厄災戦争 理想の郷は心の目を奪う3
アンスールの顔は長い髪に覆われて見ることが出来ない。
何万年も前からアンスールは顔を隠し続け、団員の中でもその顔を知る者はメデューサしか居なかった。
何故か。
アンスールが顔を見せたがらないというのもあるが、1番大きな理由はその顔に“目”が無いという事である。
アンスールは目が見えていないのだ。
長年の生活のお陰で暗闇の中でも人の感情や周囲の動き、更には人の顔まで分かるようになっている為気づきにくいが、アンスールは常に闇の中で生きている。
膨大な魔力、仁がブラックボックスを展開している時よりも膨大な魔力が渦巻き、フワッと髪が浮かび上がる。
『は、母様........』
ベオークは初めて見る母の顔に驚愕した。
その目は閉じられており、蜘蛛の糸で縫われている。
普段口元だけしか見れないその顔が顕になったというのに、ベオークは一言つぶやくのが精一杯だった。
「ベオーク」
いつも以上に優しいアンスールの声。
長年アンスールと一緒に過ごしてきたからこそわかる。
自分の母はここで朽ち果てようとしているのだと。
「ジンとカノンに伝言をお願いね。“勝手に居なくなってごめんなさい。悪くない人生だった”とね」
『ダメ........母様........』
圧倒的な魔力の渦の中でベオークは、何とかしてアンスールの考えを改めさせようと必死に言葉を捻り出す。
しかし、たった二言しか出てこない。
何を言っても無駄だと本能で悟っているからだ。
キマイラ達も急に膨れ上がった魔力に圧倒され、動けずにいる。
アンスールは、この少ない時間でベオークに伝えられるだけの言葉を言う。
「イスにも悪かったと伝えておいて。それと、新たな女王は貴方よベオーク。しっかりとやるのよ。くれぐれも、ジンとカノンに迷惑をかけないようにね」
『母様、考え直して。まだそんな時じゃない........』
「ふふふっ、優しい子ね。でも、これ以上は無理だわ。私はこの世界のルールに従うだけ。世界の理をねじ伏せるのであれば、それこそ女神の力を借りないと。とは言っても、馬鹿なことは考えないでね?私は........私が再びこの世界に足を踏み入れることは無いから」
今にも泣きそうな顔でアンスールの足に張り付くベオーク。
アンスールはそんな可愛い子供の頭を優しく撫でると、そのまま掴んで後ろへ投げ飛ばす。
これ以上の会話は心を乱す。
全てを覚悟したアンスールは、未だに動かずじっと睨んでいたキマイラとコカトリスに向かって歩き始めた。
「3回目。これで終わりね」
「グルルル!!」
「ピキィィィィ!!」
「咲き誇れ“
刹那、世界はアンスールの思うがままに切り替わる。
森の木々はいつの間にか無くなり、色鮮やかな花々が辺り一面を飾っていく。
キマイラ達はその花々を警戒するも、敵意がないことを感じて首を傾げた。
これ程にまで強大な力を使ってやる事が花を咲かせる事だったのかと。
もちろん、そんなわけない。
異変に気づいたのは、コカトリスだった。
ゆっくりと歩いてくるアンスールに毒を放とうとしたのにも関わらず、毒が出ない。
それどころか、体すら動かなくなっている。
“
アンスールの能力であり、対象にした相手を自分の理想郷に引きずり込む能力。
理想郷はアンスールの思った通りの世界を創造し、相手に一切の自由を与えない。
アンスールが“相手の能力を封じる”と思えば相手の能力は封じられ、“相手は死ぬ”と思えば相手は死ぬ。
例え相手が格上であろうと、この世界ではアンスールが絶対であり、仁の能力ですらどうしようもない絶対的な世界を作り出すのだ。
だが、これ程にまで強大すぎる力には代償がある。
1度使えば右目を失い、2度使えば左目を失う。そして、三度使えば魂の目(魂そのもの)を失い死に至る。
アンスールは過去に二度この能力を既に使っており、3度目の使用は控えていた。
何故ならば、自らが死するから。
しかし、そうも言ってられない状況。
可愛い我が子と共に朽ち果てる訳もいかないので、アンスールは自分だけの死を選んだのだ。
「死になさい」
「「──────────」」
そう呟いたアンスール。
次の瞬間、キマイラとコカトリスの命は無くなり、先程の苦戦が嘘のように勝ってしまう。
相手がたとえ神であろうと勝てる力。
アドムですら知らなかった管理者からも外れた能力は、アンスール達に勝利を齎す。
「........これで終わりね。最後に貴方達の顔を見れないのは残念だわ。きっと悲しむでしょうね。私も悲しい。でも、それ以上に楽しかった。次会うときは........輪廻の世界で会いましょう。その時は、楽しい話を聞かせてね?」
アンスールはそう呟くと、この10年間を思い返す。
仁達と出会い、ハチャメチャながらも一緒に笑った記憶。
退屈な世界から呼び覚ましてくれたあの二人の人間は、アンスールの生涯において誇りだった。
「........時間ね」
『母様!!』
急いで戻ってきたベオーク。
彼女はアンスールが死ぬ事に気を取られすぎて、周囲の光景が変わっていることにすら気づいていない。
アンスールはそんなお茶目なベオークに笑顔を向けると、最後の別れの言葉を告げた。
「楽しかったわ。またね。それと、私の寝顔は見られたくないの。この服は残すから、それで許して頂戴」
『母様ァ!!』
指先から塵になって消えていくアンスール。
ベオークはそれを止めようと足を動かそうとするが、アンスールの世界ではアンスールが神。
ベオークの足は動かなかった。
『母様!!母様!!』
「次の女王は貴方よ。頑張りなさい」
背中を見せて決してこちらを振り返らないアンスールに声を掛け続けるベオーク。
魔力の文字で書かれているため、アンスールには聞こえない。
だがら感じ取るのは簡単だ。
アンスールは最後にベオークへエールを送ると、満足そうに笑いながら塵となって消える。
この世界に残ったのは、アンスールが着ていたた右腕の無いローブと中に着ていたシャツだけだった。
『あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アンスールの理想郷は消え去り、残った服に近づくベオーク。
先代女王が命じた通り、ベオークの体は徐々に人型へと近づいて最終的にアラクネへと進化する。
「母様........母様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ベオークの泣き声。その声はもう古き女王には届かない。
ベオークは女王となったことも忘れて、ただひたすらに残されたローブとシャツのを抱き抱えて涙を流すのだった。
【
特殊型の異能。世界を思うがままに操る空間を作り出し、その中に対象者を誘う能力。
たとえ神であろうとこの力には抗えず、アンスールの世界では何一つアンスールの許可なしに許されない。要はこの力を使った瞬間に相手が誰であろうと勝つクソゲー。
しかし、この世界の人にはあまりにも強大すぎるため使えても精々1〜3回が限度。アンスールの場合は、一回目で右目を失い、2回目で左目を失って、3回目で魂を失った。
ちなみに、言うまでもないが作中最強の異能(デメリットを考慮しなければ)であり、アンスールが最強である。
アンスール死す。最初から決まってた展開なので、変えれなかった。二年間近くも書いていると流石に愛着が湧いて、書いてて辛かったです。
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