第20話 初稽古
徐々に目が慣れてはっきりと目の前の景色が見え始める。
「おはようございます!!」
前の様に大きく、通る声を意識して声を出す。
「「…………」」
空回りする俺の声がや部屋にこれでもかと響く。
思ってたのと違うんだが。
すると、俺の声が響き終わったくらいにぽつりと立っていた俺を、オーディションの相手をしてくれたお兄さんが近づいてくる。
「……陣堂くんこんにちは。色々と説明してくるからとりあえず着替えておいで」
そう言って、部屋にある更衣室、と書かれた少し小さな看板があるドアへと指を刺す。
「はい……」
部屋の気温が体感1、2度空気が冷えた気がする。どうやら俺は初めからやらかしてしまったみたいだ。
※
真新しいジャージに身を包む。新品特有の匂いが鼻を抜ける。
「ふぅ、」
着替えは終わったのだが、この部屋から出ることが辛い。最初からやらかしちゃったし。
でも、この部屋からずっと出ないわけにはいかない。
気持ちを切り替え、ドアを開ける。
「おぉ、やっと終わったかい」
ドアの目の前に先程のお兄さんが腕を組んで立っていた。
「は、はい。お待たせしました……」
「よし。じゃあ、準備は整ったね。説明を始めるよ」
お兄さんは俺に向けていた視線を他の団員たちがいる方へと向く。
俺は、説明を聞き逃さないようにお兄さんの横へと立つ。
「まぁ、まずは自己紹介だね。俺の名前は空海麗央。空海って苗字はあんまり好きじゃないから、レオって呼んでくれると嬉しいね」
ニコリと微笑みながらお兄さん改め、レオさんは俺を見る。
「わかりました、レオさん。よろしくお願いします!」
「うん、よろしく。じゃあ、まずは稽古の手順を教えるね。これは外部からきた人にはとても驚かれるんだけど、俺たちは全員で合わせて通す事を1日2回くらいしかやらない。それ以外は自主練さ。だから、俺たちみたいに早く来る人もいるし、逆に合わせにだけ来る人も数は少ないけど、いるにはいる」
「へぇー、そうなんですね」
独特だなぁ、と思いつつもこれが夏花が有名になった理由の一つなのかな、なんて思う。
「まぁ、もちろん本番の一週間くらい前になったら、本番を想定してしっかり合わせて通すけどね」
「あっ、流石に合わせるんですね」
「うん、一日2、3回じゃ、無理があるからね。集中する期間になると、細かいミスを無くしたり、演技をより良くみんなでしていくんだ」
「そうなんですね……」
なんとも上手い言葉が出ず、我ながらに会話が下手くそな事を自覚する。
「うん。まぁ、自主練の時でも他の人と合わせたりも結構するんだ。とりあえず、全体合わせの時が来るまで俺達と合わせるかい?」
俺たちって言うと、昨日のオーディションの時にお兄さんの周りに居た人たちのことだろうか。
なんだか、怖そうだし、今日は台本を読んでおきたいから、断ろう。
「すいません、今日は不参加ってことでお願いしてもいいいですか?」
「うん、全然大丈夫だよ! じゃあ、台本はこれ。何か困ったことがあったらなんでも言ってね! それじゃ」
レオさんは俺に台本を渡して、元いた場所へと戻っていった。
再び1人の時間が訪れたな、なんて思いつつ他の人と被らない場所に位置どりをしておく。
そして荷物を置き、座る。
荷物の中から水をとり、一口水を含み、台本を手に取る。
そこからは合わせの時間が来るまでひたすら台本を読み込んでいた。
※
「そろそろ合わせようかー!」
レオさんの声が部屋に響く。
あれから2時間ほど経っただろうか、台本も二周ほど読むことができた。
初めて最初から最後まで読んだが、やはり物語自体が面白い。それに今まで夏花の演技でしか見られなかった物語が、活字で読めるというのはなんだか新鮮だった。
「準備が整った第一部の人から集まってどんどん通していくから! 第一部が終わり次第、第二部、それが終わったら第三部と、どんどん演っていくから準備しててねー」
この物語は大まかに4つに分けられていて、俺の演じる龍樹は第二部のキャラだ。
なので、少し時間はあるが、一応もう準備して第一部から見ておこう。
「よし、始めるよー」
そう掛け声をレオさんがかけた途端、空気が変わる。
今までうざったらしい程強かった照明も、空気が変わった今では薄暗さすら感じる。
それは、レオさん1人が出しているものではない。全員が物語を理解し、全員で最高の空気を作り出している。
「〜〜〜〜〜〜!」
早速集まったようで、第一部、まずは柳太郎の幼少期役の子やその家族が物語を進めていく。
しばらく進んだ後は、柳太郎役がレオさんにチェンジし、段々と南朝軍の兵士を殺すようになる。
殺陣の演技の時には棒も何も持っていないのに、本当に刀やナイフが見えるだけじゃなく、血飛沫が舞う様子さえ幻覚で見えてしまうほどのものだった。
レベルが違う稽古にビビりながらも、心臓のバクバクと共に胸の奥でワクワクが止まらない。
あんなハイレベルな所に自分が入ったら、どうなるのだろう、と。
おそらく昨日のオーディションとは緊張感も、何もかもが比べ物にならないほどすごいだろう。
だが、俺自身も台本をしっかりとインプットできた。だから、昨日の数倍は良い演技ができる気がする。
あと、数ページで俺の出番が来る。
そして俺は軽くストレッチを済ませた体に言い聞かせる。
「やるぞ」
と。
※
それこそ、昨日の陣堂くんくらいのレベルまできている。
これは良い。本来、本公演の4日前くらいに達成しておけばいいレベルをもうすでにみんなが達成している。
もしかしたら、今回の公演は夏花史上最高のものになるかもしれない。
そんな事を考えている内に、物語は第2部へと進んで行く。
なんだか、皆んながいつも以上に団結しているせいか、時が流れるのがすごく早く感じる。
それに、そろそろ陣堂くんの出番だ。
ずっと台本を読んでいたみたいだが、昨日ほどの演技ができれば上出来だ。
いや、きっと陣堂くんならもっとすごいものを見せてくれるかもしれない。
そう俺の中の才能が言っている。
いつぶりだろうか。こんなに胸が高鳴るのは。
楽しみで楽しみで仕方がない。
そんな俺の思いに呼応するかのように出てきて、俺と陣堂くんの演技は始まる。
柳太郎が龍樹の後をつけ、戦いとなる。
彼は超能力を持っていない俺に油断し、殺される。そして色々あって柳太郎が今後悩むようになる原因ができる、簡単に言うとそんな場面だ。
昨日の時点で、三木の演技は超えていたが、それでも俺はまだ喰われるレベルじゃない。
だから大丈夫だろうと、そう思っていた。
しかし、その思いも束の間。陣堂くんと演技を始めた瞬間に感じる違和感。
その違和感を感じとる間も無く、昨日の演技が嘘だったかのように、さぞ当然の事かの様に、陣堂くんは超えてきた。
昨日の自分も。今日のこの瞬間の俺すらも。
超えて、俺は疑問さえわかない内に、喰われていた。
いや、俺だけじゃない。
そこにいた団員全員がきっと思っただろう。
あの男に『喰われた』と。
そこから彼の出番が終わるまでの事は正直うまく覚えていない。
覚えているのは、ただ彼に喰われ、絶望し、自分自身が彼の思いのままに動かされるお人形のようだった、ということだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます