第二話 裏


「え、えぇっ……!? う、嘘……そんなの、絶対ありえないよ……」


 救助者ギルド長の部屋にて、一人の少女が酷く驚いた様子で声を上擦らせた。


「残念ながら嘘じゃないよ、シェリア……。テッドが遺品の指輪を盗んでしまって、兵士に連行されていったんだ……」


「……ほ、本当なの、ライル……?」


「うん……。ショックだろうし俄かには信じ難いだろうけど、本当のことさ。僕も今でも信じられない。彼があんな非道なことをするなんてね……」


「……どうして、テッドが、そんな……」


 彼女はシェリア・リーズンという名の、とても綺麗な顔立ちをした長髪の少女で、テッドやライルの幼馴染である。


 ギルドマスターのライルが彼女の小さな肩に手を触れると、ビクッと微かに跳ねるように震えた。


「彼もストレスが溜まってたんだろうし、仕方ないよ、シェリア……」


「ストレスって……?」


「それがね……最近、テッドに対してメンバーから苦情が次々と上がってて、それが彼の耳にも入ってたみたいなんだ。みんな頑張っているのに、テッドだけ楽をしているように見えるって。本人には気にするなと言っておいたんだけど……」


「そ、そんなのあるはずない。いくらストレスが溜まってたからって、テッドが盗みを働くなんて……。こんなの絶対おかしいし、本人にも話を聞かなきゃ――」


「――シェリア、待つんだ! テッドも人間だし、後ろ暗いところだってある。それに、こういうときはえてして一人になりたいものなんだよ。だから、僕たちもそれを察してこれ以上の深追いはやめてあげようよ……」


「で、でも……」


「シェリア……傷ついてしまった君を、この僕が慰めてあげる……」


「や、やめて!」


 ライルが抱きしめようとしたところを、シェリアが突き離す。


「……シェ、シェリア? そんなにテッドのことが好きなのか? 僕じゃダメなのかい……?」


「ご、ごめん。でも、私は彼のことを信じたいの……」


「はあ……。気持ちはわからなくもないけど、シェリア……君はいくらなんでもテッドのことを買い被りすぎてる……」


「買い被りすぎ……? そんなことない。ライル、あのときのこと、覚えてる?」


「あのときのこと……?」


「うん。救助者ギルドに私たちが入ってまだ間もない頃、ダンジョンでモンスターがどんどん湧いてくる状況で、テッドは戦い慣れてるわけでもないのに生まれつき弱視の私を最後まで守ってくれた。ライル、一人で逃げ出したあなたと違って……!」


「そ、そ、それは、逃げたわけじゃないんだ! だって、仕方ないだろう。あのときは仲間が何人も死んで、僕だけじゃなくてシェリアもテッドも戦闘向きじゃないし、このままじゃ全滅すると思った。だから、僕は助けを呼ぼうと……! う、ううぅ……」


「な、泣かないでよ、ライル……。言い過ぎちゃったみたい。ごめんね……」


「い、いいんだ……ひっく……僕も急かし過ぎちゃったね。でも、絶対に君のことは諦めないから……」


「ラ、ライル……」


 恥ずかしそうにうつむくシェリアを見て、ニヤリと笑うライル。その目元には一粒の涙すらも浮かんではいなかった。


「――あのー、ギルドマスター! おられますかー!?」


 そこで慌ただしくドアがノックされ、ライルが忌々し気に舌打ちしてみせた。


「とっとと入りたまえ」


「あ、誰か来たんだ。この声……確か、最近このギルドに入った新人さんだよね? それじゃ、私はそろそろ行くね」


「そうそう。シェリア、そういうわけだから、またあとでゆっくり話そう」


「うん」


 シェリアと入れ替わりで一人の無精髭の男が部屋へ入ってくるなり、ライルに耳打ちした。


「ギルドマスター、死んだ冒険者の遺族から盗んだ例の指輪、上手くテッドの服に仕込んでおきましたぜ。あっしには【ハイド】の加護があるから楽勝っすよ。メンバーにも、やつには盗み癖があると前もって言いふらしておいたんで、良いタイミングかと……」


「ふん……フォーゼ、君がここへ入ってくるタイミングは悪すぎるけど、その件についてはまあ上手くやってくれたよ。さあ、これが今回の報酬だ」


「お、おぉっ、こんなに! ありがてえっす……!」


 ライルが手渡した小袋には金貨がぎっしりと詰まっており、中身を覗き込んだ男が小躍りして部屋を出ていく。


「…………」


 ドアが閉まって一人になったライルが、凄みのある笑みを浮かべながら片手で宙を掴む仕草をした。


(見ているがいい……。誰であろうと邪魔者はこの手でことごとく握り潰してやるし、手に入れたいものはなんとしても手に入れる。シェリア、君の身体も心も、いずれ必ず僕のものになるんだ……)

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