第13話 日常
朝食をとり、歯を磨き、準備をして家を出る。
昨日の夜に来ていた輝夜さんからの他愛の無いRainを返しながら、前よりも何だか足どりが軽くなったように感じる道を歩く。
あれから一週間が経った。椎名は全く話しかけて来なくなり、名前も知らない椎名の彼氏も全くちょっかいを出して来なくなった。
というか、最近は視界にさえ映らない。俺も興味がないので探すことはないが。
そんなことを考えている内にいつの間にか学校に着く。いつも通り下駄箱で靴を変え、2年のフロアである3階へと向かう。
昔とは違い、廊下を歩いた時に毎回あった罵詈雑言の嵐はもう振ってくる事は無い。それだけでストレスがどれだけ減ったか。
それに心なしか、最近は学校が楽しく感じられるようになってきた。
少しずつクラスメイトとも会話ができるようになってもきた。もちろん、今まで暴言を吐いていなかった人とだが。
しばらくすると、担任がドアを開ける。
それを見た生徒たちは各々の行動を一旦辞め、小走りで自分の席へと戻っていく。
ドアを開けて、いつも通り入ってくるかと思いきや、今日はなぜかそこで立ち止まる。
「えー、ちょっとみんなに伝えたいことがある。突然だが、今日から転校生がうちのクラスにくることになった。おいで」
そう言って立ち止まっていた担任は歩き出す。そして、転校生であろう人がその後ろについて歩いてくる。
長く艶やかな銀色の髪に、お人形のように整った顔。それに相変わらずの制服からはち切れんばかりの二つの双丘。
全てが一度見たら簡単に忘れることのできない存在感。
輝夜さんだ。
俺が驚きを隠せないでいると、キョロキョロしていた輝夜は俺と目が合い、わずかに微笑む。
クラスの男子は、「あの笑みは俺にだ!」なんてことを言っている。真相は輝夜さんにしかわからないが。
「はい、じゃあ、この子が今日から新しいクラスメイトの輝夜月子さんだ。輝夜、自己紹介を」
担任がそう言って、教壇の前を指す。
「……わかりました」
クラスの人々が彼女の一挙一動に目を凝らす。
「輝夜月子。17歳。女優。以上」
オーディションを思い浮かばせる自己紹介だな、なんて思いつつも改めてこれが輝夜の素なのだと実感する。
「じゃあ、輝夜の席は……」
「私はあそこ。いいでしょう?」
そう言って指したのは、俺の隣、オーバーキルをしてきたギャルの席だった。
「え、わ、私の席っすか?」
「えぇ、いいでしょう?」
宝石のような瞳が一瞬鋭さを帯び、ギャルに突き刺さる。
「ひっ、わ、わかりました、か、変わります……先生! 変わらせて!!」
「あ、あぁ? わかった。じゃあ、速やかに交代しろ〜」
ギャルは別の空いた席に、そして輝夜はギャルが元いた席、つまりは俺の横に座る。
「よろしくね……一夜」
わずかに聞き取れるくらいの声量でそう声をかけてくる輝夜さん。俺はどうなってしまうのか、それが心配で心配でたまらなかった。
※
結論から言おう。普通に何事もなかった。
午前の授業では至って普通の真面目な生徒、という印象だった。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みに入る。
午後の授業まで1時間ほどの自由時間の中、生徒たちは思い思いの場所へと行き、お昼を食べたりしている。
特に輝夜さんの席には男女問わず、他クラスの人たちまで来て集まっている。
そのせいで姿は見えないが、きっとなんとかやっているだろう。
俺は、いつも通り1人でご飯を食べようと思い、弁当箱を開けようとする、が。
「貴方達、邪魔。何処かへ行って」
ざわついていた輝夜さんの周りが一気に静まる。それと共に、周りの空気が氷点下よりも低くなっているのが分かる。
流石に心配になり、全く目を向けていなかった横の席を見ると、目の前にメロンが入っているのかと疑うほどに胸元がパツパツな制服が俺の視界をシャットアウトしていた。
「一夜、一緒にご飯を食べましょう?」
視界をほんの少し上にあげると、異様な程に整っている輝夜さんの顔がある。
「え……?」
何が起こったのかと、あまり理解できないでいたので、目の前の柔らかな壁に張り付いた視線をずらし、壁の後ろを見る。
思っていたよりも集まっていた人達に、何故か疑問と憎しみがひしひしと伝わる目線を向けられる。
「一夜……? 聞いてる?」
輝夜さんはこの後ろにいる大勢の人たちが気にならないのか……?
……多分気にしてないんだろうな。
俺にとっては胃が痛くなる要因でしかないのだが。
開けかけたお弁当箱を閉じ、右手に持つ。そして光の速さで輝夜さんの手を掴みダッシュする。
「えっ、ちょ、ちょっと!?」
「ごめん! ついてきて!」
「う、うん!?」
後ろを見る余裕がないので、輝夜さんがどんな表情をしているのか分からないが、声色的に怒っていなさそうなので大丈夫だろう。
怒ってたら謝ればいいし。
あの視線を受け続けるよりか、遥かにマシだ。
しばらく走り、体育館の裏までなんとか走り切れた。追手は……足音もしないし、大丈夫だろう。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。急にどうした、のよ。なんで、そんなに……はぁ、息切れしないのよ」
「俺は、毎朝2時間走ってるから……かな?」
少し下を見ると、地面に崩れ落ち、顔を赤く染めて息切れをしている輝夜さんの姿。
スカートがはだけ、健康的なむっちりとした太ももがチラリと覗かせる。
その上まではだけていて紺色のレースが……おっと。
見てはいけない物を見てしまったと思い、すぐさまそっぽを向く。
少し前まで女子校だったから危機感がないのか? それにしても隙がありすぎるだろ。
「何よ、はぁ、それ。はぁ、はぁ、ふぅ」
少し呼吸に余裕が生まれて来たようで、深呼吸をして完全に整えようとしている。
バレていないようで助かった。
「ま、まぁ、最近は日課みたいな物になってるね」
「化け物だわ……と、ところで突然どうしたの……?」
「あー、一緒に弁当食べるでしょ? それだったらさっきの人が多いところよりも少なくて、静かに食べれる方が良くないかなーと思って……?」
うん。嘘は言っていない。じ、実際あの集団にビビってなんてないし……?
「っっっ!! そ、そうなのね! そっかー、私と2人きりで食べたいのね?しょうがないなぁ〜」
輝夜さんはなぜか、いつも無表情なその顔を最大限にへにゃりと歪ませている。
「ど、どうしたの……?」
「えぇ? いいやぁ〜なんでも〜!」
とても幸せそうなので敢えてこれ以上触れないでおく。なんだかここまで来ると怖いし。
「それじゃあ食べよっか! 2人っきりで!」
「……うん?」
昼ごはんを食べている間、終始この調子で輝夜さんはおかしかった。
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