卒業式の教訓
卒業式の日は、すぐにやってきた。
「校長先生のお話です」
そのアナウンスとともに、会場の空気は心なしか張り詰める。校長が登壇して話しはじめた。
「春の日差しの中、桜に見送られてこの平田第一小学校を卒業する皆さんに、祝福の言葉を述べたいと思います。皆さん、卒業おめでとうございます。ぜひ、明るい未来をつかんでください。あまり長くなると聞いてくれないと思いますので、ここで終わりにさせていただきます。皆さんをここまで支えてくださった保護者の皆さんへの感謝を忘れないでください。最後になりましたが、参列してくださっている保護者・来賓の皆様、PTAおよび地域の皆様、本当にありがとうございます。3月18日、平田第一小学校校長上田宏隆」
校長が壇を降りると、矢継ぎ早に他の来賓も話を済ませていく。卒業証書を渡された直後、1時間ほど続いた卒業式は終わり、その後は各クラスのフリータイムになった。僕たちの担任の栗原先生は古い絵本を取り出した。
「『きいろいクレヨン』という絵本です。この絵本を読み聞かせしようと思います」
栗原先生は絵本の1ページ目を開いた。
「あるところに、12色のクレヨンがありました。クレヨンを使っていた子供はある日、黄色いクレヨンを折ってしまいました。
『おれちゃった……すてよう』
クレヨンを使っていた子供は、黄色いクレヨンを外に捨ててしまいました。黄色いクレヨンは、石にぶつかって泣きました。泣いているクレヨンに、石が言いました。
『そこの黄色いクレヨンさん、僕を塗ってくれないかい?』
黄色いクレヨンは泣きながら言いました。
『どうして?』
石は言います。
『僕はただの石ころなんかじゃなくて、きれいな石ころになりたいんだ』
黄色いクレヨンは石を黄色に塗ってあげました。
『ありがとう』
石はそう言って、とても喜んでくれました。
そのあとも、黄色いクレヨンは色々なものに色を塗ってあげました。塗られたものたちは幸せそうにしていました。夜になって、もうすっかり短くなった黄色いクレヨンは空を見上げました。
『あそこに見える星たちも、僕が塗ってあげたらもっと光るのかな』
そう思った黄色いクレヨンは、夜空に旅立っていきました」
栗原先生は絵本を閉じた……かと思いきや、裏表紙を僕たちに見せた。そこには表紙に比べて大きな星が一つ増えた夜空が描かれていた。
「しばらくして夜空の星の一つが幸せそうに輝きはじめました」
裏表紙に書かれた文章を、先生は涙をこらえながら読み終えた。卒業式では泣けなかった僕の目にも、気づけば涙がたまっていた。かすむ視界で竹田さんを探すと、竹田さんも泣いていた。
卒業式が終わったあと、僕は家に帰った。両親が買い物に行っているのを確認して、竹田さんの家に向かう。ドアをノックすると、竹田さんは……いや帆花お嬢様はいつもの笑顔で待っていた。
「丸木、少し遅いわよ」
「申し訳ありません」
「いいわ。緑茶を淹れてちょうだい」
「種類はいかがいたしましょう」
「煎茶をお願い」
「かしこまりました」
僕はやかんを火にかけ、お湯を沸かしはじめた。いつも通りの幸せが、ここにある。それだけで今は十分だ。僕は茶葉を入れた急須に湯を注ぐと、しばらく待ってから湯呑みに茶を注いだ。お嬢様に饅頭を載せた皿と湯呑みをお出しする。
「緑茶です。それと、まんじゅうです」
「ありがとう。丸木も食べて良いわよ」
「ありがとうございます」
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