第六話 叫び声


「…………」


 大きな炎に包まれながら、俺はじっとやつらの様子を見ていた。よし、モンスターはみんな引き上げていったな……。


 数十匹ものモンスターに囲まれたときは生きた心地がまるでしなくて、何度も意識を失いかけた。


 それでも諦めずに隙を見て逃走した結果、俺が目にしたのは監獄前の大掛かりな篝火で、そこに飛び込むことを思いついたんだ。


 何故なら、炎はモンスターが忌避する代表的なものの一つだからだ。その規模が大きければ大きいほどやつらは嫌がることで知られている。


 普通ならそんなところに飛び込めば俺だって死ぬわけだが、所持している思念【灼熱の記憶】を纏うことで火耐性100%上昇の恩恵を受け、火中にいながら火傷一つ負うことはなかった。


「おーい! 誰か……誰かいないかっ!? 頼むっ、今すぐここを開けてくれえぇぇっ!」


 俺はそこから出ると、声高に叫びながら閉ざされた監獄の門を叩き始めた。


 ようやく魔の手から逃れることができたとはいえ、それでもここは異次元の監獄の外だ。ぐずぐずしていたらまたモンスターに狙われるのはわかりきっている。


 思念を使った影響で気力を激しく消耗したのか、意識が今にも飛びそうだが、ここで倒れるわけにはいかない……。


「おーい! 頼むから、誰かここを開けてくれええぇっ!」


 ――ギギッ……。


 おお……やっと願いが通じたのか、監獄の門が徐々に開いていく。俺は助かったのか……。


「さっきからうるさいぞ、おめー、ぶっ殺されてえのか!?」


「え……」


 見上げるほどの大柄な女兵士が出てきたかと思うと、面食らった様子で俺の顔と腕に刻まれた囚人番号を覗き込んできた。


「って、なんだ、坊主の囚人かよ。何々……囚人番号121か。そういや今日はテッド・シールスとかいう囚人が来る予定だったか。どうせ間違って外に転送されたんだろうが、余計な仕事増やしやがって!」


「ぐっ!?」


 俺は問答無用で女兵士に首根っこを掴まれ、引き摺られる格好になった。


「――これを着て、ここで大人しくしやがれ! 坊主……囚人番号121! おめーは私たちを騒がせた罰として、今日一日飯抜きだからなっ!」


「ぐあっ!」


 俺は囚人服とともに檻の中へ放り投げられた。


「もし次に見に来るまでそれを着てなかったら、明日も飯抜きだから覚えとけっ!」


「くうう……」


 壁にもろに激突し、痛みとともに理不尽さをこれでもかと味わうが、モンスターに囲まれていたあのときに比べたらずっとマシなので普通に耐えることができた。それに、我慢するのは普段から思念の追体験で慣れてることだから。


「えっ……?」


 それからしばらく経ったのち、上体を起こして囚人服に着替えていると、自分と同じ格好の骸骨が壁に背を預ける形でうずくまっているのがわかった。


 あー、びっくりした。囚人の死体がそのまま放置されてるっていうのか……。


 さすが、最凶最悪の監獄と呼ばれるだけあって、とんでもないところに閉じ込められたものだ。命令を聞かないとお前もこうなるぞっていう脅しのようなものかもしれないな。


 俺は死体が目に入らないよう、後ろを向いて横たわる。はあ、疲れた……。


「…………」


 やがて痛みさえも忘れるほどの強烈な眠気が襲ってきて、今まさに意識が途絶え始めたときだった。


 背後から肩を叩かれる感覚があって現実に引き戻される。


 いや、さすがに気のせいだろう。だって、この檻には俺しかいないはず。


 気のせい、気のせいだ――


「――はっ……」


 まただ。また肩を叩かれた。確実に背後に誰かいる。でも、一体誰だっていうんだ? あれから誰も中に入ってきていないはずだが……。


「……ごくっ……」


 恐る恐る振り返ると、あの骸骨が俺の肩に手を置き、カタカタと笑うところだった。


「う……うわああぁぁぁっ!」


 俺は咄嗟に骨だけの手を払いのけ、壁に背中をくっつける。一体なんで檻の中にモンスターが……。


「坊主、うるさいぞ、なんの騒ぎだ!?」


 さっきの巨体の女兵士が猛然と駆けつけてきた。まさか、監獄内にいるくせにモンスターがいることを知らなかったのか……?


「モ、モンスターが、目の前に……」


「ハッハッハ! なんだ、それで叫んだのか。バカめ! ワッハッハ!」


「え……」


「まあ今にわかるさ。ハッハッハ!」


「…………」


 なんだ、あの女兵士、豪快に笑いながら立ち去ってしまった。


「おいおい、モンスターを放置する気かよ……」


「ふぉっふぉっふぉ」


「…………」


 え、この笑い声は、まさか……。


「わしはな、モンスターじゃない。産まれたときからこの姿なんじゃ」


「なっ……」


 その台詞を喋ったのは、なんと俺がモンスターだと思い込んでいた骸骨だった……。

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