第19話 初めて
学校の終わりを告げる鐘が鳴り響く。それと共に廊下には人の波ができ出している。
俺と輝夜さんは、今日の中で唯一まともに話せるこの放課後の時間に、机をくっつけて話をしていた。
「ーーで、焼肉食べに行ったんだけど、めっちゃ美味しくてさ! 輝夜さんはどうだった?」
目の前には、両手で机に頬杖をついている輝夜さん。輝夜さんは早速忙しそうで、今日も午後の授業から出席をしているほどだった。
「私は舞と女子会をしたわ! 私、女の子のお友達が出来たらずっとやりたいと思ってたの! それでね、スイーツパラダイスって言うところに行ったのだけれど、すっごく楽しかったわ!!」
やっと自分の番が来た! と言わんばかりに流暢に昨日の出来事を話す輝夜さん。その整いすぎている顔は、聖母の様な笑みを浮かべている。
「へぇー! そうなんだね!」
昨日の雰囲気的に2人が仲良くなれるかとても心配だったが、ちゃんと仲良しになってくれているようで、なんだか嬉しい。
「うん! それで舞がね、家まで送ってくれて、それでバイバイしたの!」
「そうなんだね! ……え、じゃあ、今日の朝はどうしたの?」
そう聞いた途端、段々と顔を赤くして行く輝夜さん。
「えーと、そのー、昨日の女子会が楽しすぎて……興奮して、眠れなくって、寝坊しちゃったのよ……」
聖母のような笑みを浮かべていた輝夜さんは、そのトマトのように真っ赤な顔を白く小さな手で隠す。
「そ、そうなんだね……」
「うぅ、」
俺も俺で、上手い答えが出せずにオドオドしていると、輝夜さんと俺のスマホから着信音が鳴り響く。
「あ、賀久おじさんからだ……」
「私も舞からだわ……」
「今日はこれでお別れだね……」
俺にとっては唯一の友達と話せる貴重な時間だったのだが、どちらも大事な仕事がこの後に待ち受けている。
このままずっと話していたいなんて我儘は言えない。
「そう……ね、じゃあ下まで一緒に行きましょ?」
「うん、そうだね!」
そう言うと、俺と輝夜さんは机の中に残っていた教科書などをカバンに入れ、机を元の場所に戻す。
「よし、じゃあ行こっか!」
「うん!」
そうして、わずかな俺と輝夜さんのお話タイムは終わりを迎えたのだった。
※
「輝夜はどうだった?」
走行音だけが鳴る車内で、賀久おじさんはそう俺に問う。
「すごく楽しそうだったよ。あの調子ならすぐこっちに来そうだったし……」
「そうか、『舞と』ならそうだろうな。問題は他の人ときちんとコミュニケーションをとれるかどうかだ」
何か含みがあるような言い方をする賀久おじさんに疑問を持つ。
「……どう言うこと?」
「うーん、今はまだお前は知らんでいい。それに一夜、今日は初めての稽古だろ。お前はお前で今は自分の心配をしてろ」
「うん……って、え?」
「どうした?」
「初めて……ケイコ? はい?」
唐突に出た複数の単語に頭が追いつかない。
「あぁ、言ってなかったか。お前合格だったぞ。昨日演った龍樹役だ。頑張れよ」
あまりにも普通に言うもんだから、合格というその価値が薄れてる気がする……。
すごい事、なんだよな?
「そ、そんな軽いノリで言われても、心の準備とかあるのに……賀久おじさんは前々から思ってたんですけど、色々と急すぎますよ……」
「すまんすまん、昨日は酒が入ってすっかり忘れてた」
「はぁ……」
ため息しか出ないことも許して欲しい。
「ほら、もうすぐ着くぞ。切り替えていけよ」
「……はい」
※
車が止まり、外に出ると、相変わらず巨大な建築物が目の前にあった。
「さっきも言ったが、今日から早速夏花の稽古に参加してもらう。もちろんの知っての通り、合格したと言うことは、次の公演でお前はメインキャストとして出演することになる。終わったら連絡をいれろ。迎えに行くから」
「はい……お願いします……」
「おう。……まぁ、余計な言葉は言わない。頑張れよ」
その言葉に驚き、後ろにいるはずの賀久おじさんを見ると、すでに車に向かって歩いていたため、顔は見えない。
「頑張ってきます」
伝わっているかはわからないが、温もりを感じる賀久おじさんの背中にそう言い、俺は夏花劇場に入って行く。
車内で渡されていたバックを開けると、そこにはスポーツブランドのジャージが入っていた。そういえば稽古用の服を持っていなかったなぁと思い、あらかじめ持っていない事を考えてくれた賀久おじさんに感謝する。
やはり普通のものより少し大きく感じる自動ドアを抜けると、そこにはお兄さんの横に居た俺と同じくらいの年齢の男が立っていた。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは」
元気よく挨拶をしてきた目の前の男は、なんだかどこかで見覚えのあるような顔だった。イケメンなのでそう感じるだけかもしれないが。
「俺の名前は三木優馬。簡単に言うと君の案内役みたいなものだね。困ったら俺を頼ってくれ。よろしく」
差し出された手を俺は握る。それと共に三木、という名字に何かを思い出せそうな気がした。
「よ、よろしく」
「それじゃあ行こうか!」
そう言って、三木は先を歩いて行く。一旦思い出すことを諦め、俺はバッグを落とさないように気をつけてながら小走りをして三木に追いつく。
そして彼の横顔を覗く。その横顔を見て確信する。やはり勘違いではない。確かに見覚えがある。
「……君、もしかして、昔『天才子役みーくん』って呼ばれてた人……かな?」
昔、俺がまだ演技に夢中だった頃、世間で天才と騒がれていた子役。俺は辞めてから特に調べてなかったので、今どうなっているかなんて知らなかったが、劇団夏花にいたのか。
「っっ……そうだよ」
なぜか一瞬、苦悶の表情を見せた後、すぐに最初に見せた中途半端な笑みに切り替え、俺の方へと向く。
「やっぱりそうなんだね……!」
何故かはわからないが、三木の嫌な思い出だったのだろうと察し、別の話題を考える。
が、話題が出ない。一向に思いつかないんだが。こう言う時に昔の自分を恨む。どうして会話を続けられるくらいのコミュ力を残さなかったのだ、と。
「着いたよ!」
昨日の緊急オーディションと同じ部屋の前で三木はそう言って、立ち止まる。
「挨拶は前みたいにしっかりと声出してね。じゃあ、稽古頑張って!」
「あれ、三木くんは……?」
「あぁ、俺は別の部屋で稽古だよ!じゃあ、また後で!」
そう言った後、三木は手を振りながら奥へ歩いて行く。
「う、うん。ありがとう!」
「いいえー」
三木が少し歩き進んだ後、俺は重そうなドアの前で深呼吸をする。
「ふぅ」
ドアに手を掛ける。一気に押して開くと、そこには昨日と変わらず、反射で瞼を閉じさせるほどに眩しい照明が照る部屋があった。
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