第11話 再会②
賀久おじさんの車のドアを開けると、後部座席には髪をポニーテールにした制服姿の輝夜さんの姿があった。
その姿はとても虚で、儚ささえ醸し出していて美しかったが、今はそれどころではない。
ふと助手席に乗り込もうとしていた賀久おじさんと目が合う。
「まさか……そういうことをしてたなんて……いい人だと思ったのに……! 賀久おじさん、見損ないました……!」
「いや、待てい。なんだと勘違いしてる?」
「輝夜さんを車に乗せてどうするつもりだったんですか……!!」
「何って……普通にお前と同じ、スカウトするために決まってるだろ」
「スカ……え?」
「もはやお前の想像力が俺は怖いわ」
「あっ、スカっ、あー、そういう……って……俺が!? ニュークリにスカウト!?」
ニュークリとは、賀久おじさんが社長を務めている少数精鋭の事務所、『ニュークリエイトエンターテイメント』の略称だ。
しかし。
「な、輝夜さんはまだしも、なんで俺がスカウトされてるんですか!?」
先程も言った通り、ニュークリは少数精鋭。賀久おじさんが直々にスカウトした人、要するに凄い実力がないと入れない事務所。
舞さんも高校2年の時にスカウトされ、そこからは人気女優の道まっしぐらだった。
「はぁ、なんかお前に説明してもわかってくれなさそうだからもういいわ。それと輝夜はうとうとしてるだけだからな。とりあえず乗れ」
「は、はい」
何がなんだかわからないが、とりあえずすごいことだ。俺なんかが、審査員さんからもため息を吐かれるレベルなのに……。
……本当に大丈夫か? 自分で言ってて心配になってきた。
後部座席に乗り込むと、虚になっている改め、うとうとしている輝夜さんが隣にカバンを抱えながら座っている。
相変わらず、制服からはちきれんばかりのすごいものを持っている。
でも、この制服、確か結構なお嬢様学校だった気が……。
なんてことを考えていると、うとうとしている輝夜さんと目が合う。
「ひとよぉくん? ゆめぇ?」
いつもはぱっちりな瞳を半開きにして頭を傾げながら聞いてくる。半開きになるとより一層まつ毛の長さが際立つ。本当にお人形さんのようだ。
「夢じゃないよ、久しぶり輝夜さん」
精一杯のスマイルで寝ぼけている輝夜さんに夢でないことを伝える。
「ふぇ?」
可愛らしい声を出してから、徐々に眠気が覚めたのか少しずつ瞳が開いてクリッとした宝石のような瞳があらわになってくる。
瞼が開くのに比例して、なぜか顔が赤く染まっていく。
「え、どうしたの輝夜さん……風邪?」
「いやっ、これは違うの! 忘れて、今の全部記憶から消去してほしいわ!」
輝夜さんは反対の窓ガラス側へと瞬時に向きながら言う。
なぜ消去しないと行けないかは謎だったが、言った後も耳がしばらく真っ赤だったのを俺は見逃さなかった。
※
そのまま車内は微妙な空気のまま止まる。
「着いたぞ。気をつけて降りろよ」
小学生でもないんだから別に危ないことなんてないと思うが、まぁ用心に越した事はないか。
車を出ると、そこには10階建てくらいの小綺麗なビルが立っていた。
少し周りを見るが、看板などはどこにもなく、本当にビルが立っているだけだった。
「ついてこい」
降りた俺と輝夜さんを引き連れ、エントランスに入る。
エントランスは、高そうなソファが並んでいたり、高そうな観葉植物が並んでいたりと、全体的に高そうなものばかりだった。
しばらく進み、エレベータの前に着く。
「ここは、俺たちニュークリエイトエンターテイメントの事務所だ。これからお前たちも入るんだから場所くらいは覚えておけよ」
そう賀久おじさんは言ってエレベータのボタンを押す。
「入るって、俺はまだしも……輝夜さんは別の事務所だから色々手続きが必要なんじゃ……?」
俺はお金を払い、演技を学んでいるだけだったので上部組織の椎名が所属しているアラタ芸能事務所に引き抜かれない限り、簡単に移籍できる。
だが、輝夜さんレベルになってくると話は別だ。きっと、事務所の所属タレントとして、契約を行なっているため、そう簡単には移籍できないはずだ。
「あぁ、それか。輝夜にはちゃんと聞いたぞ。うちに来るか、来ないか。来る意思があるのであればどうにでもしてやれるからな」
「なんですかそれ……めちゃくちゃじゃないですか……」
「まぁ、輝夜自身も自分の所属はどこでも良かったらしいし、一夜、お前がいるって言ったら一発で了承してくれたぞ」
「え、それってどういう……」
「ちょっ、ちょっと!! 賀久おじさま!!! それは言わない約束って言ったじゃないの!」
「あー、すまんすまん。そうだった。あのー、えーと、めんどくさいからもういいか」
これでもかと慌てる輝夜、めんどくさそうに白髪を掻く賀久おじさんに全く状況を理解できない俺。
最早理解することを諦めました。
「ほら、ついたぞ」
ポーン、という音と共に最上階の10階のドアが開く。
人っこ一人おらず、物悲しい雰囲気だったが、エレベーターから一歩出ると、自動で電気がつきはじめる。
電気がついたおかげで物悲しさも多少和らいだ。
ハイテクだなぁ、なんて感心しつつも、エントランスよりも高級そうな部屋に息を呑む。
「あー、あそこの机が前にあるソファに腰掛けててくれ。コーヒーとオレンジジュースがあるが、どっちがいい?」
「私はオレンジジュース」
クールなイメージとは裏腹にコーヒーは飲まないのか。なんだか意外だ。
「俺はコーヒーで」
俺はどちらでもよかったのだが、なんとなくだ。
「あ……じゃ、じゃあ、私もコーヒー」
輝夜さんの謎の変更に疑問を持ちつつも、今から起こることにやはり緊張を隠せない。
指定されたやけに座り心地の良いソファに腰をかけながらしばらく待つと、トレーと共に、2枚の紙を持った賀久おじさんがやってきた。
「ほら、二人ともコーヒー。生憎、ミルクが切れてたんだが、ブラックで大丈夫か?」
「僕は全然」
「わ、私も」
「なら良かった。じゃあ、本題といこうか」
そう言って、2枚の紙を俺と輝夜さんの前に出す。
「専属契約書だ。よく読んでサインをしてくれ」
中には、著作物に関してのことや、芸能活動のことや、専属料、簡単にいうと基本給に、出演料の何%が自分に入るかなどが、これでもかと事細かに書いてあった。
横に座っている輝夜さんはさっと目を通し、すらすらと自分の名前を書いて、拇印を押した。
きっと慣れているのであろう。指についたインクをウェットティッシュで拭くと、コーヒに手を付けて一口。
その所作は洗練され切っていて、コーヒーを飲むだけでもこんなに優雅さを演出できるものなのかと心底驚く。
しかし、口に含んだ途端、
「……ゴファッ、ゴホッ、ゴホッ、にがあい、何よこれ! 人間の飲みものではないわ!!!!!!!」
咽びながら半泣きになっている。
苦手なら飲まなければいいのに、なんて思いつつも俺の心の中の何かをくすぐるものがあったが、決して目覚めてはいけないと俺の直感がそう言った。
だが、なぜコーヒーを選んだのか。謎がまた一段と深まってしまった。
※
そんなこんなをしている内に、俺は契約書を読み終え、サインをする。握るペンはとてつもなく今までで重く感じた。
輝夜さんはというと、変えてもらったオレンジジュースをちびちびと飲みながら、涙目で待っている。
「すいません、お待たせしました。輝夜さんも待たせてごめん」
「うぅ、わ、私は全然大丈夫……よ」
未だにコーヒーの後遺症を引っ張っている輝夜さんを尻目に俺の名前と拇印が入った契約書を賀久おじさんに渡す。
「よし、確かに確認した。後の始末は俺がやっとくから、気楽にな」
「なんだか、賀久おじさんがそのセリフ言うと、本物みたいですね……」
本当に少し思っただけ、それだけだったのだが、
「お゛?」
あっ、東京湾(察し
向けられる賀久おじさんからの圧がすごい。冗談のつもりだったけど、本物じゃん。どうしよう、契約書書いちゃったよ……。
「賀久おじ様、ヤクザみたい」
濁せ。少しは濁せ。ストレートはダメ、絶対。
「……はぁ、もういい。今日はもう帰れ。また連絡する。送って欲しいなら運転手を呼ぶがどうする?」
「あっ、自分は大丈夫です電車で帰ります」
かなり早口だったと思う。いや、確実に早口だった。
「一夜が電車なら、私も電車で帰る」
「そうか、んなら一夜、輝夜をちゃんと送ってやれよ」
先程の圧を出している人物とは思えないほど、優しい笑みを浮かべている。
多分、さっきは地雷踏んじゃったんだろうな。うん。今後絶対に言わないようにしよう。
そう強く決心した実に0.5秒後。
「ありがとうね、ヤクザのおじ様」
……輝夜さん。絶対狙ってるよね。
この後の地獄のような雰囲気は伝えるまでもないだろう。
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