厄災戦争 天秤は崩壊す2

 

 人類最強と呼ばれる“黒滅”東雲仁。


 神聖皇国の人ならば誰でも知る世界で一番有名な傭兵であり、神正世界戦争が終わってから5年近く経った今となっては世界中の人々が知っているだろう。


 冒険者の中でも最強と呼ばれる剣聖を下し、あと僅かなところまで追い詰めた話は有名であり、今となってはその話を広める集団が世界を旅するほどだ。


 そんな人類最強の前に現れた4人(1人は魔物)の挑戦者たち。


 彼らも己が強者だと自覚こそしているものの、人類最強から漏れ出す殺気には押されてしまう。


 5年前に一度対峙したことのある剣聖ですら、その殺気に身を震わせた。


 「........化け物が」

 「ほっほっほ。この5年でさらに強くなっておるな。先程は挑発したものの、1人で勝つのは既に厳しいかもしれん」

 「私なら死なんがな」

 「気を緩めるな。来るぞ」


 あまりにも強烈すぎる殺気は周囲の生き物や植物に死を錯覚させ、徐々にその殺気が全てを飲み込んで殺していく。


 まだ能力を使った訳でも無いのに、仁はたった一人で4人の行動を止めたのだ。


 「どうした?来ないのか?」

 「悪いけど、もう挑発には乗らないよ」

 「怖気付いたのか。今首を差し出せば楽に殺してやるよ。一撃でな」

 「口だけは相も変わらず回るようで何よりだ」


 アドムは冷や汗を背中にかきながらも、仁がどう動いても問題ないように能力を発現させる。


 “因果干渉コーザリティ”。


 世界の因果に干渉し、その干渉を持ってして世界を操る能力。


 確率が0.1%でもあれば魔力を使ってその世界を再現してしまえる能力であり、未来視すらもできるだけの力を秘めた最強に近い能力だ。


 この力のお陰でアドムは女神に始末されることも無く、また、無理難題な計画を上手く遂行してきたのである。


 魔王アザトースとの接触もこの能力のおかげであり、この能力がなければ今頃アドムは既に亡き人となっていただろう。


(........は?)


 アドムはその因果に干渉する際、未来を見ることが出来る。


 僅か数秒と言う短い時間だけだが、未来を見れるというのは戦闘においてかなり有利に働く要素だ。


 しかし、アドムはその未来を見なければよかったと後悔する。


 何故ならば──────────


 「来ないならこちらから先手を貰うぞ」

 「逃げろ!!バラン!!爺さん!!」


 仁の周囲に三つの黒い箱が現れたその瞬間、バランと剣聖の首が飛ぶ。


 コマ送りされたかのようにゆっくりと首が飛び、噴水のように首から血飛沫が上がる様子が映し出された。


 アドムの能力は未来に干渉できる。


 しかし、それはあくまでも0.1%の確率でもあればの話であり、0%の世界に干渉をすることは出来ないのだ。


 バランと剣聖が仁の手によって首を飛ばされる以外の未来が無い。


 つまり、その未来だけしか選択できなかったのである。


 「本当なら生け捕りにして拷問でもしてやりたかったんだが、そんな余裕はねぇからな。首ひとつで勘弁しやるよ」

 「貴様!!」


 バランと剣聖を瞬殺した仁に向かって、怒りの咆哮を上げながら7つの属性を持った竜は口を開く。


 エレンスゲの頭はそれぞれ対応した属性を持っており、その全てを合わせることでとてつもない破壊力を産むレーザーを持つことが出来る。


 全ての属性が集まったレーザーは白色に光り輝き、近くにあった山ごと消滅させる。


 かつて大国を滅ぼしただけの実力は間違いなくあるが、今回ばかりは相手が悪すぎた。


 全てが消滅させられた世界の中から、バチバチと稲妻を纏った世界最強が姿を現す。


 その体には傷のひとつもなく、エレンスゲの攻撃が一つも届いていない。


 「終わりか?」

 「........チッ!!」


 無傷の仁が現れた事によって自身の攻撃が意味の無いものだと理解したエレンスゲは、未来を見て固まるアドムを正気に戻すために時間を稼ぐ、


 6つの頭を仁への攻撃へとまわし、残り1つをアドムの元へと動かした。


 「しっかりしろ!!お前が折れたらこの計画は全て水の泡なのだぞ!!」

 「........あ、あぁ。数秒先の未来だけ見えるだけだ。俺たちの負けが決まった訳じゃない。それに、確率はまだ弄れる」


 正気を取り戻したアドムは、直ぐ様能力を使用すると、エレンスゲを殺さんと天秤を崩壊させていた仁に向かって虚空に拳を放つ。


 なにかに気づいた仁は、素早く振り向いてガードをするとアドムの攻撃を防いだ。


 「これがファフニールから聞いていた力か。今の攻撃なんて普段なら当たりもしないんだがな」

 「クソッタレが。今の一撃の未来を選択するだけで魔力がごっそり持ってかれたぞ........」


 面倒くさそうにアドムを見る仁と、冷や汗が頬から落ちるアドム。


 仁への攻撃をしただけで魔力がかなり消耗してしまったのを感じたアドムは、長時間の戦闘は不利だと判断すると速攻で仁を仕留めようと切り替える。


 「エレンスゲ。数秒奴を止めろ。俺の全てを使って奴を殺す。サポートはしてやるから、頑張ってくれ」

 「任された........が、正直できるかわからんぞ」

 「俺に未来を託せ」

 「........分かった。託そう。この先の未来もな」


 エレンスゲはそう言うと、全てを掛けて仁を数秒止めようと思ったけど口から様々な属性を纏ったレーザーを放つ。


 しかし、そのどれもが仁には届かない。


 それどころか、目に見えない速さで接近してきた仁によって首を2つ跳ねられた。


 「カッ........まだまだぁぁぁぁぁ!!」

 「いい根性だ。嫌いじゃないぞ」


 あと数秒でエレンスゲも死ぬだろう。しかし、その間にアドムは準備を終える。


 自らの命すらも削る最高の一撃。


 しかし、長年戦闘などしていないアドムは仁がその瞬間を狙っていることに気づかない。


 「チェックメイトだな」


 仁はそう言うと、用意していた世界すらも壊す一撃を放つタイミングを待つのだった。

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