僕の障壁

 竹田さんと一緒に放課後を過ごすようになって半年が過ぎ、文化祭が近づいていた。僕たちは部活のために学校に行き、僕は竹田さんのために夕食を作り、竹田さんは僕のために僕といっしょにいてくれた。

「丸木、ちょっといい?」

 顧問の先生が僕を呼んだ。僕が顧問の先生の前に立つと、先生は言った。

「丸木はよく早退するよな」

 早退するのは竹田さんの夕食を作るためである。そんなことを言っても、信じてもらえないだろう。僕は素直にうなずいた。

「そのことなんだけどさ、他の部員から苦情が来てるんだよね……」

 顧問の先生は、遠回しに僕にやめろと言っているらしい。おそらく親か特別支援学級からの圧力だろう。

「わかりました、一旦持ち帰って検討します」

 僕はそう言ってから、荷物を背負って部室を飛び出した。その途中、竹田さんに会った。

「丸木くん、どうしたの?」

 僕は無言で竹田さんとすれ違おうとしたが、心が痛んでできなかった。洗いざらい話すべきだと思ったが、そうしても竹田さんは幸せにならないだろう。

「なんでもない」

 僕はそう言って、自分が住む家に向かって走り、布団の中で泣いた。こんなに竹田さんのことが好きなのに、なんでこんなに裏目に出るのだろう。悔しくてたまらなかった。


 ドアホンの音が聞こえる。僕は涙を拭い、顔を洗ってドアを開けた。そこには、竹田さんが立っていた。

「丸木くん、大丈夫?」

「あ、うん」

「本当?嘘ついても何もいいことないよ?」

「わかった、夕飯作りながら話すよ」

「ありがとう」

 僕は竹田さんの家へと歩きながら、夕飯の献立を考えた。そうして考えている間にも、竹田さんと部活のことが頭をよぎる。

「無理しなくていいよ」

 竹田さんはそう言って、僕の手を握ってくれる。僕は竹田さんの家に着くまではなんとか耐えようと決めた。

「あとで話すから」

「先延ばししても辛いだけじゃない?」

「大丈夫、僕が決めたから」

 僕は竹田さんと言葉を交わしつつ夕食の食材を頭のどこかで考えていた。

「晩ご飯、なくてもいいよ」

 竹田さんは僕にそう言った。

「……だめだよ」

「先生から聞いたよ?私のご飯を作ってるから怒られたんでしょ?」

「……でも先生は間違ってる」

「どうして?先生は学校では正義ってことになってるじゃん」

「それは多分……いや、絶対違うよ。総ての人に対して絶対の正義なんてないし、そんなものがあるならそれを言っているのは人間じゃない」

「まあいいや、私は丸木君を信じるよ」

「大丈夫、部活はやめないから」

「そう……か。何度も言ってるけど、無理しなくていいんだよ?」

「まあね……無理はしてないから」

 嘘だ。僕が部活に通うのには、すでに多大な無理が発生している。親が言ったとおり、僕には無理だったんだ。あんなに間違った人なのに、ここだけは正しい。僕は間違っていたんだ。

「間違いを押し通すのは勇気じゃなくて意地だから……ね?」

「……」

 竹田さんは僕の心を見透かしたように、僕の背中をさすった。

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