第三話 導き


「う……」


 気が付くと、俺はロープで縛られた状態になっていて、壁を背にして座り込んでいるのがわかった。


「こ、ここ、は……」


 吐き気を堪えながらおもむろに周囲を見回す。鉄格子のある狭苦しい部屋であることから、俺が牢獄の中にるのは明らかだった。


 さらに、上腕部に痛みがあると思ったら『121』という番号の焼印が施されていた。


 おそらく、俺はあれから暴れたり逃げたりしないように兵士たちから気絶させられたあと、アセンドラの都の駐屯地に連れていかれて囚人番号を刻み込まれたんだろう。


 きっと明日には例の異次元の監獄とやらに転送されるはずだ。駐屯地には大掛かりな仕掛けを施した魔法陣が用意されているらしいし。俺がここから消えるのも時間の問題ってわけだ。


「……畜生……」


 あまりにも重苦しい現実と空気に、心が圧し潰されそうになる。


 せめて、幼馴染のシェリアと面会してからにしたかったけど、こんな惨めなところを見せたら辛くさせてしまうだけかもしれない。彼女ならきっと俺の無罪を信じてくれると思うから、尚更心苦しいんだ。


「おい、囚人番号121、お前に面会したい者がいるそうだ!」


「…………」


 一瞬誰のことかわからなかったが、囚人番号121っていうのは自分のことだ。俺に面会したい者だって? ま、まさか……。


「――テッド……」


「……来ちゃったのか……」


 鉄格子越しに俺の前に現れたのは、物憂げな表情のシェリアだった。


「来ちゃったじゃないでしょ。テッド、どれだけ心配したと思ってるの……」


「……ご、ごめん、シェリア……」


 泣き腫らしたのか、彼女の真っ赤な目を見て、俺は自分の浅はかな考えを改めた。会うこともなく離れたほうがよっぽど辛い思いをさせてしまうはずだと。


「テッド、今回の件、あなたがやっていないのはわかる。何かの間違いだって。だから、私が真犯人を見つけ出して必ず冤罪を晴らしてみせるから、そのときまで辛抱強く待ってて、お願い……」


「シェリア……気持ちはありがたいけど、君はそんなことよりをやってほしいんだ」


「別のこと……?」


「ああ。君の加護は【導き】といって、救助を待っている冒険者の位置を把握できる優れた効果だし、その力を使って迷宮で一人でも多くの人を助けてやってほしい。俺のことなら自分でなんとかしてみせるし、大丈夫だから……」


「で、でも……」


「俺は自分の仕事が楽に見えるからって、それで嫌われてしまってるし、真犯人もそうした状況を利用したんだろう。だから自分の疑いを晴らすのは簡単じゃない。今は油断させる意味でも泳がせておいたほうが賢明だよ」


「テッドだったら、どうしていつもそう我慢強いの? 確かに立派だけど、この状況は辛すぎるよ。あなたの加護【思念収集】の追体験がどれだけきついか……テッドの忍耐力が強すぎるから、周りには痛みが伝わらないんじゃない? 誰よりも過酷なことをしているのに……」


「…………」


 シェリアの加護【導き】は、冒険者の心身の痛みを感知することにより、その居場所を特定できる能力だ。それゆえ、俺の痛みの度合いがよくわかるみたいなんだ。


「いいんだ、シェリア。俺が我慢するのは、周りに心配させたくなかったからだし。これも何かの導きなんじゃないかな。遠回りかもしれないけど、もっと立派になって帰って来るよ。俺はこのままじゃ終わらない。絶対に……」


「テッド……あなたは怖くないの? 異次元の監獄は生きて帰った人が一人もいないって言われてるような場所なのに……」


「そりゃ俺も怖いよ。そんなところへ行かなきゃいけないって思うと体が震える。でも、もう逃げたくないんだ。二度と下を向きたくないんだよ、どんなことがあろうと。あいつのこともあるし……」


「あいつって……アスタルの件、まだ気にしてるの?」


「ああ……」


 一年前のことだ。まだ救助者ギルドへ来たばかりの駆け出しだったころ、俺は同期の少年アスタルと知り合った。


 愛想が悪いだけでなく無口だから、メンバーからは陰口を叩かれることも多かった。でも【スピード】という加護を持ち、桁違いの俊敏さを巧みに利用した頭脳的な戦い方は彼を嫌う者たちも舌を巻くほどで、救助者ギルドのエース的な存在だった。


 なのにそれを周りに一切ひけらかさない男で、俺は彼から多くのことを学んだ。そんな孤高の姿に憧れもあり、いつの間にか打ち解け合う関係になっていったんだ。


 それから数カ月経ったある日……あいつが鬼気迫る形相でどこかへ向かっている場面に遭遇して、俺は傍観することしかできなかった。


 声をかけられるような雰囲気じゃなかったっていうのもあったし、プライベートなことにはお互いに突っ込まないっていうのが暗黙の了解だったからだ。


 そのあくる日だった。アスタルの死体が町で発見されたのは……。本当に不思議だったのが、目立った傷がほとんどなかったということだ。なので多分、間接的にダメージを与えられる系の加護でやられたんじゃないかと思う。


「テッド、あれはあなたのせいじゃないでしょ」


「そうかもしれないけど、俺がもっと強かったら防げていた。だから今でも悔やんでるんだ。あのとき止めていれば助かったかもしれないのにって……」


 アスタルの死体の思念を収集したとき、俺との思い出ばかりがあった。まるで俺を殺したやつを恨むな、仇を取ろうなんて考えるなってあいつが言ってるみたいだった。でも、このまま黙っているつもりはない。


「もう逃げない。いつか必ず仇を取ってやるって、あいつに誓ったんだ……」


 あれから俺は戦闘面でもなんとかできるよう、頑張ってきた。もちろん、戦闘用の加護を持っている人間には勝てないが、周りに迷惑をかけない程度には強くなれたと自負している。


「うん……それじゃ、私も誓うね。テッド、必ずあなたを陥れた真犯人を見つけ出すって。もちろん、仕事をしながらだけどね」


「シェリア……わかった。でも絶対に無理だけはしないでくれ」


「テッドもね」


「おい囚人番号121! 面会はここまでだ!」


「シェリア、時間がきたみたいだから」


「うん……」


 俺たちはうなずき合った。いよいよこれから監獄行きだが、それまであった悲愴感は不思議となかった。シェリアと面会できたからだろうか……ん、脳内になんか声が響いてるんだが、これはなんだ……?


『【思念収集】の熟練度が上がりました』


 これは、俺の加護のことだ。そういえば、これを教会で貰うときも同じように脳内に声がしたんだっけ。神父の説明によると、加護に何か変化があると教えてくれる天の声ということらしい。


『収集できる思念の数が1から3に増え、さらに思念の効果も付与されるようになりました』


「…………」


 立て続けに響いた声に驚かされる。収集できる思念の数が増えただけでなく、効果も付与されるだって? 


 確か、加護の熟練度を上げるにはその加護に関係するものを鍛える必要があるって聞いた。ってことは、今回シェリアと誓い合った影響で心がさらに鍛えられ、その結果熟練度が上がったのかもしれない。

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