第2話
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彩香さんに幅跳びされれば膝蹴りになる程度の距離を置かれてレジに立つと、今日も彼女は来た。私と同い年、名前は最近知った廻実という女。滅多に客と話さない私だが似た雰囲気と向こうから話しかけてきた積極性を店員ながら購入して親しく接するようになった。駅から湧いてくる客処理の合間を縫う小話が学校生活を取り上げれば、陽気者の振りをしなくてはならないので想像上の友達を八人作った。彼女は元コンビニ店員ということでビジネス対談は度々催された。今は別のバイトをしているようで、「何のバイトしてるの?」訊こうとして躊躇う。相手から開示するまで深入りは避けようと思った。実在する友達は消えたら甦らないので慎重に対応しよう。
私と廻実のバイト終了時刻が重なれば帰路を共にしたいが、未だ偶然は巡り合わない。何なら家まで追随してむふふ。むふふの部分はディナーをご一緒するとか。廃棄の弁当で。安上がりなのは彼女の買い物も同様で毎回百円前後の飲み物と愛を提出される。向こうの愛は他人行儀かもしれないけど、こちらは健康的な生活を送れているのかねと真心の心遣いにお釣りを添えて返す。ちなみに廻実は趣味で小説を書いているそう。私のことは小説にしていないよな。協力費としてお釣り貰っていいかな。
入口扉近くに聳え立つ私は廻実をよく迎え入れる。そこで気付いたのは、入店する度にゴミ箱の前でコソコソしていること。単に鼻紙やら過去の思い出やらを捨てているのかと思って注意しなかったが、ゴミ袋を仕分けする内に廻実の手から離脱するのは大量のチラシだと分かった。何故チラシか、配布先を間違えているのかなとうっかり屋な廻実を好ましく評価していたら、店長もその情報を把握しているらしく年齢差甚だしい恋敵が誕生した。という訳ではなく、仲良いならあの子に注意してくれないかと店長から頼まれた。
そういうことで、気は引けるけど上司命令の為一日分の野菜を置いた廻実に「ゴミ箱に家庭ゴミ捨てていますよね?申し訳ないですけど控えて頂けますかね。いや店長に言われまして」注意した。目の前の女は「……ごめんなさい!」改まってそそくさ出て行った、あー、今日は大した話が積もらなかった。出来るだけラフな関係を維持していきたかったのに。リスニングの練習にさえならない店長の言葉なんて聞き流せば良かったかな。まぁ私は何一つ悪くないけど。
土曜日の昼間、最近バイト続きだったので久々に架空の友達とショッピングに出掛けた。好きな服屋の中で可愛い可愛いと独り言を撒き散らしたら特に何も買わず駅前を去った。散歩が主目的なので今日は回り道してみようと、目指す先のパチンコ屋の前にチラシ配りをしている人がいた。こんな原始的な仕事、今時従事する人いるんだ。雇用者の顔を拝観してやりたい。年末年始くらいは。しかしコンビニだって大差ないかと思いつつ紙切れに突き刺される。
何処か見覚えがあると思っていたその顔は、あの子の表面だった。廻実の方も認識したらしくコンマ一秒の膠着が立ち塞がる。そう言うことだったのか、察した私の目は鋭利に曲がり声を交わすことは出来ず、その場を去ってしまった。廻実はある意味誠実に仕事場を離れず置いてけぼりにされた。
それから廻実の入店音に耳が惹かれることは無くなった。一応言っておくと私は全然気にしていないのだけど。強いて言えば廻実は気にしているだろうなぁと気にしている。また会いたいけど彼女の家は特定出来ていない。パチンコ屋の前で潜伏するのは効率的にも彼女の心理的にも宜しゅうない。初対面の時みたいに坦々とした状態で、向こうから来てくれたら良いのに。
労働のやり甲斐が時給にして三百円程減った。その代わりと言っては何だが、今日は廃棄予定のメンチカツを貰った。喜ぶ態度で持ち帰った夜の路地裏、虫の噂話に腕を痺らせる。うーん、お腹空いてないなぁ。
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