が強まる。それと同時に大きな輝夜さんの双丘が、俺の胸筋に押しつけられる。


 その久しぶりの感触は、この世の物かと疑うほど、柔らかく、極上のものだった。


「ちょ、ちょっと、とりあえず離れようか?」


「あ、ごめんなさい」


 俺の言葉に反省したのか、しゅんとした顔で抱擁を外し、俺の体から離れる輝夜さん。


 輝夜さんが完全に離れた事を確認し、優馬の方へ目を向ける。


「ご、ごめん優馬。これが俺の友達の……って、大丈夫か?」


 目を向けた先にいた優馬は、これでもかと言うほど目を見開いている。


「な、なんで……」


「どうした?」


「なんで結城舞がいるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」


 ……あ。


 そうだこの人、『一応』すごい人なんだったっけ。


「はーい、どーも。結城舞でーす! 今日はよろしくねー!」


その言葉を舞さんが発しても、優馬はひたすらに固まっていたままだった。

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