第15話 修行
乗り込んだ黒塗りの車には相変わらずにごつい運転手さん。一応命の恩人だ。
まぁ、それはそれとして。
「……もっと他の場所で迎える事ってできないんですか……?」
「なんでだ? お前ら二人の家まで迎えに行く時間ももったいないしな」
「それなら事前に連絡してくれるとかあるじゃないですか……」
「俺、お前らの連絡先持ってないぞ」
「「あ」」
今まで連絡先交換をする文化がなかったから、連絡先交換は忘れてしまいがちになりますよね。うん。
「まぁ、それはそれだ。あとで交換するぞ」
「「……はい」」
「まぁ、それはとして、今から本題を簡単に言う。よく聞いとけよ。
「はい?」
恐らくこれが俺たちを迎えにきた本題なのだろうなと思いながら賀久おじさんの言葉を待つ。
「お前らには修行のために、一夜は劇団夏花に入って経験を積み、輝夜はしばらく舞の付き人として人間関係とあいつの演技を学んでもらう」
急な話だなぁ、なんて思いつつも、横に座っている輝夜さんはそれに納得していないようだ。
「なんで私が結城舞の付き人なんですか。私よりも演技が上手くない人には付きたくないです。それこそ私も劇団夏花に……」
「だめだ。演技だけの話じゃない。人間関係も学んで来いと言っている」
「で、でも!」
「何度言ったらわかるんだ、輝夜。前の事務所を忘れたか」
「っっっ……!」
突然輝夜さんの顔が一気に険しくなる。前の事務所で何かがあったのだろうか。
「それに舞はお前と真逆の演技をする。舞は目立ちはしないが、繊細な美しい演技をする。対してお前は人の目を引く派手で引き込む演技をする。俺はどちらが優れているだとか、そういう話はしていない。学習することを忘れるな。自分に驕るな。それだけだ」
「……はい」
納得はしたようで、これ以上輝夜さんが言い返すことは無かったが、険しい顔が元に戻ることはなかった。
一旦、2人の言い合いが終わったようなので、俺も賀久おじさんに質問をする。
「賀久さん、俺もいいですか?」
「なんだ?」
「俺はどうして劇団夏花、なんですか? というか、あんな大きな劇団に俺みたいなのが簡単に入れるんですか?」
劇団夏花といえば、日本で最も有名と言っても過言ではないほど大きな劇団だ。
そんな所に俺みたいなのが、パッと入れるのだろうか……。
「あぁ、そうじゃなきゃお前に言わないだろ? お前は取り敢えず経験を積んでおけ。しばらくすれば、お前に真っ当な仕事がわんさか来る。それこそ劇団の比にならないくらいな」
「えぇ、?」
そんな未来は来ない気もするが、とりあえずちゃんと従っていた方が良いのだろう。
「それまでの休暇と思っておいてもいいかもな」
「そんなに忙しくなるんですか……」
一応覚悟はしておこう。何度想像してみてもイメージできないが。
車内では沈黙が続いていたが、しばらくすると、ニュークリの事務所に到着する。
輝夜さんの表情は多少良くはなったものの、まだ少しだけ暗い。
「じゃあ、とりあえずお前らしばらくこれからは別行動だ。輝夜はしばらくすれば舞が迎えにくる。一夜は変わらず俺らと早速だが、劇団へと行く」
「わ、わかりました……」
輝夜さんからの返事はない。
「これから学校が終われば、毎日、俺たちと舞が迎えにくる。それも覚えとけ」
「はい」
相変わらず輝夜さんは返事をしないが、何を思ったか、賀久おじさんとの距離を詰める。
「……私は、演技が上手くなって、人と話せるようになれば、一夜と同じ、夏花に行ってもいいんですよね」
輝夜さんの声色は酷く冷静で、冷たい。
「……まぁ、そうだな」
「わかりました」
それ以上輝夜さんは何も言うことは無かった。
※
「ひっさしぶり〜! ひーくん!」
少し気まずい雰囲気の事務所に、ありえないくらい元気に登場したのは舞さんだ。
期間的には久しぶりなのだろうが、いつもテレビで見ているため、久しぶりという感情にはなれない。
「ひ、久しぶり」
一応社交辞令として、返事は返しておく。
「もー、少し見ない間に色々進んでたからびっくりだよー。それとせっかくなら色々電話で教えてくれてもよかったのに!」
「えーと、それは……」
俺が弁明の言葉を話そうとした瞬間。
「一夜。結城舞とどんな関係なの」
心底冷え切った声。先程よりも冷たい気がする。
理由はわからないが、これはやばいと直感が警報を鳴らしている。
「一夜、答えて」
「えーと、そのー、昔からの……」
助けを求める目を舞さんに向けると、何かを察したように俺の口を手で塞ぐ。察してくれたのか!! さすが一流女優。
「むかーしからの濃い〜お付き合いです。それ以上は言えないかなぁ〜」
……何でそんなに火に油を注ぐようなことをするんだよ舞さん!? 察してくれたと思った俺が馬鹿だった……。
「……何それ一夜。ねぇ」
輝夜さんを見ると、いつもの宝石のように綺麗な紺色の瞳からは、ハイライトがなくなり、おそろしい程の威圧感を感じる。
俺が輝夜さんの圧にあたふたしていると、それを見ていた舞さんが突然笑い出す。
「ははっ、そう言うことねわかった。ジジイ、この子引き受けるよ」
「そうか。助かる」
勝手に話が進んでいたようで、どうやら完全に決まったらしい。
「じゃあ、月子ちゃんだっけ? 私早速この後CM撮影あるからおいで!」
輝夜さんを見ると、ある程度覚悟は決めたのか不満だらけだった顔も多少良くなっている。
「……は、はい……でも最後に……」
「どうしたの?」
舞さんは不思議そうに輝夜さんを見る。すると、輝夜さんはトコトコと俺に近づいて手を握ってくる。
どうしたのかと思い、改めて輝夜さんをよく見ると、僅かに耳が赤くなっている。
「私、絶対一夜の所に行くから、それまで待っててね……。それまでお別れだけど、元気でね?」
「う、うん」
なぜか、ドラマのワンシーンを思い出してしまうような迫力を感じるセリフに、つい頷いてしまう。しかし、その空気をぶち壊すかのように、舞さんが反応する。
「……あなた達って、学校一緒になったんじゃ無かったの……?」
「「…………」」
ただひたすらに恥ずかしい。頬が熱くなっているのが痛いくらい自覚できるほどだ。
輝夜さんを見ると、俺と同じように顔が真っ赤に染まっていた。
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