第6話 オーディション
舞さんとの特訓?から一週間が経った。結局何も教えられず、オーディション会場にいる。
オーディション会場の廊下にはパイプ椅子が並べられ、そこに他の応募者が座ったり、声出しをしたりしている。
俺も例に漏れずパイプ椅子に座って待機している。
オーディションの流れを調べたり、大切なことをネットで調べたり、自分でできることは全てやったと思うが、それでも緊張で手が微かに震える。
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫かなんて自分の演技が決めること」
「だよねぇ……って誰!?」
唐突に右隣から声がする。
「あなたと同じ。今日オーディションに受ける。それだけ」
右隣を見ると、人形のような端正な顔立ちに、綺麗な銀髪をもつ凛とした佇まいの子が俺に心底興味なさそうに真正面を向いて座っていた。
「え、あ、独り言……出ちゃってたのか……恥ず」
少し下を見るとピンと伸びた背筋のせいか、舞さんをも超える二つの双丘が窮屈そうにしていた。
って何見てんだ俺。
慌てて視線を目の前に戻す。
彼女は名乗ることなく、何事もなかったように静かに待っている。
(こんな美人もオーディション受けるんだからなぁ。俺なんかが受かるわけないよなぁ)
切ったばかりの髪を掻く。新しい髪型は落ち着かない。
舞さんに色々聞いて美容院なんかにも行ったが、二度といかねぇ。いや、いい人たちばっかりだったよ? だけど、あんな陽の恐怖を知った今行ける場所じゃねぇ。
しばらくおとなしく待っていると、左奥の部屋のドアが開いて中年の男の人が出てくる。
「はーい注目」
その一声がかかった途端バラバラの動きをしていた他の応募者たちが一斉にドアを向く。
「まず今回は集まってくれてありがとう。今から簡単にオーディションの内容を説明する。最初に自己紹介をしてもらって、その後に今から渡す台本に沿って演技してもらいます。とりあえず今日はそこまで。絞りきれなければもう一度集まってもらうかもしれないけど、基本的に今日で決まると思っていてください。では台本をくばります」
長い説明が終わり、台本が人伝いに回ってくる。冊子のような台本かと思ったが、プリント一枚だけだった。
まぁ、直前に渡すものならそのくらいなのだろう。
「えーと、これから5分後に5人づつ番号順で読んでいきます。それでは」
中年の男は再びドアの向こうへと帰っていった。
左に向けられた視線を自分の手元に戻し、短いながらに出来上がった物語を読み込む。
あれ?
俺はプリントに上部に書かれた言葉に違和感を覚える。
『連続テレビ小説 後期オーディション』
連続テレビ小説って、毎年前期後期に分かれていて、朝の忙しい時間帯ながらも絶大な視聴率を誇る、あの……?
まじ……かよ。
受付のお姉さんんんンンンンンンンン!?!? 何やってんの!? 今の俺にちょうど良さそうなやつって言ったじゃん!?!?
確かに丸任せの俺も悪かったけど、普通こんなでっけぇオーディションに普通するぅぅ!?
終わった。本格的に終わった。
早速番号1番から5番の人が呼ばれ始めた。俺の番号は7番。1組目が30分くらいで終わるだろうし。
……死へのタイムリミットかな?
はぁ。まぁ、こうなったら変に気負わず頑張るしかないな。もしかしたらのもの字もないが。
ふと隣が気になり、目を向ける。存在感が薄すぎて実際に見なければ居るかどうかすらわからないが、しっかりとお人形のような顔を俺と違って歪ませることなく台本を読み込んでいる。
俺が言うのもなんだが、こんなに存在感が薄くて大丈夫なのだろうか。
あぁ、だめだ。他の人の心配をするよりも自分の心配をしなければ。
俺は彼女に引き寄せられていた視線を台本戻した。
※
ドアが開いて、1番から5番の応募者が出てくる。表情は様々で、対して変わらない者、泣きそうになっている者、自信に満ち溢れているもの。
ふと自信に満ちあふているいかにもチャラそうな奴と目が合う。奴は俺を見た途端、「ふっ」と、目線を逸らしながら笑いやがった。
クッソ。あいつ落ちてしまえ。
呪文のように心の中で唱えていると、6人目がドアから出てきた。
「はーい注目。次は番号6番から10番までの人来てくださーい」
気持ちを切り替え、部屋へと入る。
部屋は舞さんのプライベートスタジオよりも少し広いくらいの場所だったが、長机に沿って座っている4人の審査員、俺たちを呼びに来た人を入れて5人の審査員の影響で、部屋の中の雰囲気はピリついていた。
しかし、5人の中でも一際異彩な雰囲気を醸し出していたのは、なぜかいる賀久おじさんだった。
……いや、ほんとになんで居るの?
疑問は胸中に秘めつつ、今回のオーディションに集中するために切り替える。
俺たち応募者は長机と平行にまっすぐ並べられているパイプ椅子に座り、審査員と向かい合う形となる。
先程俺たちを呼んでくれた審査員の人がふぅ、とため息を吐き、口を開く。
「はい。では揃いましたね。今回は連続テレビ小説、後期オーディションに来てくださり、ありがとうございました。まず、流れを説明します。最初に自己紹介、そして先程渡した台本の演技をしてもらいます。その二つによって我々は審査いたしますので、くれぐれも後悔が残らないようにしてください。では6番の方から始めます」
「「はい」」
俺たちはバラバラになりながらも返事を返す。そして、人形のような顔立ちの彼女が立ち上がる。
「では、まず自己紹介をどうぞ」
「
今にも途切れそうなほどか弱くも、歌手のような綺麗な声色でそう言った。
しかし……声に意識が持っていかれていたが、以上って、審査員に強気すぎないか……? それともそっけないだけ?
「……はい。では自己PRもよろしくお願いします」
「演技が上手い。以上」
強気なほうだな。絶対。
にしても、とてつもない自信だな。さっきのチャラ男といい、どっからその自身が湧き出るのか教えて欲しい。
審査員は特に動揺するわけでもなく、少しボールペンを走らせて再び輝夜さんを見る。
「では、最後に渡した台本の演技をお願いします」
そう言われると彼女、もとい輝夜さんは一歩前にでる。
「初めます」
輝夜さんはそう言うと、綺麗な銀髪ロングをポニーテールに結び出した。後ろ姿だけでも見惚れてしまうような仕草に気を取られていると、突如、違和感を感じる。
部屋の雰囲気が、変わっている。ピリついた雰囲気は和み、されど威厳な空気が漂い始める。
その雰囲気の発生元は、目の前にいる彼女、輝夜さんだ。
輝夜さんに目が引き寄せられる。この部屋で輝夜さん以外を見れる人は誰もいない。
そんな集まった視線をどうと言うことなく、輝夜さんは演技を始める。
台本は過去のテレビ小説、と言ってもかなり古い物だった。
その物語の主人公の弟、もしくは妹、の設定で台本が進む。
しかし、なぜか演技が始まると、自然と輝夜さんの雰囲気は丸く、可愛らしく感じられる。可愛い、と言うより、美人の方が似合う人だったのだが、なぜこんなにも役がぴったりとハマる?
……いや、違う。ぴったりとはまったんじゃない。
自らはめたんだ。演者として役に自分を当て嵌めるのは当たり前のことだ。だが、彼女は当てはめたことさえ気づかせない、元からそれが自分だったかのように、見せる、はっきり言って異次元の代物だ。
左、俺の後にオーディションをする三人を見ると、ただただ見惚れていた。
それほどに彼女の演技は凄かった。
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