第二七話 開き直り


「おおっ、まさか君のほうから訪ねてくるなんてね。待ちわびていたよ……」


 救助者ギルドのマスター、ライルが満面の笑みを浮かべて自室に迎え入れた人物は、彼の幼馴染の一人、シェリアであった。


「…………」


 だが、喜悦に満ちた顔のライルとは対照的に、シェリアの表情は浮かないものだった。


「シェリア、今日はどうしたんだい? 悩みがあるなら僕が聞いてあげるから、なんでも話してくれ――」


「――じゃあ聞くけど、いい?」


「オーケー。さあ、なんでも聞いてくれ!」


「テッドのこと……」


「……テ、テ、テッドだって? 一体、僕に彼の何について聞きたいっていうんだ……?」


 いかにも心外そうに口元を引きつらせるライル。一方で、シェリアは奥のテーブルに置かれた水晶玉を見つけて、その前で大きな溜め息をついてみせた。


「この水晶玉で、見てたんでしょ?」


「え……み、見てたって、僕がこんなもので何を見たっていうんだい……?」


「ライル……私たち、幼馴染でしょ。だからもう隠し事はやめて。これで監獄にいるテッドの様子を見てたのは知ってるんだから……」


「……な、な、なんでそれが……? ま、まさか僕のこと、疑って探っていたというのか? あの心優しいシェリアが……?」


 明らかに動揺した様子で話すライルに対し、シェリアが一層険しい顔つきになる。


「探ってたも何も、大声で騒いでたらしいじゃない。そんなの嫌でも耳に入るよ。私、その神経が信じられないの。テッドがほかの囚人と喧嘩する様子を見て、その上楽しんでるなんて……」


「か、勘違いしないでくれ、シェリア……」


「え……?」


「これは誤解なんだ。僕はね、テッドのことを心配するあまり、仲間を集めてみんなで監獄の様子を見てたんだけど……そこで彼がいきなり喧嘩を始めたものだから、つい応援に熱が入ってしまったんだ……」


「そうなの……?」


「そ、そうさ。それ以外に何か理由でもあるっていうのかい? テッド……彼は本当に強い。囚人王になれるんじゃないかって興奮したくらいなんだよ」


「でも、テッド死ねとか言ってたって……」


「は……はははっ……。そ、それはだね、テッドが憎たらしいくらい強かったからさあ、最後のほうだけ、つい相手のほうを応援してしまったってわけ。内心じゃテッドが勝つのはわかりきっていたからね」


「そ、そうだったんだ」


「うん。僕自身も誤解されるような言い方だったとは思ってるし、反省もしてるよ。あ、そうだ。これからはシェリアもさ、ここで僕たちと一緒にテッドを応援するっていうのはどうだい?」


「え、遠慮するよ。私、そんなの怖くて見たくないし……」


「でも、シェリアが応援してあげたら、きっとテッドが喜ぶと思うけどなあ――」


「――やめて! こんなところからテッドのこといくら応援したって、彼に届くわけがないでしょ!」


「……シェ、シェリア……?」


 涙を目元に溜めて怒声を上げるシェリアに対し、面食らった様子のライル。


「……ひっく……ご、ごめん、大声出しちゃって。もう行くね」


「う、うん。こっちこそ、無神経だったよ、シェリア……」


「……それじゃ」


 シェリアはライルの部屋を出たあと、強い表情で前を向くとともに涙を拭った。


(ライル……あんなに苦しい言い訳をするなんて……。あなたが平気で嘘をつくなんて思わなかった。私の知ってるライルはもうどこにもいないんだね。これで私自身も開き直れるよ……)




「あ、シェリア、いらっしゃい……って、泣いてたの?」


 部屋を訪れてきたシェリアに対し、心配そうに顔を覗き込むミリーヌ。


「……ちょっとね。でももう大丈夫」


「そっか……。なんだか、吹っ切れたみたいね」


「うん」


「お茶を出すから、適当にその辺に座ってて。散らかっててごめんね」


「ありがとう、ミリーヌ……」


 まもなく、シェリアはミリーヌと紅茶を飲みつつ、それまでの経緯を話すことになった。


「――こういうわけなの……」


「……うっわ。最悪。嘘ついてるのバレバレなのによくそんな言い訳ができるよね。幼馴染のシェリアの前だから悪いけど、マスターのこと、心底見損なっちゃった……」


「いいよ、それでもう。私も今回の件でがっかりしちゃったし……。ライルは【カリスマ】の加護のおかげで適当な嘘でも簡単に人を騙せるから、それに慣れちゃったんじゃないかな」


「あー、それはあるかもね」


「ライルが指輪事件の黒幕なのはわかったんだけど、どうしてあそこまでテッドを憎むんだろう……」


 シェリアの言葉に対し、ミリーヌが呆れ顔で首を横に振る。


「シェリア、本当にわからないの?」


「えっ……?」


「相変わらず鈍いわね、シェリア。ヘルゲンもあなたのことを思っていた。つまり、男たちによる女の奪い合いよ」


「…………」


 見る見る青ざめるシェリア。


「ちょ、ちょっと、大丈夫?」


「……だ、大丈夫。でも、それじゃ私のせいなのかなって……」


「それは違うわよ、シェリア。ヘルゲンとライルの逆恨みよ。あなたは最初から一途にテッドのことを思ってただけなんだから……」


「……うん、ありがとう、ミリーヌ……。でも、これから、一体どうしたらいいんだろう……」


「ん-……彼らが自分たちの罪を認めるわけないし、自分たちで証拠を掴むしかないわよね」


「でも、どうやって?」


「あたしにいい考えがあるわ。ちょっと耳貸して」


「…………」


 ミリーヌから耳打ちされるシェリア。困惑気味だったその表情は、まもなくすっきりとしたものに変わるのであった。

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