第七話 震え


「アンデッド族……?」


「うむ。じゃからわしはモンスターではなく、お前たち人間のいる世界とは別の世界で暮らす亜種といったところじゃ」


「へえ……」


 異次元の世界には多種多様の種族がいると聞いたことはあるが、まさかこんな姿の者もいるとは。亜人とか獣人ならまだわかるんだが。


「今、亜人とかならまだわかると思ったじゃろう?」


「ああ……って、えっ!? 俺の考えを見透かされてる……?」


「ふぉっふぉっふぉ。アンデッド族の中でも、特にわしらスケルトンは相手の心の内を大雑把ではあるが読めるのじゃ。骨だけに、筒抜けというやつじゃ」


「な、なるほど……」


 ジョークなんだろうけど普通に納得してしまった。


「ズズッ……それでじゃな……」


「…………」


 いつの間にか手に持ったお茶を啜り出したアンデッド族の骸骨。自らをアントンと名乗った彼から、俺は話を聞くことになった。


「――と、こういうわけなのじゃ……」


「へえ……」


 アントンの話によると、彼は当時かなりの犯罪者で知られており、盗賊団ダークボーンズの頭として、この異次元の世界でも恐れられていたという。それがこの監獄に入れられて他の囚人との格の違い見せつけられてからはすっかり大人しくなり、今では模範囚となったとのこと。


「昔は相当な悪だったのに、随分変わったんだなあ」


「うむ。残念ながら今じゃ面影すら残っとらんよ。今度はそっちの話も聞かせてくれんか?」


「ああ、俺の名前はテッドっていって――」


 こっちも同じように経緯を話すと、アントンは納得した様子で何度もうなずいた。


「冤罪をかけられるとは、テッドも災難じゃの……」


「まあ、これも経験だと前向きに考えてるよ。こうしてアントンにも会えたし」


「ふぉっふぉっふぉ。前向きじゃのう。気に入ったぞ、よろしくなのじゃ」


「こちらこそ」


 握手してみたが、まさに骨そのものだったので違和感が凄かった。よく見ると、腕の部分の骨に『97』という数字――囚人番号――が刻まれているのがわかる。


「それで、アントンみたいに模範囚になったら外へ出られる?」


「出られる、と言いたいところじゃが、逆なのじゃ……」


「逆……?」


「うむ。監獄ではな、争いを避けて平穏に暮らしたいなら模範囚でいるしかないんじゃが、ここから外へ出たいとなると話は変わってくるのじゃよ……」


 アントンの声が震えている。アンデッドが怖がるくらいだから相当なことなんだろう。


「監獄内は弱肉強食じゃ。ゆえに、外へ出たいなら囚人王になるしかないのじゃ……」


「しゅ、囚人王だって……?」


「監獄内では、喧嘩が強ければ強いほどランクが上がり、強い囚人たちのいるエリアへと行ける仕組みじゃ。わしらがおるこのFエリアが最下位で、SSSエリアが最上位となる」


「SSSエリアまであるのか……」


「うむ。そこまで昇格するには、まずこのエリアでトップの力を持った囚人だと看守から認められる必要がある」


「ってことは、看守が見てる前で喧嘩で勝つ必要が?」


「もちろんじゃ。まずは誰でもいいから、看守が近くにいるときに喧嘩で囚人に勝つことじゃ。喧嘩は一日一回しか認められず、三回勝った時点で次のエリア行きが認められる。そして最後のエリアですべての囚人を打ちのめした者が囚人王となり、監獄の外へと出られるのじゃ……」


「なるほど……。それにしても、罪を犯したことを反省したから出られるわけじゃなくて、とにかく喧嘩で強ければ出られるんだな……」


 もうこの時点でここが普通の監獄とはまったく違うのがわかる。


「そうじゃ。廊下を走るな、食堂の飯を独り占めするな等のルールこそあるが、基本的には力こそが正義。それがこの監獄の絶対的なルールなのじゃよ」


「でも、そんなやつらが元の場所に戻ったらまずいっていうか、この監獄の意味がないんじゃ?」


「心配はいらん。監獄の周りや、最果てにあるという人間界との境界線はもっと恐ろしいモンスターで溢れ返っておる。わしが住んでいたところはさほどでもなかったのじゃが、この辺は囚人たちの負のオーラを吸い取った凶悪なモンスターだらけでな、それゆえ、囚人王になった者が故郷に帰還した例はないのじゃ……」


「え、えぇ……じゃあ、今の囚人王は?」


「現在の囚人王はな、今までの中で最強と言われていたが、外へ出て数日後に、瀕死の状態で戻ってきたらしい」


「そりゃ凄まじい……」


 今思うと、俺を囲んでいたモンスターたちは本当の意味で化け物揃いだったんだな……。


「囚人王はディープミストという異名通り、仮面をいつも被っていて誰もその正体をはっきりと見たことがないのじゃ。それでも、一度外へ出て監獄へ帰ってきたのは現在の囚人王が初らしいぞい」


「へえ……じゃあ、そのディープミストってやつを倒せば俺は囚人王になって、外へ出られる権利を得るってわけか」


「うむ……って、テッドよ、囚人王には甘い汁を吸おうとする子分も多い。そんな恐ろしいことを気軽に口にしないほうがいいと思うのじゃが……」


 声だけでなく体をカタカタと震わせるアントン。


「いや、囚人王なら、俺みたいな新人がいるようなところにはいないんじゃ?」


「甘く見てはならん。告げ口するような輩もおるしな。それに、現在の囚人王は残虐非道な人物なのじゃ。ディープミストに狙われた囚人で、助かった者はおらんというほどにな……」


「…………」


 俺もアントンと同じように震えていた。でも、恐ろしさによるものだけじゃない。監獄の外へ出るためにも、絶対にディープミストを倒して囚人王になってやろうっていう、決意から生じた武者震いでもあった……。

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