第8話 友達とデートは突然に
「えと……なんですか?」
突然猛ダッシュでエレベーターにスライディングをされた俺は恐怖と驚きを隠せなかった。
「あ……えっとその……あなたの演技、すごかった。感動した。だから……友達になって」
「…………は?」
先ほどからエレベータのドアに定期的に挟まれているうつ伏せの彼女から発された言葉は、こんな状況でなくても驚きが隠せなかっただろう。
こんな状況だと驚きを超えてもはや恐怖だが。
「とりあえず、立ちましょう?」
そう言って俺は手を差し出す。その手に彼女は掴まり、華奢な体を起こす。ふと彼女から柑橘類の良い匂いが漂う。
立った彼女の二つの双丘は潰れることなく、相変わらず圧倒的な存在感を醸し出している。
お人形さんのような綺麗な顔立ちと、小柄で華奢な体躯に見合わない二つの物に見惚れつつも、彼女に改めて問う。
「えーと、改めてどういうことですか?」
彼女は不服そうな顔をすると、
「あなたすごかった。だから私と友達になってほしい」
と言った。
俺が……すごい? いやいやないない。だってあまりの俺の演技に審査員さんたちもため息ついてたし。
「それ……多分俺じゃないですよ……」
「何言ってるの? 確かにあなた。100%あなた。だって私よりも演技が上手い人はあなたが初めて」
「本当に……俺なんですか?」
「隣の番号だったんだから忘れるわけない」
マジ、かよ。
もし彼女のいうことが本当なのなら、引き込むような彼女の演技より上手いことはないとして、それと同等くらいと思っていい……のか?
「…………うわっ!?」
俺が思想に耽っていると、彼女がこれでもかとただでさえ狭いエレベータの中で距離を詰めてくる。
「友達……なってくれる?」
お互いの吐息がわかるほど近づいてきた彼女が上目遣いをして行ってくる。彼女の深い藍色の瞳と目が合う。
「は……はい」
蛇に睨まれた蛙のように、体が動かない。まるで体の全てが彼女に支配されているような感覚に陥る。
「ほんと!! 嬉しいわ!! 私、なぜか友達がいなかったからすごく嬉しいわ!!」
なんと。そんな嬉しそうに俺と同じ境遇を話さないでくれ。
「でも、意外だね。輝夜さんみたいに美人さんなら友達なんて簡単に出来そうなのに」
「び、美人って……急に褒められても反応に困るわ」
彼女は雪のように白い顔を赤く染め、俯く。それに釣られ、俺も釣られてなぜか頬が熱くなるのがわかる。
彼女がこほんと咳込み、再び口を開く。
「あなたみたいな人ならいくらでもできるのでしょうけど、私はなぜか普通に話しているのに、できないのよ」
少し残念そうに言う彼女。そんな彼女には非常に申し訳ないのだが、すごく心当たりがある。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……俺への対応最初と変えて……ますよね?」
「え? 全く? さっきも今も普段通りよ?」
あー。はいはい。そう言うことか。なんとなく状況を察する。
「最初、俺のことどう思ってた?」
「……? ただの人」
「今は?」
「演技が私より上手い人!!」
彼女は大きな宝石のような瞳をキラキラさせ俺に言った。本気か、この人。
「多分……なんだけど。輝夜さんの話す人への興味具合によって勝手に対応が変わってるんじゃ……ないかな?」
「えっ……そんな……」
心底驚きを隠せないといった表情で俺を見てくる。まさかとは思ったが、本当に自覚がなかったのか。
「俺みたいな人は他に輝夜さんっているの?」
「え、えぇ! それはもちろんよ!」
「クラスメイト、とか?」
「いいえ、パパとママよ!!」
「どう?私すごいでしょ?」と言わんばかりに胸を張っている彼女。
「二人……だけ?」
俺は素直に疑問を彼女にぶつける。
「……い、いまあなたが入ったから3人よ!」
「それでも……3人だけ……?」
「……」
彼女はプルプルと体を震わせ、瞳をうるうるさせながら上目遣いで睨んでくるが、その可愛さでマイナスプラスゼロどころか、可愛さが大きく勝っている。
しかし、今にもすごく泣きそうなので、陰の者なりにフォローを入れておく。
「あっ、俺も友達いないから……その……うん!」
なんのフォローにもなっていない事は瞬時に分かったが、どうすることもできないのでそのまま彼女を見ていると、突然パァっと、彼女の顔が明るくなる。
「ほ、本当に!? じゃ、じゃあ、私が初めてのお友達ね! よろしく!!」
感情の振れ幅がすごい彼女に若干引きながらも、これが役者としても良いのかもしれないとふと思う。
「よ、よろしく」
彼女は俺の手をとり、ぶんぶんと握手をしてくれている。小動物のようですごく可愛らしい。
しかし、そんな中突然チーン、という音と共に、ドアが開く。
そこには俺と同じ組だった応募者3人が居た。
その瞬間、俺は直感的に自分たちがまずい状況にいることを感じる。
輝夜さんが、エレベーターに、挟まって、入って、そのままエレベーターの中。
ボタンは押していない……。
傍から見れば密室に男女二人、至近距離で大きく手を振りながら握手をしている、カオスだ。
「あのー、なんか、すいません」
3人のうちの一人が、申し訳なさそうにそう言うと、まるでタイミングを図ったかのようにドアが閉まる。
閉まった瞬間、俺と輝夜さんはお互いの手を離し、一階に行きのボタンを連打していた。
※
「なんかさっきはごめんなさい」
輝夜さんはしゅんとしながら隣を歩く俺に謝ってくる。ところでオーディション会場を出てからずっと腕を掴まれてるんですけど、まぁ、気にしなくてもいい……よね?
「もう大丈夫だって、気にしないでくださいよ!」
俺は精一杯の元気で彼女に気にしていないことを伝える。
「で、でもぉ」
輝夜さんはそれでも気にしているようで先程とあまり変わらない。
「ところで、輝夜さん? 俺たちはどこに行ってるんですか?」
輝夜さんを励まそうとしているうちにいつの間にか俺たちは、大型ショッピングモールの前にまできていた。
「あー、えーと、友達なら遊んでくれるよね……?」
なぜか腕を掴まれ、輝夜さんに少しずつ引っ張られていた理由が今わかったきがした。
てか、輝夜さんの好感度の値どうなってんだ。
「いや、でも、友達とはいえ、今日会ったばっかりだし……」
「えっ、あそ、ば、ない……の?」
出たよ。身長差を使った上目遣い。もはやその上目使遣いで地球を支配できるのではないかというレベルの破壊力だ。
「……わかりましたよ……でも俺みたいな奴と一緒にいると変に目立ちますよ」
一応、体格は普通に戻って、髪の毛も切って、最低限の事はやったつもりだが、それでも輝夜さんと釣り合っていると思うほど自惚てはいない。それにここに来るまでも、めっちゃ見られてたし。
「……何言ってるの? あなたは凄くかっこいいわ。自信を持ちなさいよ?」
「え? そんなわけな……」
「ところで、いつまで敬語なの? 私たち同級生よ?」
食い気味に輝夜さんが言ってくるので、俺が話そうとしていたことは強制終了させられてしまった。
とても気になるところだが、まぁ、輝夜さんが気にしてないのなら後でも良いのだろう。
俺もこんな美人さんと遊ぶことが嬉しくないわけないし。
「わ、分かった。輝夜さん」
すごく慣れないし、妙に恥ずかしいが、慣れるしかないのだろう。
「うん! それがいいわよ!」
輝夜さんは心底嬉しそうに笑顔を浮かべた。予想以上の反応に俺は少々驚きつつ、輝夜さんとの実質デート……が始まった!
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