第22話 コンビニ


「実は俺、元『龍樹』役なんだよね」


 この一言で地獄の空間と化したコンビニへの道中。


 キャストはほとんど決まっていた。それで俺が受かると言うことは、誰かが落ちると言うこと。


 そして、オーディションの時には居て、翌日の稽古にはいなかった優馬。


 気が付かない、いや、自分で目が向かないようにしていたのかもしれない。


 先程までウキウキと浮かれていた自分が、夢だったのではないかと錯覚するほどメンタルが削られていくのがわかる。


 この無言の、時間にして10秒ほどが、数分にも数時間にも感じられる。


 しかし、この地獄の沈黙を破ったのは先程と同じく優馬だった。


「あっ!! その、違くて!! 別に役を奪われた恨み、とかじゃないからな!?」


「……え?」


 驚きから、不意に声が出る。我ながら気持ち悪い声が出るもんだ。


「あー、今の言い方的にそう感じちゃうよなぁ……。ごめん」


「え、あー、えーと、どういうこと?」


 未だによく分からないこの状況。専門家を呼んで詳細を聞きたいくらいだ。


「あー、えーと、取り敢えずなんか買って話さない?」


 気づけばいつの間にか到着していたコンビニを優馬が指刺す。


「そ、そうだね」


 なんとも言えない気まずい空気のまま俺と優馬はコンビニに入店し、いらっしゃいませー、という店員の声と共に入店音が鳴る。


 俺はなるべく時間がかからないように、飲み物と、フライドチキンを急いで買い、足早に店の外へと出る。


 腰をかけられる場所を見つけ座っていると、しばらくして白い袋を持った優馬が遅れて出てくる。


「ごめんごめん、お待たせ! 隣に座るぞ?」


「う、うん、どうぞ」


 俺の言葉を聞いた優馬は、ビニール袋を漁りながら俺の隣に座る。


「あーっと、その、俺が言いたかった事は、これから仲良くしてほしいなっていう……その、簡単に言うと……友達になってくれ!」


 そう言われて横から目の前に、手を勢いよく差し出される。


 他所から見ればまるでプロポーズでもしているかのようにも見えるかもしれない。


 そんな勢いよく差し出された手を、俺は少々戸惑いながらも握り返す。


「っっっ!! これは……おっけーっていうことでいいのか?」


「うん!」


「おぉ! よかったぁー。じゃあ、これ、お近づきの印にどうぞ」


 そう言って袋から出した、二つが繋がっているアイスを割り、優馬は俺に手渡す。


「あ、いただきます……」


 俺も何かお礼の品を、と思ったが俺が買ったのはフライドチキンと飲み物のみ。


 シェアできるものなんてない。


 食いかけのフライドチキンと飲み物をシェアとか言って渡したら、それはドン引きされるだろうな。

 

 なので、大人しく享受だけされている事にした。


「あのさ……俺、一夜に一つだけお願いしたいことがあって。いいか?」


「あ、どうぞ……」


 溶けないうちに食べてしまおうと思い、アイスを頬張りながら言う。


「嫌だったら、本当に断ってくれて構わないからな?」


「う、うん」


 なんだか、すごいお願いが来るのだろうかと、少し身構える。


「俺に……演技を教えてくれないか……? もちろん毎日だとは言わない! 暇な時に少しだけでいいから、教えてくれないか……?」


 なんとも言えない、シリアスな雰囲気で来たお願いは、自分の予想を完全に裏切る物だった。


 しかも、俺に演技を教えてほしい、だって?


 きっと何かの間違いだろう。


「あのー、誰かと間違ってるか分からないけど、今日だって俺だけ帰らされたんだよ? 自分自身、なんでここまでやって来れたのかが不思議で仕方がないのに、人に教える事なんて……」


 本来なら自分のせいで落ちた人にする話ではないのだが、なんだか優馬にはしても良い、そんな気がした。


「帰らされた!? ……あー、そう言うことか、なんとなく分かったかも」


 驚きからか、すごい形相で驚いていたが、すぐにその端正な顔を納得と言うような表情に戻していた。


 もはや何が起こっているのか考えない方が、俺にとっては吉なのかもしれない。


「うーん、そんなわけでごめんけど、俺に教えてもらうっていうのは、やめておいた方がいいかも……しれない」


 俺がいかにも気まずそうに言うと、それを全く気にしないかのように優馬が答える。


「いいや、一夜。まず、今日1人だけ帰らされたのはあんまりネガティブに捉えなくていいと思うよ」


 さっきの事象をポジティブに捉えることなんてできないと思うのだが。なんて思っていると横にいた優馬は、袋を置いて立ち上がり俺の目の前に立つ。


「俺は至って真剣だ。冗談なんかじゃない。俺はお前に教わりたい。だから頼む!」


優馬はつむじが見えるほど頭を下げる。


「えっ、ちょっーー」


「本当に頼むっ!!」


 俺の声を遮るように優馬は言う。その声色は、なんだかすごく真っ直ぐで、とても真剣で、勝手に応援したくなってしまうようなものだった。


根負けだ。


「……はぁ、俺なんかでいいなら。 ただ後悔はしなーー」


「本当かぁぁぁ!!!! やったぁぁ!!」


 そう言ってつむじが見えるほど深々と頭を下げていた優馬は、途端に顔を上げ俺に飛びついてくる。


 その反動で持っていたペットボトルが手から転がり落ちる。


 かなりの力を入れられた後、ふと我に返ったようにパッと優馬の力が抜ける。


「そ、そんなに喜ぶことなのか……?」


「そりゃあな!」


「えぇ、」

 

 少々、と言うよりかは、かなり戸惑いながら、しかし嘘偽りのない笑顔で優馬が喜ぶものだから、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。


「じゃあ、よろしくお願いします! 一夜!」


 中途半端な敬語だな、なんて思いつつも笑いながら俺も返事を返す。


「うん! こちらこそよろしくお願いします! 優馬!」


 そう言って、2人でおかしな敬語を笑い合う。


いつの間にかしていた握手はこれでもかと言うほどしっかりと握られていた。


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