厄災戦争 理想の郷は心の目を奪う2

 

 世界各地で始まった厄災達による破壊の戦争。


 その戦場の1つを受け持つアンスールとベオークは、相性の悪いキマイラに苦戦し続けていた。


 “蜘蛛の女王”アラクネの強みは、幾万もの配下を従わせて相手を蹂躙する物量の波。


 だがしかし、それは広範囲攻撃を持たない格下のみに通じる戦法であり、更には相手が生み出した配下を餌に強くなってしまうとなれば考え無しに配下を集まる訳にもいかなかった。


 ドラゴンの炎や冷気、更には様々な魔物の力を操るキマイラの攻撃は多彩であり、ありとあらゆる場面で対応されてしまう。


 大した驚異にもなってないが、キマイラをサポートしてくるコカトリスも邪魔であった。


 確実に一撃が入る瞬間に毒を打ち出し、ベオークやアンスールに防御をさせる。


 目障りなコカトリスを先に殺そうにも、キマイラを放置は出来なかった。


 「相性最悪。やりづらいったらありゃしないわね。こちらは防御で精一杯よ........」

『キツイ。殺される訳では無いけれど、攻撃できない』

 「........そうね。キマイラが本当に邪魔だわ。先にコカトリスを殺そうにも、キマイラがその隙を着いてくるし」

『防戦一方。他の人が来てくれるのを待つ?』


 ベオークの提案は最もだった。


 このままでは戦いが長引くが、仲間が助けに来てくれる。


 仁や花音、原初の連中が負けるとは思えない。


 特に仁は、この世界でも頂点に君臨するだけの強さを持っているのだ。


 彼が負けた時点でこの世界は終わりであり、彼が世界の命運を握っているのである。


 アンスールも同じことは考えた。


 だが、それは無理だと首を横に振る。


 厄災級魔物としてのプライド云々の話では無い。


 アンスールやベオークよりも弱いもの達が、悪魔と対峙しているのだから皆そちらの援護に行くのだと分かっているのだ。


 「無理よ。1週間ほど戦っていれば別だろうけれど、私達よりも先に助けなければならない仲間がいるでしょう?シルフォード達は私達よりもキツイ戦いを強いられているはずよ」

『1週間は流石に耐えられない........ワタシの魔力的にも二日が限界』

 「私もね。少し後悔しているわ。もう少し真面目に己を鍛えるべきだったとね」

『逃げる?』

 「逃げられるとでも?安心しなさいベオーク。なら簡単よ」


 アンスールはそう言いながら、キマイラの攻撃を避ける。


 強大な爪から放たれた斬撃は、アンスールの裏にあった木々をなぎ倒して遠くに逃れていた魔物たちまで殺して行く。


 コカトリスもアンスールの避けた先に毒を放ったが、それに関してはベオークが深淵で防いだ。


 防戦一方のアンスール達と、攻撃を仕掛け続けるキマイラ達。


 どちらが先にミスを犯すか、勝負は相手のミス待ちと言う完全なる拮抗状態となってしまったのだ。


 「ガルルァァァァ!!」


 蛇のような頭を持った尻尾で周囲をなぎ払い、ありとあらゆる属性を持った魔法を放つキマイラ。


 灼熱の炎が森を焼き払い、暴風によって周囲は荒れ果て、光は聖なる審判となりて、闇は影を操る。


 とにかく多彩で相手に息をつく暇も与えない猛攻を捌き続けるアンスールとベオークだが、遂にアンスールがミスをしてしまう。

 

 「くっ........!!」


 キマイラの魔法を横に避けたアンスールは、地面の割れ目に足を囚われたのだ。


 直ぐさま体制を立て直すその姿は流石と言えるが、この僅かな隙は拮抗状態だったこの戦いを不利に進めてしまう。


 隙を見逃さなかったキマイラとコカトリスは、ここで仕留めきると言わんばかりの魔力を込めてアンスールとベオークに最大の攻撃を放つ。


 ガチン、とキマイラが口を合わせると魔力によって作られた牙がアンスールを襲う。


 コカトリスも地面に降り立つと、キマイラの一撃が確実に当たるようにアンスールとベオークを避けて周囲を囲むように毒の沼を生成した。


 「まずっ........」

『母様!!』


 急いで深淵を展開するベオーク。


 しかし、厄災級魔物になりきれてない半端者が戦闘特化の厄災級魔物の本気の攻撃を防ぐにも限度があった。


 深淵の底まで落ちる途中で牙は深淵を食い破り、威力こそ落としたもののアンスールの右腕を噛みちぎる。


 赤い鮮血が飛び散り、食われた腕はキマイラの口の中に収まった。


 「──────────っ」

『母様!!母様!!しっかり!!』


 痛みに顔を歪めるアンスール。


 その隙を着いてさらなる攻撃をキマイラ達は仕掛けてくるが、ベオークが死ぬ気でその攻撃を守り続ける。


 それでもやはり深淵には限界があり、いくつかの攻撃は深淵を食い破ってアンスールを殺さんと向かってきていた。


(........ごめんなさい。ジン、カノン。この先、イスの面倒は見れそうにないわ)


『っく........!!』


 小さい体を盾にして、キマイラ達の攻撃をその身で受けたベオーク。


 ベオークはアンスールを心の底から尊敬しており、偉大なる母を守るためにその命すらも差し出そうとしていた。


 自分が死んでもアンスールは守る。


 ベオークはアンスールから生まれた訳では無いが、アンスールを母のように思っていた。


 だからこそ、その身を呈してアンスールを守っているのだろう。


 アンスールだって同じ気持ちである。


 ベオークを子のように思い、大切にしてきていた。


 だからこそ、ベオークの死は母の願いではない。


 自分よりも先に死ぬ子など、アンスールの子供では無いのだ。


 「この目は二度と使わないと思っていたのにね........本当にごめんなさい。ジン、カノン、イス、そしてみんな」


 アンスールはそう呟くと、長い髪の奥に隠された顔を露わにして自分の覚悟と最後を悟りつつも誰にも聞こえ無いほど小さな声で言う。


 「最後の花は綺麗に咲かせましょう」


 そう言った顔はとても寂しそうで、とても満足そうだった。

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