第12話 帰り道と別れ道と
結局あれから近くの駅まで送ってもらい、今電車に乗っている最中だ。
「それにしても……なんであんなに怒るのよ、賀久おじ様」
「そりゃ……ね。見事に輝夜さんが地雷踏み抜くから……」
まだ輝夜さんは未だに不満と言った表情をしている。
「むむー、またあったら言ってやるわ!」
「俺がいない時でお願いします」
あんな修羅場にまた出くわすなんて絶対に嫌だ。絶対に。
「うーん、わかった……」
わかったと言いながら、まだ少しばかり納得いっていないのか、頬を膨らませる輝夜さん。
「あ、私次の駅最寄り駅だ。それじゃあそろそろお別れね」
「あ、そうなんだ……」
次の駅が最寄りって……そこが最寄りって言ったら高級住宅しか建たないで有名な町じゃないか……。
そういえば、制服もよくみると、お嬢様学校で有名な快晴女子学園のじゃ……。
「も、もしかして輝夜さんって快晴女子学園……?」
「えぇそうよ?」
「そ、そうなんだ……」
妙にお嬢様みたいな言動や、少し空気が読めない感じ、なんだか腑におちたきがした。
演技もうまくてお金持ちって、恵まれすぎじゃないか? まぁ、その分コミュ力には恵まれなかったみたいだけど……。
「……?」
輝夜さんは「何その反応?」と言わんばかりの目を向けてきたが、そんな目を向けてしまうのも仕方ないだろう。
「あ、着いた。ここまでありがとうね! 一夜!」
満面の笑みでそう言って輝夜さんは立ち上がる。
電車から降り、ホームから大きく手を振ってくれている。それと一緒に立派な双丘が揺れている。煩悩退散。
『扉が閉まります。挟まらないようにご注意ください』
という放送が流れると共に、何かを忘れているかのような感覚が強烈に襲う。
何だ……何を……。
あっ、連絡先。
「あぁっ!!!!!!」
俺はそれに気づいた瞬間閉まりかけているドアにダッシュし、スレスレでこけそうになりながらも、何とか電車を降りることに成功した。
「えぇ!? ど、どうしたの一夜!! あなたの最寄りこの駅じゃないでしょ!?」
「あー、ちょっと忘れ物して……」
「忘れ物……?」
ポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリ『Rain』を開く。
「連絡先交換、今回はちゃんとしておこう?」
「っっっ!! ……大好きよ一夜!!!」
そう言って周りに人がいる中、そんなこと関係ないかと言うように抱きついて来る。それと同時に、たわわな二つの山がこれでもかと押し付けられる。
「あ……ちょ、ちょっと……輝夜さん?」
「あぁ、ごめんなさい。そ、それともちろん友達って意味の大好きよ! 勘違いしないでね!?」
そう言って少し力が入った後、パッと抱擁をやめる輝夜さん。
顔を梅干しのように真っ赤にしながら言う輝夜さんは、あり得ないくらいにあたふたしている。
「あ、うん。もちろん……」
それから場を仕切り直すかのように、真っ赤な顔の輝夜さんはバックからスマホを取り出し、Rainの連絡先を教えてくれた。
俺のRainにはお母さんとお父さん、あとは公式しかいなかったから、友達が増えることが何だかすごく嬉しい。
「わぁ……すごいわ」
何に感心しているのかとふとスマホを覗いてみると、そこには『パパ』、『ママ』、そして俺、『陣堂一夜』の3人だけの連絡先しかなかった。
「もしかして、俺が友達で初めて……?」
「えぇ、当たり前でしょ? あなたしか友達がいないのだから」
さぞかし当たり前かのように彼女は言い放つ。
やっぱり、俺と同類なんだな、なんて思っていると、油断した隙にひょっこりと俺のスマホを覗いて来る輝夜さん。
危険を察知し、スマホを胸元に寄せた時にはもう遅かった。
「あなたの友達……もしかして私だけ……?」
「……うん」
あぁ、これはバカにされる。俺のボッチと輝夜さんのボッチは質が違う。きっと輝夜さんもバカにしてーー
「私とお揃いじゃない! すごく嬉しいわ!!」
と、屈託の無い笑みでこちらを見てくる。
その瞳は嘘や、汚れのない、綺麗で澄み切った瞳だった。
「……うん、そうだね」
なんだか、自分自身がバカらしく感じてくる。
「それじゃあ、連絡先の交換も終わったし、私は帰るわね」
そう言って輝夜さんは踵を返す。
「あ……まって!」
反対方向を向いていた輝夜さんはこちらを振り返る。
「せっかくだし、途中まで送るよ」
「え……私はとても嬉しいのだけど、一夜の帰る時間が遅くなるわよ?」
「あぁ、それならもうさっき遅くなるって親には連絡してるから大丈夫だよ」
うーん、と赤みが残る顔を悩ませている。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えてしまってもいいかしら?」
「もちろん! 俺が言い出したことだし!」
「じゃ、じゃあ改めて、お願いします」
深々と頭を下げる輝夜さん。するりと艶やかな銀髪が肩からこぼれ落ちる。
髪を掻き上げながら顔をあげる。
「もう結構遅いし、少し急いでいこうか」
「そうね!」
輝夜さんの急足に合わせ、改札を出る。外は冬が少しだけ顔を覗かせ肌寒い。
「こっちよ!」
「あ、うん」
当たり前だが迷うことなく、輝夜さんはいかにも高そうな家の横を沢山通り過ぎて行く。
俺が駅まで帰れるか、かなり心配になってきたが、スマホで確認すれば一発だからきっと大丈夫だろう。
薄暗く、閑静な住宅街を通っているせいか、妙に俺と輝夜さんの距離がある気もするが、おそらく気のせいだな。
そんなことを思っていた最中、沈黙をゆっくりと輝夜さんが壊す。
「まさか、一夜と同じ事務所になれるなんて、私とても嬉しいわ」
「う、うん……俺は自分が何でスカウトされたか未だに謎なんだけどね」
「何が謎なの? 一夜は演技が上手いわ。少なくとも私が今までに見てきた中で、1番」
「そうは言ってくれても……まぁ、ありがとうね」
我ながらに下手くそな苦笑いを浮かべながら言う。
本当は俺の演技なんか、自分自身で一度も上手いと思ったことなどない。
苦笑いを浮かべて少しすると、横にいた輝夜さんがこちらを見て突然歩みを止める。
ちょうど街灯に照らされ、まるで輝夜さんがスポットライトを当てられているように見える。
「……ねぇ、一夜。私の前でそんな顔しないで」
そう言って突然これでもかと言うほど距離を詰めてくる。
後ろは高級住宅の塀があり、これ以上下がれない。
胸が押しつけられ、輝夜さんの長いまつ毛が触れそうなほどに近づく。
輝夜さんの体温が混ざった吐息が、僅かに顔を掠める。
「きゅ、急にどうしたの輝夜さん?」
俺が驚きを隠せずにいると、輝夜さんはいつもは優しげな瞳を狭め、艶いでいる唇を開く。
「私は何度も言ってるわ。あなたは演技が上手い。上手すぎるまであるわ。だからそれを自覚しなさい。そうじゃないと……」
「そうじゃないと?」
「……何でもないわ」
そう言って俯き、舞台を降りるかのようにスポットライトから一歩下がる。輝夜さんの顔は見えづらくなった。
「私、もうすぐそこだから。今日はここまでありがとう一夜。それじゃあまたね」
そう言って、返事を聞かずに薄暗闇の中を歩いて行く。
「う、うん。またね……」
聞こえたのか、聞こえていなかったのかわからないが、輝夜さんの姿は段々と見えなくなっていく。
そんな中、輝夜さんの徐々に遠くなっていくローファーの音が小気味よく閑静な住宅街に響いている。
その時俺の心は妙に虚しかった。
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