第二六話 表裏


『――【思念収集】の熟練度が上がりました』


 ん……唐突にどこからともなく声が響いてきたと思ったら……そうだった、これは脳裏に直接響いてくる天の声だ。


 眼帯女のダーナを味方にした直後のことだし、どうやら彼女を説得したことで俺の加護の熟練度が上昇したらしい。


『収集できる思念の数が3から6に増え、さらに思念を纏うことで発生する気力の激しい消耗も少々抑えられるようになりました』


 おお、こりゃいいな。集められる思念の数が増えただけでなく、少しではあるが気力の消耗まで抑えられるとは、地味に大きいぞ。実際、今回はもう死ぬんじゃないかと思えるくらい、相当に疲弊したからな。これならもっと思念を重ねて戦ってもしばらくは大丈夫そうだ。


 しかも俺たちは明日からEエリアへ行けるわけだし、着々と念願の囚人王に近付いている感じがするが、一方で以前の日常が懐かしくも感じられる。


 それと同時に脳裏に浮かぶのは、やっぱりあの子の姿だ。


 シェリアは今頃元気にしているだろうか。幼馴染は幼馴染でも、俺のことを信じてくれなかったライルのことは考えたくもないが……。




 ◆ ◆ ◆




「…………」


 救助者ギルド、その一角にあるメンバーの部屋にて、シェリアがテーブルに頬杖をつき、ぼんやりと考え事をしている様子であった。


(テッド、今頃元気にしてるかな……。あんな、想像するだけでも恐ろしいところへ行ったんだから、無傷じゃ済まないかもしれないけど……私も必ずあなたの冤罪を晴らせるように努力するから、絶対に生きて帰ってきて――)


「――シェリア!」


「あっ……」


 一人の少女が部屋に飛び込んできて、何事かと立ち上がるシェリア。


「ミ、ミリーヌ、どうしたの、そんなに慌てちゃって……」


「はぁ、はぁ……そ、それが、例の、ほら、元盗賊のあの男……えっと、誰だっけ……」


「もしかして、フォーゼって人?」


「そうそう、そいつ! あたし、【気配】をできる限り小さくして、そのフォーゼっていうやつのあとをつけてみたんだけど、そしたらね、がわかったのよ……」


「凄いこと……?」


「うん、迂闊には話せないような、大スクープよ。だから、シェリア、ちょっと耳を貸してよ」


 ミリーヌは注意深く周囲を見渡したあと、シェリアに耳打ちした。


「まず、フォーゼってやつの部屋を覗き込んだんだけど、大した手柄も立ててないのにやたらと高級品ばっかりだったのね。んで、あいつがそれをうっとりと見ながらなんて言ったと思う? って……」


「えぇ……? ギ、ギルドマスターって……そ、そんなはず、ないよ……」


「ホントだって! もちろんあたしだって俄かには信じられなかったから、一応念のためにもっと調べてやろうって思って、【気配】を最小限にしたままマスターの部屋まで行って聞き耳を立てようとしたのよ」


「う、うん……」


「そしたらね、そんな必要がないくらい、何人かで集まって大声で喚いてて……」


「…………」


「死ねテッド、くたばれテッドって、信じられないようなことをマスターが叫んでるのも聞こえてきて……」


「そ、そんな……嘘だよ。だって、テッドは今異次元の監獄にいるんだよ? なのに、なんでライルが部屋の中でテッドの死を願うの……?」


「受付嬢のノルンから聞いた話だと、ヘルゲンってやつが持ってきた水晶玉で監獄の様子を見てるみたいよ」


「す、水晶玉で……? なんでそんなことを……」


「なんでも、あそこじゃ囚人同士の喧嘩が流行ってるみたいだし、それを見るためじゃない?」


「…………」


 見る見る青ざめていくシェリア。まもなく、虚ろな目になって体をよろめかせた。


「シェ、シェリアッ……!?」


「……だ、大丈夫、平気。ちょっと目眩がしただけだから……ごめん、ミリーヌ、ちょっとだけ一人にしてくれないかな」


「あいあい。シェリア、無理だけはしないようにね!」


「うん。ありがとう、ミリーヌ……」


 ミリーヌが部屋を立ち去ったあと、一人になったシェリアは放心した様子で椅子に座った。


(……ミリーヌの話だと、ライルは盗賊上がりのフォーゼと一緒に監獄の喧嘩を観賞してて、しかも、テッドが負けるように、相手のほうを応援していたってことだよね……? こんなこと信じたくないけど……でも、ミリーヌが私にこんな嘘をつくわけないし……)


 まもなく、彼女は何かを決意した様子で、弱り切った顔から強い表情に変わるのであった……。

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