第10話 再会

 

 オーディションも終わり、激動の長い夏休みが終わった。


 今思い返せば本当に色々あった。


 自分を変えて、演技を教えてもらって、オーディションを受けて、新しい友達ができて。


 椎名に会うというトラブルもあったが、それを差し引いても遥かに幸せに感じられる2ヶ月半だった。


 しかし、そんな幸せな時間には必ず終わりが来る。


 今日から学校に復学することになった。ここまで親には色々な迷惑をかけたので辞めたいなんて事は言わない。


 今回のオーディションだって、養成所に名前だけでも残してくれたからこそ受けられた。


 本当に親様様だ。


 家の妙に重く感じるドアを開けて、いつもの通学路を歩く。体は当然軽いが、心はこれでもかというほどに重い。


 学校まで後200メートルほどかというところになると、いつも人が多くなるのだが、いつも奇怪な目を向けられている気がして苦手だった。


 今日も自意識過剰に思われるかもしれないが、相変わらずたくさんの人に見られている気がする。


 だが、今日はなんだかいつもよりか、多少マシな気がした。痩せて少し自信がついたのかもしれない。


 長い長い校門までの道のりを抜け、再びしばらく歩くと、やっとの思いで靴箱につく。靴を履き替え、階段を登る。


 俺たちの学校は学年別に階が別れていて、俺たち2年は3階のフロアだ。


 いつもは3階に入った途端に地獄と化す。罵詈雑言を知らない人からからかい半分で言われ続ける。


 俺の登校する中で一番の地獄の箇所だ。


 しかし、今日は3階フロアに入り、いつも一番に「臭い」と、言ってくるギャルの前を通っても何も言われなかった。


 というか、前を通った時に何も言われなかった事に驚いて後ろを振り返ると、顔をなぜか真っ赤にしていた。風邪でも引いているのだろうか。


 その後もいつもなら罵詈雑言の嵐なのだが、今日は1度たりとも言われることはなかった。


 そうして俺は驚きを隠せないまま自分の教室に入る。


 教室にはもう既に8割ほどのクラスメイトが登校していた。


 俺は目線を下げながら自分の席へ向かう。しかし、向かおうとしたその瞬間。


 1人の席に集まっている女子の集団の真ん中、中心人物が集団を切り崩しやってる。


「あ、あなた! 昨日ショッピングモールにいたわよね! あなた転校生だったのね! 仲良くしましょ! 私の名前は椎名恵! 一応女優をやっているわ!」


 ……なんだよこいつ。


「ほら! 昨日会ったじゃない! あの女がいたから帰ってあげたけど、今日はもちろんいないわよね! 改めてよろしく!」


 帰ってあげただって? 手を出そうとしてた癖に。


「ね? 仲良くしましょう? あ、そうそう放課後空いてる? 一緒に遊ばない?」


 なんて軽い言葉を発しながら俺の手を握ってくる。


 沸々と込み上げてくる怒り。今まではなんだったんだ。こんな奴に小学生ながらに恋心を抱いてしまったことが酷く恥に感じる。


「ふざけるな」


 握られた手を勢いよく解く。


「あっ、ごめんなさい。手を握られるのは好きじゃなかった?」


 もう俺は、あいつから発される言葉には微塵も興味がない。


 俺は全ての水素のように軽い言葉を無視しながら、自分の、陣堂一夜の席に座る。


「ちょっと、どこ座ってんの? 他にも空いてる席はあるじゃない? よりにもよってそんなキモい奴の席に座らなくても……」


「誰がキモいだって?」


「誰って、その席に座ってる……奴……」


「お前が昨日から散々媚びを売っている俺のことか?」


「…………え?」


「もういいよ。椎名。俺に金輪際関わらないでくれ。反吐が出る」


「そ、そんな、そんなわけ……」


 俺が自分のバックから教科書を取り出す。今までのイジメでぐちゃぐちゃになったり、水でふやけたり、まともな教科書の方が珍しいほどだ。


 その教科書を見た途端、椎名は信じられないと言った絶望の表情でこちらを見ながらフリーズしている。


 主犯格はお前の癖に。


 それから俺は顔を伏せ、2ヶ月半前まで行っていたいつもと同じような学校生活を送る。


 ただし、罵倒は全くもって無くなったが。


 今思えば、椎名に今まで僅かに未練が残っていたのかもしれない。5年も。


 どんだけ一途なんだよなんて自分に笑いが出ながらも、今日で終わりだ。


 俺は変わった。それが改めて感じられる。学校に来てよかった。


 人生で初めて俺はそう思った。



 学校の終わりを伝える鐘が放送で流れる。


 もう既にまとめておいた荷物を持って教室を出る。相変わらず悪口が飛んでくる事はなかったが、校門を出る直前、事件は起こった。


「おい、陣堂」


 冷え切った低い声。2ヶ月半ぶりの、いや、正確には昨日ぶりのその声に嫌気が差しつつもその声の方へと向く。


 サッカー部のイケイケな奴。椎名の元カレ。


 最も見たくなかった顔だ。


「テメェ、ちょっとツラが良くなったからって、何調子乗ってんだよ」


「いきなり来て、なんのことだよ」


「恵から聞いたぞ。教室で恵を惚れさせようとしたんだって? 5年前の未練まだ持ってんのかよ、さすがキモオタだな」


 椎名はこいつにも5年前の事言っていたのか。今となってはどうでも良いが。


 ところで、本当に何を言ってるんだこいつは。惚れさせようとした? あいつが勝手に寄ってきただけだろ。


 というか、


「お前ら別れたんじゃないのかよ」


「っっ……!! なんでお前が知ってるんだよ! でもそんな事今は関係ねぇ。朝、ホームルームが終わってめぐみから『私が間違ってたから復縁しよう』って言われて復縁したんだよ!」


「……は?」


 もはや言葉が出ない。


 指をゴキゴキと鳴らしイケイケ野郎が臨戦態勢に入る。


「また夏休み前みたいにしてやるよ!」


 その言葉をきっかけに殴りかかって来るイケイケ野郎。いや、今は椎名の人形ってとこか。


 勝敗に関係なく、一発は殴り返してやろうと思い、慣れないファイトポーズをとる。


 そしてお互いに殴り掛かろうとしたその瞬間。


「「ぼわぁっ!!」」


 何かにぶつかる。そしてぶつかった次の瞬間。


「ぐへっ!」


 バコっ、という鈍い音と共に目の前の壁に阻まれた先にいたはずの椎名の人形が地面に横たわっていた。


 何が起こったのかわからない。わかるのは、背中を打ち付けて苦しんでいるイケイケがいて、急にできた壁が目の前にある、ということ。


 何が何だかわからず、壁の上を見ると、鋭い目つき持った頭が乗っていた。


 いや、乗っていた、という表現はおかしい。そんな頭をした人が居た、が正確だ。


 1歩引いて、もう一度壁を見る。もちろん前にあったものは壁などではなく、ただのゴツくて、身長が190センチほどのスーツを着た禿頭の男だった。


「おいおい、やめてくれようちの期待のホープに怪我なんてさせた日には高くつくぞ?」


 そう言って横から後ろの見覚えのある黒塗りの車から降りてきたのは、賀久おじさんだった。


「え!? なんでここにいるんですか!?」


「まぁ、その話は後だ。文太、ご苦労だった。車に戻っててくれ」


「はい」


 イケイケを投げ飛ばした巨漢の男は賀久おじさんの指示を聞き、素直に車の運転席に入って行った。


「怪我はないか? 一夜」


「あ、おかげさまで……」


「そうか」


 賀久おじさんはそう聞くと、投げ飛ばされたイケイケの元へと歩く。


「おい、小僧。次うちの一夜に手、出してみろ? お前の彼女と一緒に一生晒しもんにしてやるからな」


 その言葉は少し離れていた俺でも恐怖で冷や汗をかいてしまうほどの重圧感だった。


「ひぃぃぃぃ!! わかりました!!! わかりましたから命だけは!!」


 泣き叫ぶイケイケ。そりゃあんな至近距離であの重圧を受けたらたまったものじゃ無いよな。


 しかし、命だけは! なんて、危ない組織と勘違いしてるな。いや、見た目だけはしっかりそうだけど。


「一夜。ついてこい」


「え? あ、はい?」


 怖いが一応信用できるので言われた通り着いていく。


「一夜、お前は後部座席うしろな」


「は、はい」


 俺は銀色のドアノブに手を掛け、ドアを開く。


 すると、そこには長い銀髪のロングをポニーテールにして、虚になっている輝夜さんがなぜか居た。

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