第二五話 居場所
「――う……」
「「「あっ……!」」」
あれからしばらく経ったあとのこと、俺たちのいる檻の中でダーナがようやく目を覚ました。
本来ならば今は仕事の時間なんだが、喧嘩で三回勝ったってことで今日一日だけ免除されたんだ。
「あたいは……負けたんだね……」
ダーナが放心した様子で呟く。
「そうじゃ、お主はテッドに負けたのじゃよ。まあ、悔しい気持ちはわかるが、お茶でも飲んで冷静になることじゃ。ズズッ……ほら、飲め、旨いぞ」
「いらない」
「ブハッ!?」
ダーナに即座に拒まれたアントンがお茶を噴き出してしまった。
「チミッ、ボスに負けたのがそんなにショックだったのかあああ!?」
「別に」
「ぐはあぁっ!?」
今度はスティングが思わぬ返答を食らって玉砕した格好だ。
まあダーナは元々無気力な感じのやつだったし、あんなに強いのに喧嘩に積極的じゃなかったから嘘じゃないんだろう。
「……あたいを殺してくれ」
「「「っ!?」」」
ダーナがとんでもないことをさらっと言ってきた。
「おいおい、なんで死にたがるんだ?」
「こっちこそ聞きたいよ。あたいは全力であんたを殺そうとしたのに、なんで生かすのか。そんなやつが異次元の監獄の囚人だなんて考えられないのさ……」
「こっちにも色々と事情があるんだよ。それを知りたいなら生きる理由もできただろう?」
「……べっ、別に……」
ダーナははっとした表情を見せたあと、気まずそうに顔を背けた。喧嘩している間はまるで別人みたいだったが、悪いやつじゃないのはわかる。
「もう、生きる理由なんてあたいにはないんだ。殺してくれ……」
「どうしてそんなに投げやりなんだ?」
「…………」
「なあ、ダーナ。よかったら俺たちに過去を話してくれないか?」
「そんなの知ってどうするんだい?」
「こんなに強いのに色んな意味で投げやりすぎるし、どんな人生を送ってきたのか興味があるから」
「物好きだね、あんた……」
そう言いつつもダーナの言葉には抑揚が感じられたから、少しは心が動いたのかもしれない。
「あたいの人生なんて、聞いたところでただ虚しく感じるだけだと思うけど、それでもいいなら」
「こっちだってそんなに上等な人生じゃないし、一切構わない」
「ふん……」
ダーナは鼻で笑ったが、それでも過去を話す気になったらしく、今までと違ってどこか柔和な雰囲気を醸し出していた。
「あたいは、こういう眼帯つけてるから柄が悪そうに見えるだろうけど、こう見えて普通の家庭で育ったんだ。むしろ、お姫様のように世間知らずだった。ある日人生が暗転しちまうまでは……」
過去を思い出しているのか、遠い目をするダーナ。
「何がいけなかったのかとかじゃなくて、ただ運が悪かったとしか思えなかった。あの日、家族みんなでいつものように散歩していたら、一人の男がうつ伏せに倒れていて、声をかけたら……いきなり襲い掛かってきた。狂った獣のように吠えながら、やつはナイフを振り回して……母親も父親も幼い弟も妹も、みんな滅多刺しだったよ」
「…………」
「あたいは泣きながら逃げたんだけど、しまいには捕まって、家族の死体をよく見ろ、さもないと殺すぞってナイフを喉元に突きつけてきた。あいつは興奮したような息遣いでそう言いやがったんだ。それから、記念に貰ってやるから感謝しろって笑いながら片目を抉り取られたよ。もう片方は家族の無惨な姿を見るために残してやるからありがたく思えって……」
「……惨いな」
「哀れじゃのう」
「許せねえええっ!」
「あたいは、それから孤児院に入れられて、そこでも酷いいじめを受けたよ。怪物女、片目女ってさ。なんであたいだけがこんな目に遭うんだって、毎日片方の目を赤くしてばかりだった……」
「「「……」」」
俺たちはすっかりダーナの話に聞き入っていた。
「でも、【思念弾】っていう加護を貰ってから人生が変わった。自身が大砲のようになる効果で、威力も速度も抜群でこれを使ってる間は無敵状態だし、隙も使った直後くらいしかない優れものだったからね」
「あぁ、俺も散々やられたからよくわかる……」
あの隙がなかったらこっちがやられていたし、それくらい強い加護だった。
「あたいはこの加護で、家族を惨殺したあの男に復讐してやろうと思って修行したんだ。でも……やつは異次元の監獄へ送られてしまったと聞いて、裸で冷や水を浴びせられたような気分だった。だって、あんなところへ行くには相当の犯罪を犯さなきゃいけないってことだからね……」
「……それで、どうしたんだ?」
「もちろん、追いかけるつもりではいたけど、あんな男みたいに重罪を犯したくなかったから、誰かの罪を被ることにしたんだ」
「なるほどな……」
俺が持っている思念【鋼鉄の意思】を生み出した人物、すなわちグランという男のような経緯ってわけだ。
「けど、既にその男はほかの囚人と喧嘩になって殺されてるって聞いちゃってね、目的を見失っちまったんだ。それからはもう、あたいは生きる屍みたいなもんだよ」
「生きる屍って、アントンさんみたいなもんかあぁっ!?」
「黙れ、こんのクソワニめが!」
アントンとスティングのやり取りが救いになってしまうくらい、ダーナの話は陰惨な内容だった。それで彼女は悟りを開いたような空気を纏っていたんだな。
「これでわかっただろ。あたいにはもう、なんにもないのさ。家族もいない、復讐相手もいない。ただ惨めに息をしているだけだ。自分で死ぬ気力さえない。だから、もう誰かに殺してほしいんだよ」
「いや、ダーナ。お前は生きるべきだ」
「へ……? テッド、なんでそう思うのさ……?」
「お前自身のためにここから出るべきだ」
「自分のため? あたいには何一つありゃしないっていうのに?」
「ダーナ、お前は確かにその男に人生をズタボロにされた。でも、今の生き方をしていたんじゃ、そいつの思うつぼだろ。家族の死体を見せつけて絶望しろと迫ったその憎い男の言いなりになるっていうのか? 俺は嫌だ。小さい頃に母さんを殺されて、何度も何度も絶望しかけたけど、それじゃ殺したやつが喜ぶだけだって思って前を向いた」
「…………」
「居場所がないなら作ればいい。俺たちが居場所になる」
「で、でも……そんなに強いなら一人でも大丈夫だろ?」
「いや、勘違いするな。俺は一人であんたに勝ったわけじゃない。ここにいるアントンやスティングがいなかったら負けていた。だから、冤罪をかけられた俺に協力してほしい。俺が囚人王になり、ここから出て冤罪を晴らすために。それがお前に居場所を与えてやることの条件だ」
「……こ、こんなあたいでいいのなら、喜んで……」
ダーナが片方の目から涙を零した。これでまた新しい仲間が一人増えたってわけだ。
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