第21話 仕切り直し
クライマックスの第4部が終わり、今日初めての稽古は終わりを告げる。
俺は当たり前だが、自分の出番が終わってからは、元居た場所に戻り座りながら残りを見ていた。
最後まで終わり、レオさん含めたメインキャストたちは、肩を上下させながら酸素を取り込む。
ラストは激しい演技が多いため流石にキツいんだろうな、なんて思っていると水分補給を終えたレオさんが口を開く。
「みんな……お疲れさま。今日は一回しか通していないけど、ここで終わろう。異議を唱えるものはいないだろう?」
その言葉に俺以外の団員は頷き了承する。俺も遅れて了承を込めた頷きを返す。
「うん。オッケー。それとわかると思うけど、陣堂くん以外は残るように。それじゃあお疲れ様でした」
その言葉が耳に入った途端、俺は自分自身がとんでもない演技をしてしまったことを一瞬にして自覚する。
きっと俺の演技がダメだったんだ。
俺が悪すぎるからみんなでカバーしよう的な話し合いか? うわぁ、完全にコネ入団と思われたじゃん俺。
賀久おじさん……本当になんで俺をスカウトしたんだよ……。
先程までの薄暗い雰囲気はすでに霧散しており、ただただ眩しい部屋に逆戻りしているこの場所を一刻も早く出ようと、荷物をまとめる。
まとめている間にも絶え間なく注がれる視線。つらい。
やっとのことで、ぐちゃぐちゃながらも詰められた制服が入ったバッグを持つ。
ドアまでの20メートルが授業で行う持久走のように長く感じる。
やっとのことで両開きのドアの前につき、ドアを押す。そして、少し薄暗く感じる廊下へと出る。
長くも短くも感じられた俺の初稽古は、失敗に終わってしまったのであった。
※
陣堂くんが部屋を出る。我ながらに酷い言い方だったかもしれないと、少しばかり後悔をする。
もしかしたら自分が悪い演技をした、と誤解をしてしまっているかも知れない。
悪いのはこっちなのに。
1番だとは思ってない。驕りは人間をダメにするからだ。でも、トップレベルではあると思っていた。
自分も、
だけど、なんなんだ。あれは。
もはや恐怖さえ抱いてしまうほどの演技力。いや、もしかしたらあれは演技などではないのかもしれない。
「あんな、あんな化け物入れるなんて無理だ……絶対に無理だ」
誰かが呟く。
無理だ。
その言葉は反響して、まるで俺たちに諦めろと言っているような気さえした。
「そうだよ……無理だよ……」
またもや誰かが呟く。
俺も痛いほどそう思う。
だけど、今回彼を入れたのは、須藤さんだ。
彼の実力を見誤ったか、それとも何か変化を起こすために入れたのか。
いや、須藤さんに限って見誤るなんてことは絶対にない。
じゃあ、夏花に変化を起こそうとした、と考えてもいいのか?
あぁ、もう。考えがまとまらない。
とりあえず俺が今するべきことは一つ。
主役としてみんなをまとめること。
「みんな、須藤さんが俺たちを諦めさせるために彼を入れたと思うのかい?」
「「「…………」」」
「きっと、須藤さんは須藤さんなりに考えがあったんだ。それに精一杯答えるのが俺たちの役目なんじゃないか?」
どん底に落ちたかのように暗かった雰囲気が、ほんの少しだけ明るくなった。
この調子だ。
「俺たちはプロなんだ。たった一度で諦めるほどやわじゃないだろう?」
「……そうだ」
誰かがぽつりと呟く。それにつられて他の団員も段々と声があがっていく。
「そうよ! やりましょう!」
「私たちの方が歴は長いんだから、先輩としての意地を見せつけてやりましょう!」
再び団員に蘇りだす活気。
何とか危機は乗り越えられた。そう思い一安心するが、もう1つ自分にとって大事な事を思い出す。
それは、彼に喰われないようにすること。
そして、最後には『彼を喰う』事。
俺が主役として、みんなの代表としてやらなければいけない事だ。
「よし! みんなやるぞ!!」
俺が全力で声を絞り出す。
「「「おう!!!!」」」
俺の声に呼応して、今までで一番団結した返事が帰ってくる。
そして、誰からともなく、通し稽古の準備が始まり出す。
そうして、これまでで一番長い稽古が始まったのであった。
※
少し大きめの自動ドアを抜けた先にあるベンチに座りながら、賀久おじさんを待つ。
賀久おじさんは少し忙しいようで、遅れてくるらしい。
辺りはすでに暗くなっており、冬が少し顔を覗かせ指先が冷える。
それにしても。
「はぁ、初っ端からこれか……辞退した方がいいのかなぁ」
「……何で辞退なんかするの?」
突然後ろから話しかけられる。俺は驚き、すぐさま後ろを振り向く。
すると、そこには三木の姿があった。
「あっ、三木くん。さっきはありがとね……それと、もしかして独り言出てた?」
「うん。ばっちり出てたね!」
「マジスカ……」
自分の体すら制御出来ないのか。俺は。
独り言を聞かれた事で恥ずかしさがマックスになっている俺の横に、空気を読まず三木が座る。
俺は顔を逸らし、赤くなっている顔を見せないようにする。
「あはっ、意外と面白いね君」
冗談なのか、お世辞なのか、俺が面白いなんて事はないだろうと思いながら、火照った頬が冷たい空気に冷やされた事を確認して三木の方へと向く。
「そんな事ないよ」
「そう? あ、まぁそれはいいとして、こんなところで座ってるくらいだから今暇でしょ?」
「あっ、えーと、うん?」
賀久おじさんからは曖昧な時間しか教えてもらってないので、何ともイエスと言いづらいのだが。まぁ、多分大丈夫だろう。
「本当! それじゃあ、すぐそこにコンビニあるから行かない?」
何でコンビニなのかは謎だが、もしかしてこれって。
放課後にする寄り道的なやつなのでは?
夢にまで見た男友達と、帰りながらコンビニとかで買い食いしながら帰る……まさかこんな場所で叶うとは……。
シチュエーションが多少違うことには全力で目を瞑ろう。
「俺でいいなら……! 行くよ!」
妙に元気が出てしまったが、誤差の範囲内だ。
「うん、それじゃあ案内するよ!」
そう言ってベンチから三木が立ち上がり、進んでゆく。
俺もそれについて行く。
横に並び、先程の案内してもらっていた時をふと思い出す。
街頭の照らす合間合間を歩きながら、俺からは話しかけられないでいた。
「陣堂……下の名前、一夜だったっけ?」
空気を読んでくれたのか、それとも俺を気遣ってくれたのか、三木が俺に質問をする。
「う、うん」
「合ってた、よかった〜。それと、今度から一夜って呼ぶわ! 俺の事も優馬って読んでくれ!」
「り、了解。優馬」
なんだか、友達っぽい。……いいぞこれ。
俺が少しばかり浮かれていると、そこに優馬が一言。
「実は俺、元『龍樹』役なんだよね」
その一言を境に、それまでの和やかな雰囲気は一転、地獄絵図となったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます