第五話 赤


『『『『『ウジュルルルルウゥゥッ……』』』』』


「え……?」


 気が付いたとき、俺は異形のモンスター群に囲まれていた。顔だけでなく胴体にまで大きな口がついた、食べることに特化したような醜い化け物。


 状況が呑み込めない。これは一体、どういうことだ……?


 もうおしまいだと思って頭の中が真っ白になりかけたが、諦めてはいけないと持ちこたえる。


 どうやら監獄の外へ放り出されてしまったらしい。でも、最後の最後まで――死ぬ瞬間まで希望を捨てたらダメだ。それが生物として当たり前の姿だと思うから……。


 いくら冷静になろうとしても無理な状況ではあるが、望みを手放さなければこんな場面でも見えてくるものがある。


 ……この化け物どもは俺を囲んだままピタリと停止している格好だが、これはおそらく、俺を襲うことをためらっているわけじゃない。


 強大な力を持つモンスター同士で、獲物を取り逃すまいと牽制し合ってるからこそ生じている状況なんだ。


 それを上手く利用すれば、この絶望的な状況から逃れられるはず……。


 俺は見逃さなかった。やつらが一気に動いた瞬間、ぶつかり合う形でモンスターの壁に穴が開いたところを。


 化け物の股の間を潜るようにして俺はそこから逃れると、がむしゃらに走り出した。


『『『『『――ウゴオオオオオォッ!』』』』』


 まもなくやつらに気付かれ、物凄い勢いで迫ってくるのがわかる。もうダメなのか、俺はこんなところで倒れてしまうというのか。しかも、監獄らしき建物が見えてきたと思ったら、完全に門が閉ざされていた。


 さすがに万事休すなのか……って、待てよ、あれは……。俺の視界にが映った。


 あれを利用すれば、もしかしたら助かるかもしれない……。




 ◆ ◆ ◆




「お、よく来たね、待っていたよ」


「どうもどうも、ギルドマスター、お久しぶり」


 救助者ギルドのマスターの部屋にて、ライルが笑顔で迎えたのは長身の男だった。


「ヘルゲン、あの憎たらしいテッドを監獄の外側へ送り出したそうじゃないか」


「うむ、間違いないかと。これで確認したので……」


 ヘルゲンが鞄から取り出したのは大きな水晶玉で、そこにはかつてこのギルドに所属していた、今は囚人の立場であるテッド・シールスの姿が映し出されていた。


「それは……?」


「多種多様な魔鉱石を混ぜて作られたもので、これと同じ配合のものが別の場所にある場合、どんなに離れていても映し出すことができるのだ」


「ってことはつまり……」


「そうだ。これとまったく同じ配合で作られたものが監獄の門前に設置されている。もちろん二つは共鳴し合っており、この水晶玉から死刑囚の最期を見届けることができるのだ……」


「おおっ……さすがヘルゲン。監獄送りを任されているだけあって、用意周到だ。頼もしい限りだねえ」


「正直、私はシェリアを独り占めにするあの男が死ぬほど嫌いだったので、今回は溜飲が下がる思いだ。彼女に関しては、ライル、あなたにも負けるつもりはないが」


「フフッ、僕がシェリアを中古にしてやったら、君に特別に分け与えてやってもいいよ」


「ククッ、中々面白いことを仰るが、それはこっちの台詞だ……」


 ライルとヘルゲンはニヤリと笑いつつうなずき合うと、水晶玉に映る囚人のほうに視線を集中させた。


 テッドは監獄へ向かって走っている様子だったが、大勢のモンスターに追いかけられており、その命が尽きるのは誰の目にも時間の問題に見えた。


「終わりだね、テッド。君が生きたまま化け物たちに食い殺されるところを、僕が元親友として責任を持って見届けてあげるよ……」


「素晴らしい見世物をありがとう、虫けらテッド、貴様が食べられる瞬間をシェリアにも見せてやりたかったものだ……」


 嫌らしい笑みを浮かべる二人だったが、まもなくはっとした顔に変わる。テッドが、監獄前に設置してある大きな篝火に飛び込んだからだ。それによりモンスターの集団は一斉に引き返し始めた。


「バカなのか、テッドは。生きたまま食われるより燃やされる道を選ぶなんてね……」


「まさか炎の中に飛び込むとは……。まあ、それでも死ぬまで壮絶な苦しみを味わうことに変わりはあるまい……」


 二人とも自分に言い聞かせるように呟いていたが、すぐに血相を変えることになる。


「「っ……!?」」


 炎の中からテッドが飛び出してきたからだ。しかも彼の体は一切燃えておらず、無傷のように見えた。


「テ……テッドオォ、な、なんで死なない……? 一体、どんな汚い手を使ったというんだ……?」


「ぬ、ぬううぅぅぅ……何が起こったというのだ……。テッドめがぁ、ゴミムシの分際でえぇぇ……」


 水晶を睨みつける二人の顔はいつしか真っ赤になっていた……。

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