第18話 現実

 

 眩しいほどの照明が、1人の崩れ落ちた演者を嘲笑うかのように照らす。


 その崩れ落ちた演者の名前は、三木みき優馬ゆうま


 今回のメインキャストの1人、龍樹役『だった』者だ。


「くそっ、くそぉぉっっ!!!」


 三木は床を殴りつけ、このどうしようもない、恨みに似た感情をなんとか晴らそうとする。


 周りの団員は今日のやることはすでに終わっているため、三木を察してか、ゾロゾロと部屋を出ていく。


 そんな中、今回の舞台の主人公役、柳太郎役を演じる空海くうかい麗央れおが三木に話しかける。


「おい、そんなことをしても何も変わらないぞ。それにまだお前が入れ替わるとは決まっていない。だからーー」


「もう誰かが入れ替わる前提の話になってるじゃないですか。それに、年齢的にも、役柄的にも、俺の龍樹役が一番あいつにピンとくる。それをわかってたから彼のオーディションで龍樹役で使ったんでしょ」


「…………」


「それくらいはわかるよレオさん。あいつ、今日台本初読みなんだろ? それなのに、この物語の雰囲気を一瞬で理解した。それに龍樹の役柄も普通じゃありえないくらいに完璧に『ハマってた』。本当にあの物語の世界で龍樹として過ごして来たのかって錯覚するほどだったよ。でも……でもさぁ! それとこれでは切り分けられないよっ……!」


「…………」




 麗央は知っている。三木が幼い頃『天才』と呼ばれていたことも。彼は年齢が上がり、脇役ばかりになって悩んでいたことも。


 麗央は知っている。彼が誰よりも努力し、今回のメインキャストを勝ち取り、誰よりも喜んでいたことも。


 だからこそ。上手く声をかけられない。本当なら先輩らしく、的確なアドバイスをするべきなのだろう。


 だが、私情が、彼をよく知っているからこそ、どうしても入り込んでしまう。


そんな生暖かい言葉では彼になんの成長もさせることができない。


 どうしようもない沈黙が続く。重い重い沈黙だ。


 すでに空海と三木以外の団員は部屋を出ており、この雰囲気をどちらも壊せずにいた。


「……優馬、お前が、越えればいい」


 まるで当たり前のことを言うように、突然現われた須藤は言う。


 いや、突然会話に入ってきた、と言った方が正しい表現だろう。


「……須藤さん、いたんすか……。それに何言ってんるんすか、あんなバケモン越えれるわけないですよ。もう、俺はやれる気がしません」


 魂が抜けたようにへたり込んでいた三木が立ち上がる。


「お前が、越えればいい」


「だからーー」


「諦めるのか? 駄々をこねるのか? そんなものでメインキャストは取れるのか? いいや。そんな訳ないのは、お前が一番わかっているだろう?」


 三木は理解している。自分が天才と言われたあの時幼少期から成長して、自分の体が成長とともに才能を奪っていった事を。


 それでも三木はまだ己を天才だと疑わなかった。だから駄々をこね、こねてこねて、メインキャストに返り咲こうとした。


 だけど、世界夏花は残酷だった。


「……それがわかるなら、地べたを死ぬ気で這いつくばれ。プライドなんて捨ててしまえ。一度落ちたって何も変わりゃしない。スタート地点に戻るだけだ」


「……そうは言っても……」


「言ったろ。プライドは捨てろ。お前はまだ脇役だ。返り咲きたいなら、ちょうどいるじゃねぇか化け物が。あいつの技術を盗んで、喰って、何がなんでも己の物としろ。最後に勝ったもんが、この世界の勝者だ」


 そう言い残して須藤は部屋を出る。


「……ありがとうございます、須藤さん」


 三木のその声が聞こえたか聞こえていなかったのか、それは須藤本人しかわからない。


 だが、踵を返した須藤の顔には、笑みが浮かんでいた。




「ハイカットぉ!! 舞ちゃんこれにてクランクアップです! お疲れ様でしたぁー!!」


 監督がそう声をかけると、一斉に他のスタッフたちが労いの言葉をあの女にかける。


「ありがとうございましたー!」


 柔らかな笑顔で、カメラが集中した部屋のセットを抜け、私の居る暗いスタッフ側に歩いてくる。


「遅くなってごめんねー月子ちゃん。待った?」


「別に。あなたが遅くなろうがどうでも良い」


「あなたって……一応私の方が先輩なんだけどなぁー? そんなんじゃ、一夜のところには行かせられないかなぁー」


「っっっ!!」


 何この女、性悪だわ。絶対そうよ。


「プププッ、月子ちゃんわかりやすーい!」


「っっっっっ!! な、何がよ!!」


「なんでもなーい!」


「んん〜〜!!!!! 本当にもう! 何よ!?」


 性悪どころじゃないわ。この女は悪魔よ。間違いない、断言できるわ。


「はぁ〜、本当に月子ちゃんはいじり甲斐があって楽しい!」


 なんてテレビでも見たこともないような満面の笑みでそう言うものだから、なんとも言い返せなかった。


「ねぇ、月子ちゃん?」


「……何よ」


「あなた、じゃなくちゃんと名前で呼んで?」


 まるで私の心を読むような、鋭くも優しい目をして言ってくる。


そんな目を向けられるのには慣れてない。


渋々、私は目の前の女の名前を呼ぶ。


「……結城舞」


「なんでフルネーム……せめて舞ってよんで?」


 本当に何なんだこの女は。さっきから本当に距離が近い。


車の中で信号待ちしてたら『大きいねぇー』とか言いながら触ってきたし……。


 でも、なんだか不思議と嫌じゃない、気もする。


「……舞」


「っっ!!! やればできるじゃん!! よしよしこれからそう呼んでねー! じゃあ、舞って呼んでくれたご褒美にどこか食べに行こうか!」


 あれ……もしかして、これって。


「……もしかして、女子会ってやつかしら?」


「そうそう! 私も色々聞きたいことあるし!」


 まぁ、女子会なら……行ってあげてもいいな。


「それなら……いいわよ」


「ほんとー! よかったー! じゃあ、どこ行くかは、車に乗りながら考えよう!」


 そう言って優しい温もりが感じられる手で、私の手を引く舞。


「ちょ、ちょっと」


 無理やりに引っ張られる手は、やっぱり不思議と嫌じゃなかった。

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