入学式と先行き
中学校の入学式の日は、すぐにやってきた。僕と竹田さんは、別々に中学校の門をくぐった。そして入学式とクラスでのオリエンテーションが終わり放課になると、僕と竹田さんは靴に履き替え、同じように生け垣の裏に行きついた。
「丸木君もここにいたんだ」
「うん」
「親は来てないんだね」
「うん」
「もうちょっと楽しそうにしなよ、4日ぶりでしょ。それとも……何か気に入らないことでもあるの?」
「ないけど……」
「私がお嬢様になってないのが気に入らないの?」
「ないと申し上げているはずです。ただもうこんなふうには会えないかもしれないのです。私の親が……」
そのときだった。僕たちが背後に誰かの気配を感じ取ったのは。
「丸木君」
「わかってるよ」
僕たちが背後を振り返ると、そこには長身で丸眼鏡をかけた一人の男子生徒が立っていた。
「……」
僕は何かに気づいて、男子生徒のスリッパに目をやった。その色は、僕たちと同じ青……ではなく、黄色だった。二年生だということは、スリッパを買いに行った店に貼られていた学年別スリッパ表を思い出せばすぐにわかった。僕は男子生徒を見て尋ねた。
「……どうしたんですか」
男子生徒は何か言おうとしたが何も言わず、静かにその場を去った。遠くで吹奏楽部の顧問と思われる先生が楽器運搬作業の指揮を執っている。僕と竹田さんも生け垣の裏をあとにして、校門を出た。
「これからどうする?」
「家に来てくれる?」
「わかった」
僕は家に戻って荷物を置くと、いつの間にか帰ってきていた親を無視して家を出た。親の怒鳴り声に震えても、竹田さんを信じたかった。走って竹田さんの家に行くと、竹田さんは門の前で待っていた。
「ちょっと言いたいことがあって」
「なに」
竹田さんは僕の手を引いて家の中に招き入れた。
「ど、どうしたの」
僕が慌てていると、竹田さんは静かな声でとんでもないことを切り出した。
「丸木君、私の親と会ってくれる?」
「え?……どういうこと?」
「言ったとおり。私のお父さんが明日、中学の書類を書きに帰ってくる。だから、それを利用して丸木君を助けてあげる」
「助ける……?」
僕は目を丸くした。竹田さんは静かに続ける。
「私のお父さんはいわゆる放任主義だから、自分の代わりをしている丸木君のことを丸木君のお父さんやお母さんが丸木君を締め上げて代わりを務められないようにするのは避けたいはずなの。私はすでにお父さん宛の手紙を書いてる。だから丸木君は明日の放課後、この家に来て。言うことは用意しておいてね」
僕は跪いて頭を下げ、「ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。
「顔を上げなさい。丸木君の親御さんを黙らせるくらいのことは、お父さんには朝飯前。お父さんは一応一流企業に勤めてるからね」
僕は竹田さんの目を見た。澄んだ目が僕を真っ直ぐに見つめ返す。僕は心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。
「丸木君、一緒にいようね」
竹田さんは僕にそう言って微笑む。僕は竹田さんの目を見て言った。
「かしこまりました、お嬢様」
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