第17話 緊急即戦力オーディション


 明るすぎる照明に段々と目が慣れてくる。制服の上着を脱ぎ、動き易いようにして、軽く目を通した台本を手に持つ。


 俺が演じる長さはそこまでなのだが、今までの夏花では見たことのない脚本。やはり、次の公演の脚本なのだろう。


 そして今日はその稽古だった、そしてその延長線上で俺をオーディションするってところか……?


 というか、稽古が始まっているのならキャストはおおよそ決まっていると考えてもいいだろう。


 それならば、もうすでに物語の全貌、登場人物のキャラ、登場人物の関係性などを完璧と言っても良いくらいに理解している彼らキャストよりも良い演技をしなければならないと言うことだ。


 それに対し、俺はその台本を軽く読んだだけでおおよそ理解しなければいけない。


 それに加えて役が難しい。主人公の敵役と言っても、後の主人公の思想に大きな影響を与える、作中でも特に重要なキャラだ。


 あくまでパッと台本を読んだだけの想像だが。


 しかし、こうして自分なりに役付をしなければ中途半端な演技になるのは明白。


「そろそろ準備ができたようだね」


 目の前でストレッチをしていたメインキャストであろうお兄さんが先程と同じように普通の声量で俺に問う。


「はい、待っていただきありがとうございました。よろしくお願いします」


「よし!! それでは始めようか!!!!」


 最初の通る声に切り替えたお兄さんが、開始を告げる。



 ※



 時は2XXX年。世界は南朝と北朝に分かれ、二つの朝廷の勢力争いが激化している世界。


 そんな中、主人公の柳太郎りゅうたろうは、『間の汚点』と呼ばれる二つの大陸の間に存在するどちらにも属せない国、ヴィーハンツ島で生まれる。


『間の汚点』と呼ばれる所以は、南朝北朝に住むすべての人々が何かしらの【超能力】を持つのに対して、不思議なことに『間の汚点』で生まれた人々には一切、超能力が発現しなかったためだ。


 そして柳太郎が5歳になった頃、ヴィーハンツ島が突如として南朝に侵略される。


 その理由は、ヴィーハンツ島で新たに見つかった地下資源を略奪するためだった。


 地下資源が発掘されるヴィーハンツ島の8割は侵略され、戦力を持たないヴィーハンツ島の人間は荒れ果てた僻地まで追いやられる。


 侵略中に捕まった男は殺され、女は奴隷にされ、子供は従順な労働力にされた。


 そんな中、柳太郎は家族の手助けもあり、捕まることは無かったが、柳太郎以外の家族は皆捕まってしまう。


 しかし、幼い柳太郎には捕まった後の仕打ちなど分かるはずもない。


 泥水を啜り、ゴミを漁り、何がなんでも生きようとする柳太郎。


 そんな過酷な状況の中、柳太郎は成長する。


 そして成長した柳太郎が淡い希望を持って侵略された故郷を、家族を、戦って初めて気がついた自分の【超能力】を使い、取り戻そうとする話だ。


 ダークファンタジーチックな内容だが、主人公があくまで普通の人間ということが鍵になる。


 敵を殺して、殺して、殺して殺し続けて。


 そして柳太郎は命の重みに触れ続けることによって気持ちの変化が起こる。


 家族や故郷という大義名分はあれど、本当に自分が正義なのか。


 殺した者にも、家族、恋人、友人がいただろう。そんな相手を自分が殺して、未来を奪った。


 そして、最初に命の重さを感じ、柳太郎が悩み続ける原因になった相手、それこそが俺の演じる龍樹だ。





 場面は進み、柳太郎を演じるお兄さんが【超能力】を使い、俺演じる龍樹のお腹にナイフを突き立てる。


「ゴフッ、あなた……超能力が……使える……のですか?」


 龍樹は溢れる出血を見て、助からないことを察する。


「…………」


「少しだけ……話しませんか? 僕は……もう直に死ぬ。この血の……量を見たら……わかるでしょう?」


 うまく呼吸ができず、言葉が継ぎ接ぎになっている言葉を柳太郎は静かに聞いていた。


「あぁ、教えてやるよ。人を殺し続けていたらいつの間にか使える様になってた。それだけだ」


 柳太郎は冷たく言葉を投げる。


「そうですか……ご家族は?」


「みんな捕まった。だから助ける。そのためにお前ら南朝軍を殺すんだ」


「っっっ!! ……そう……ですか……」


 龍樹は知っている。家族がおそらく今どうなっているか。だが、彼に伝えてはいけない、そんな気がした。


「あなたは……こんな話を……知っていますか? 間の汚点に生まれた……超能力のない人々の中で……超能力が使える人は……『ヴィーハンツの英雄』って呼ばれ……ことを……ゴフッ」


 段々と出血量が多くなり、意識が遠のいていく龍樹。


「なんだよそれ。どうでもいいよ」


 柳太郎は目の前に横たわっている軍服の少年は直に死ぬと、そう確信する。


「……史実に載っていないくらい昔に……居たらしいんですよ……そしてその英雄が……今は二つに分かれているが……古代の南朝と北朝を……一つにしたって言われてるん……です」


 まだ話を続ける少年にイラつきを隠せず、トドメを刺してしまおうかとも考える。


「だからそれがなんだって!!!!」


「……僕はその言い伝えが……好きだった……すごく、すごく……。僕の勝手な……お願いだけど……あなたには……頑張ってほしーー」


 龍樹の口からは血がこれでもかと溢れ、肌は段々と青白くなっていく。


 死んだ。


 こいつは死ぬ直前に俺を応援した? 馬鹿なのか?


 初めて人を殺した、『命の重み』が唐突にのしかかる。そしてふと頭に浮かぶ。


 こいつには、家族がいたのだろうか。恋人がいたのだろうか。仲のいい友人がいたのだろうか。


 こいつは悪なのか? それとも俺が、悪なのか?


 何が悪なのか。

 

 わからなくなってくるーー。




「ーーありがとうございました」


 オーディションが終わり、緊迫していた空気が緩む。


 それにしても、稽古上がりのせいなのか、本気の演技でお兄さんは俺にぶつかって来た。


 まるで初めて合わせる俺を落とそうとするかの様に演じていた。


 大きなミスはなかったと思うが、俺が何か目立つミスを1つでも犯していればそれが大きな減点、いや、恐らく一切の容赦無く落とされていただろう。


 要するにこのオーディションは、俺を落としにきていた、と思ってもいいのだろう。


 だが、運が良いことに、今日の演技は自分自身でも満足できている。この状況でやれるだけのことはやったと思うし。


 倒れている俺に手を差し伸べてくれるお兄さん。


「……お疲れ様。この脚本、事前に見せてもらっていたかい?」


 お兄さんは普通の声量で俺に問いかける。


「……初めてですけど、なんでですか?」


「……いいや、なんでもないよ」


 そう言ったお兄さんには、最初のような覇気が感じられなくなっていた。


「一夜、帰るぞ」


 オーディションを見ていたであろう賀久おじさんから声をかけられる。


「え、でも、合否が……」


「帰るぞ」


 賀久おじさの無言の圧力。


「……はい」


 それに従わないわけにもいかず、素直に聞き入れ制服を着直す。汗をかいていて少し気持ち悪い。


 台本を持ち主の女の子へ返し、賀久おじさんに連れられて部屋の外に出る。


 もう一度、黙礼をして相変わらずに重そうなドアを閉め、先を行っていた賀久おじさんに小走りで追いつく。


「一夜……今のは、?」


「……どうやったって、普通に台本から出来るだけ物語を読み取って、自分ができる限りの演技をしました」


「そうか……潰れていないことを願うなぁ」


「どういうことですか? 潰れるって」


「いーや、お前は気にせんでいい。それじゃあ、まぁ、焼肉行こうか」


「あ、え、でも合格したのかわからないですけど……」


「そんなケチ臭くないわ。元からどちらでも行くつもりだった。ほら、文太も待ってるから早く行くぞ」


 賀久おじさんから急かされ、無理やり終わらせられた二つの話題。その真実を知るのはまだ少し先のことだった。

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