第9話 実質デート
いくつも横並びになっている自動ドアを抜けると、さまざまな物が売られている雑貨スペースに出る。一日中いても飽きがこない、と言う売り文句で地元の人だけでなく、市外や、県外からくるお客さんも居るらしい。
俺に見える店舗だけでも十分すぎるほどなのだが、フードコートや、映画館、さらには生鮮食品など売っている場所もある。
俺もここに来るのが久しぶり過ぎてその大きさに圧倒されていたが、横にいる輝夜さんはそうでもない様子だ。
目をキラキラさせながら、俺と店舗を交互に見ている。
その姿は可愛らしい生き物ランキングをすれば確実に上位を取れるほどの物だろう。
「ねぇ! ねぇ! どこいく??」
そのねだるような姿はまるで子犬だ。そのせいか、先ほどからフリフリと振っている尻尾が見えるのだが。
「あー、えーと、輝夜さんここに来たことは?」
「10回くらいあるわ!」
「え、結構多いね。家族とよく来るの?」
俺でも1回しか来た事ないし、もしかして家族よく来たりするのかな? と思いつつも素直に疑問をぶつける。
「え? 全部一人で、友達ができたらこんなところ周りたいなーって思いながら散歩してたのだけど……それがどうかした?」
「あ、え、いや、うん。そ、そうなんだね!」
あまりにも疑問を持たない顔だったのでつい返事をしてしまったが、内容がもはやホラーだ。悲しすぎる。
「…………なによ?」
あまりの悲しさに目頭が熱くなっているのを抑えていると、彼女が何かおかしいこと言った?という顔でこちらを見てくる。
そうか、そういえばこの子無自覚なんだった。
「い、いや! なんでもないよ! ところで今まで考えてたんだよね? じゃあ、その通り行こうよ!」
精一杯元気に見えるように振る舞う。これでも役者志望だからな。
「え、ほ、本当に!? いいの!?」
「う、うん! もちろん!」
あまりの食いつきに若干引きながらも、輝夜さんは目をキラキラさせていたのでなんだかこっちまで嬉しくなってくる。
「じゃ、じゃあ、まず雑貨屋さんに行って、映画見て、お昼ご飯を食べながら感想言い合って、それで、それで……」
止まらない輝夜さんの理想のコースに若干無理を感じながら、突然鳴ったグゥ、という大きなお腹の音でそれは止まった。
「…………私じゃないわ」
少し言い訳としてはきつかったが、あえて何も言わなかった。
「……こんな時間だし、一緒にご飯食べる?」
時刻はもう6時。夜ご飯にしては少し早いかもしれないが、まぁ、お腹空いているのだし、いいだろう。
「う、うん!」
少し赤くなっていた頬はそのままにパァッと一気に顔が明るくなる。本当に輝夜さんは感情の起伏がすごい。
「輝夜さんはどこがいい?」
「ファミレス!!」
「え、そんなところでいいの?」
「うん! というか、ファミレスがいいわ! ずっと憧れてたの! お友達とファミレスに行って、ワイワイしながら食べるの!!」
oh......
「い、いいね! そうしよう!」
ふと輝夜さんを見ると、非常に嬉しそうに端正な顔をこれでもかと綻ばせている。
こんな美人な輝夜さんも俺と同じような境遇なのかと思うと、全く世の中わからないものである。
まぁ、境遇は似ててもそこまでの過程は全く違うんですけどね。
「それじゃあ、行きましょう!」
輝夜さんがあまりにも自然に手を差し伸べてきたからつい、手を握ってしまった。
輝夜さんに手を引かれる俺。まるでこの世界には俺と輝夜さんしかいないのかと考えてしまうほどの幸福感だった。
※
元気な輝夜さんに手を引かれファミレスに着く。
受付を終わらせ、中に入りテーブル席でお互いに向かい合う形で座ることになった。
俺はハンバーグセットを頼み、輝夜さんはパスタを頼む。そして、輝夜さんが追加でピザを頼み二人でシェアすることになった。
「久しぶりに来たけど結構美味しいね」
「そうね! 私もそう思うわ!」
上品に食べ進めていく輝夜さん。綺麗な手つきでパスタを食べていく姿は育ちの良さを物語っていた。
俺は先にハンバーグセットを食べ終え、ピザを少しずつ食べながら輝夜さんを見る。
長く、綺麗な銀髪を耳に掛けながら頬張っている。
頑張って口に詰め込んではいるが、1口が小さいせいか一皿のパスタを食べるのにかなり手こずっているようだ。
食べる事に夢中になっているせいか、こちらに全く気がいってない。
改めて見ると、何度も言うが本当にお人形さんのような顔立ちをしている。まつ毛も日本人にはありえないど長い。
しゃべれば残念ぼっちだが(俺が言えない)喋らなければ絶世の美人だ。
ガン見しているこちらに気がついたのか、「ん〜〜!!」といいながら小さな手で小さな顔を隠す。わずかに見える頬が赤く染まっているのがわかる。
あ、そう言えば、と思い先程から思っていた事を輝夜さんに伝える。
「そういえば輝夜さんってハーフ?」
スタイルはさることながら、日本人離れした顔と、嫌でも目立つ銀髪。日本人離れしたこの顔だからこそ髪の毛に疑問を抱かなったが。
「うん、おかあひゃんがろひゅあびん」
「うん。このタイミングで聞いた俺が悪かったよ。とりあえず飲み込んで」
頷きながら頬張ったパスタを飲み込んでいく。そして水を一口飲んだ後、再び口を開いた。
「お母さんがロシア人。お父さんは普通の日本人だよ」
「へぇ、だからそんなに美人なのか……ロシア人と日本人の子は美形になるって言うし……え? どうしたの輝夜さん」
またもや顔を両手で覆う輝夜さん。相変わらず少しだけ見える頬は湯気がでそうなほど真っ赤に染まり切っていた。
「一夜……ばか」
「えぇ、なんで?」
相変わらず両手で顔を隠す輝夜さん。指の間から顔を覗かせながらチラチラとこちらを見ている。
ハムスターのようだな、なんて思っていると、突然右奥の席からドンッ、という鈍い音が響く。
「どう言うことだよめぐみ!! いきなり別れるって!!」
聞き耳を立てた訳ではないが、そこそこ離れている俺たちの席にも自然と耳に入ってくるほどの音量だったので聴こえてしまった。
それに聞き覚えのある名前だった、と言うのもあるが。
まぁ、考え過ぎだ。きっと。
「もーうるさい。別れるって言ったら別れるの。新しい人さっき見つけたから。あんた用無しだから。じゃ」
「おい待てよっ!」
「そんなしつこいならボディーカード呼ぶよ? 私を誰だと思ってんの?」
中々にひどい痴話喧嘩だな、なんて思いつつも可愛らしい輝夜さんから視線をそらし、右奥の席に目を向ける。
女はすでに立ち上がってどこかに行っているようだったが、椅子に座っている男には見覚えがあった。
俺をタコ殴りにした、椎名の彼氏。
少し遠いとは言え見間違えるわけがない。
自然と握った手のひらに力が入る。
しかし、あの男がいるっていうことは……さっきの女は俺の考えすぎなんかではなかった。
最悪だ。こんなところで鉢合わせるなんて。輝夜さんには申し訳ないが、ここは早く出よう。
「輝夜さん。ごめんもうここ出ーー」
「ーーねぇ、お兄さん。その女の人とはどんな関係なんですかぁ?」
今最も聞きたくない声。学校の時とは違い甘ったるい、反吐が出る声。
なぜこんな声を出しながら近づいてくるのは謎だが、顔を見上げる。
「しい……な」
学校とは違い、化粧をしっかりとしていて、素材がそこそこ良いこともあり、まあまあ美人な顔になっていた。
目の前には絶世の美女がいるからなんとも思わないけど。
「あれぇー! もしかして私のこと知ってる!? ファンとかぁ!? 嬉しいなぁ!」
なんだか反応がおかしい。俺に気づいていないのか。それに俺がお前のファン?
そんな訳ないだろ。
しかし、椎名は止まらず言葉を不必要に紡ぐ。
「ねぇ、お兄さん。話変わるけど、この女の人彼女ぉ?」
相変わらず甘ったるい話し方に嫌気がさして来ながら、どうしようか悩んでいると、目の前の輝夜さんが初めて口を開く。
「彼女じゃない、『今は』友達」
今はのところに謎な括弧がついた気がしたが気のせいだろうきっと。
だが、それを聞いた椎名はさぞ嬉しそうにこちらに視線を向け出した。
「そぉ〜なんだぁ〜。じゃあ、お兄さん。私と付き合わない? 知ってると思うけど、私そこそこ女優で売れててこれからもっと売れていくから、今のうちだよ?」
なんて上から目線で言ってきたものだから、殴りかかりそうになった。
しかし、その場を一旦壊すように輝夜さんが唐突に立ち上がった。
そしてどこへ向かうかと思えば、俺の隣に座ってギュッと腕をホールドしてきた。
「今日は、一夜、私の友達。邪魔しないで」
で、出た。好感度0の話し方。最初の頃にそっくりだ……。
最初って言っても3時間前くらいなんだが。
「なにそれ。友達なら別にいいじゃん。ねぇ? お兄さん? それに私と一緒に来たらなんでもお兄さんが望むことなんでもしてあげるよ?」
……なんだよ……それ。
俺の初恋が馬鹿みたいだ。こんなに男に媚び売る女に恋心を抱いて抱いたなんて。気持ちが悪い。
もう、いいや。どこかへ行ってもらおう。そう思い、口を開こうとした瞬間。
「なんなのあなた? 気持ちが悪いわ。それに確か椎名恵って言ったら、貧乳で演技が下手で有名な人じゃない。そのくせドラマとかに出てるから事務所の社長に気に入られているだけって言われてる底辺女優じゃない」
……めっちゃ知ってるじゃん。てかオーバーキルだろかわいそう。
正直全く思ってないけど。
「なっ、なによあんた!! というか誰よ! さっきから!」
「だから言ってる。私は友達。邪魔するビッチはいらない。しね」
口悪すぎるよ、輝夜さん。すっごいナイスだけど。
しかし、口とは裏腹にホールドされている腕がもっと締め付けられる。輝夜さんもこういう言葉を言い慣れていないのがわかる。
俺も加勢してさっさとどこかへ行ってもらおうと思ったその瞬間。
「本当になんなのよ!」
椎名は勢いよく手を振り上げる。紅潮し切って、周りが見えていない。
勢いよく振り下ろされるその手の勢いは衰えず、輝夜さんにぶつかるーーことは無かった。
俺は振り下ろされた手を、当たる直前になんとか掴み、かろうじて輝夜さんに当たることはなかった。
「さっきから何なんだ? 邪魔なんだけど」
とっておきの低く、威圧感のある声で言う。
腕を掴んだ手にも自然と力が入る。
「俺だけなら別に良い。だけど輝夜さんに手を出したら、許さないぞ」
「……っっ!! ……わかったわよ!」
椎名は一瞬で冷静になり、周りを見る。流石に自分に注目が集まっていることに気づいたのか、バツが悪そうにそそくさと店を出ていく。
「……なんかごめんな……俺のせいで」
「いや、一夜は全然悪くない。あのビッチのせいよ。そういえば椎名って人と知りあい? 見た途端顔が一気に怖くなったわよ」
「あー、因縁の相手……みたいな?」
「そうなんだ……私からはあんまり聞かないけど、何かあったらすぐ教えてよね」
「……ありがとう。ところで、いつまで腕、掴んでるの?」
「あっ、いやっ、そのっ、ごめん!」
このままでもよかったのだが、これ以上大きく柔らかな桃が押しつけれてたら俺の理性さんが持ち堪えられないらしいので。
輝夜さんが腕を離し、そのまま少し気恥ずかしいままその日は別れて何事もなく終わったのだった。
追記。
これまで友達できることすらなかったので連絡先聞くの忘れてました。
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