第7話 オーディション②

 

 10番の応募者のオーディションが終わり、部屋を出る。


 正直、輝夜さんの演技を見た後だったからか、俺の演技含め4人の演技が幼稚に見えた。


 他の3人もそう思っているのであろうか、顔が部屋に入った時よりも暗い。


 部屋を出ると、チャラ男を含めた一組目の応募者たちがすでに居なくなっていることに気づく。


 オーディションが終われば各自帰っても良いのだろう。


 それが分かればもうここにいる必要もない。俺は荷物を手早く纏め、エレベーターへと向かう。


 下の階行きのボタンを押し、少しするとエレベーターが開く。四人乗りくらいの少し手狭なエレベーターだが、俺一人なのだから問題はない。


 一階を選択し、ドアを閉じようとしたその時。


「ちょっ、ちょっと待って!!」


 奥の廊下から長い銀髪を揺らしながら走ってくる美少女が一人。確か輝夜さんだ。

 

 先程の無表情キャラはどこへやらと言うように、顔を真っ赤にしながら、大きな大きな双丘を大胆に揺らしながら確実に近づいてくる。


 大胆に揺れる双丘が目に入ったが、というかそれにしか目がいかない。これは不可抗力だ。


 見る人によっては喜びに感じるのかもしれないが、今の俺にとってはただの恐怖である。


 急いで閉じるボタンを連打する。


 カチカチカチと鳴るボタン。タッタッタとなる足音。


 ドアが後60センチほどで閉まるのに対して輝夜さんは三メートル先。これは、勝った。


 そう思った俺が馬鹿だった。


 間に合わないと察した輝夜さんはあろう事か、ヘッドスライディングをかまし、30センチほどしかなかったドアの間に挟まったのである。


 ガタン、と鳴りながら開くドア。


 下にうつ伏せになっている輝夜さんが上を向き、目が合う。


「あなた! 何者!?」


 これが俺と輝夜月子のまともにした最初の会話であった。



 最後の組のオーディションが終わり、応募者たちが部屋を出ていく。


 その表情は希望に満ちているのか、それとも絶望に打ちひしがれているのか、反対を向いているので審査員我々にはわからない。


 ドアが閉まったところで、ピンと張り詰めていた空気が一気に解ける。審査員は目頭を押さえたり、背もたれに精一杯もたれかかったり、各々なんとか疲労を和らげようとしている。


 そんな中、眼鏡を外し、目頭を押さえながらため息混じりに審査員の岡部が言う。


「はぁ……賀久さん、なんであなたが今日来たのかわかりましたよ。いきなり参加させろなんていうから、何事だと思えば……また変なの見つけてきて」


 言葉を発しなくとも、岡部と賀久以外の3人も頭を上下に動かし岡部に同意している。


「なんだ変なのって。あいつすごいだろ? しかも俺はあいつを5年前から、いや、生まれた時から見つけていた」


「なんですかそれ……比喩でもなんだか気持ち悪いですよ賀久さん。ともかくあの子は別格です。小学生以来だなんて聞いて油断しました。あの子が演技を始めた途端空気が変わった。我々が創っていたはずの雰囲気を一気に自分の物にした。立ち位置、声の出し方、声量、目線、そしてそれらもさることながら演技力も、全てが少なくとも僕が見たことのないレベルでした……」


「だろう? あの子はまるであの人の生まれ変わりだ。これからが楽しみでしょうがない。それに小学生の時から変わってねぇって言ってたが、微かに変わってやがった。その変化が映像になってどうなるか……だな」


「多少変わっているとはいえ、本当にあの演技を小学生がやってたんですか……もはや恐ろしい」


「しかし、今日は一夜のためだけに来たんだったが、もう一人いいのがいたじゃねぇか。確か輝夜月子だっけか。こいつはまだ荒いが、確かにいいもの持ってる」


「もう……取る気満々じゃないですか。物騒なこと起こさないでくださいよ?」


「なんだ物騒なことって、まるで俺が危ない人みたいな言い方しやがって。俺がどれだけ取ってきたと思ってる?」


「いや、あなたたまにお金と権力で解決しちゃうじゃないですか……」


「それは本当にいざって時だけだ。使うときにしても、金と権力はそうやって使うもんだろ?」


「だめだこりゃ……もう僕は知りません」


 そう言って岡部は立ち上がり、他四人の評価用紙を手際よく集める。


「ではこの評価用紙を元に選考していきます。まぁ、大体決まってるとは思いますが。まぁ何はともあれ今日一日お疲れ様でした。また現場でよろしくおねがいします」


 岡部が最後の言葉を言い、審査員たちは各々、帰る準備を始める。


 一番に準備を終えた賀久が立ち上がりドアを開ける。


「それじゃ、俺はお先に」


 バタリ、とドアが閉まったことを確認し、誰かがボソッと呟く。


「化け物たくさん連れてこられても困るんだよなぁ」


 残った四人は激しくそれに同意されざるを得なかった。

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