厄災戦争 理想の郷は心の目を奪う1

 

 ヌルベン王国と神聖皇国の間にあるとある国と国の境目。


 その境目には、数多の魔物達が住まうとされている“死の森”と呼ばれている場所があった。


 足を踏み入れれば生きて戻ることは出来ず、帰ってきた者もタダでは済まないことから付けられたその森。


 その森の唯一開けた場所で、“蜘蛛の女王”アラクネことアンスールと“深淵蜘蛛”ベオークは、“混合獣”キマイラと“毒鳥蛇”コカトリスと対峙する。


 圧倒的な力を持つ厄災級魔物を前に、この死の森に済む魔物達は皆巻き込まれないようにと逃げ、周囲に魔物の影は見えなかった。


 「面倒ね。勝つのは厳しいかもしれないわ」

『ごめんなさい母様。ワタシが弱いばかりに........』

 「別に貴方を攻めている訳では無いわベオーク。それで言えば、私も弱いことになるもの。それに、手段さえ選ばなければ普通に勝てるわよ」


 本来、アンスールとベオークの元にやってくる敵は1人のはずだった。


 しかし、マルネスの作った転移の魔道具も完全ではなく、厄災級魔物やミスリル級冒険者並の力を持つ者達を強引に転移させたが故に不具合が生じてしまったのである。


 更には、相手が逃げられないように転移系の魔道具の破壊。


 これを完璧にこなす方が難しい。


 ここでマルネスを責めるというのはお門違いであった。


 「ガルル........」

 「ピキー........」

 「コカトリスはともかく、混合獣キマイラは相当面倒ね。確か、人が唯一作り出した厄災級魔物だったかしら?ジンとカノンの話では、元々は魔物達を繋ぎ合わせた実験体だったって話だったわね。本来ならばその辺の魔物と変わらなかったはずなのに、なんの因果か相手の力を吸収する能力を手に入れて厄災級魔物に成り上がった変わり者。私達が負ければ、力を奪われるかもしれないわ」

『ジンに迷惑はかけられない』

 「そうね。でも、逃げる訳にも行かない。ここは多くの魔物が住む場所だし、キマイラが成長できるだけの“エサ”がある。成長されて他の人の援護に行かれると困るわよ」


 アンスールが言った通り、キマイラはかつてとある研究者が作り出した最下級魔物に過ぎなかった。


 魔物の死体を繋ぎ合わせ、滅茶苦茶に作られた人工魔物。


 しかし、ある時キマイラは運良く研究所から抜け出し、魔物を食らってその力を手に入れ始める。


 “終わりの無い成長ブレイクスルー


 人の手によって生み出された生命にも宿る異能は、キマイラにとってこの上ない成長の機会を与えたのだ。


 限界値のない成長。


 まだまだキマイラは発展途上であり、その力を喰らい続けている。


 現時点でキマイラの力は仁達の戦力の中でも上位に位置するだけのものであり、アンスールとベオークがまともに戦えば苦しい戦いになるだろう。


 それでもやらなければならない。


 運が悪かったが、勝ち目がない訳では無いのだから。


 アンスールは最悪を想定しながらも、そうは絶対にならないように気を引きしめる。


 相手は自分達よりも強い存在。更には、そのサポートとしてコカトリス(厄災級魔物)まで居るのだから。


 「小手調べと行きましょう。ベオーク、無理のない範囲で頑張りなさい。貴方が私より先に死ぬのは許さないわよ。前にも言ったけど、私の後継者は貴方しか居ないのだから」

『蜘蛛の女王は母様以外にありえない。ワタシでは未熟』

 「ふふっ、聞き分けのない子ね。全く」


 アンスールはそう言うと、手の先に蜘蛛の糸を出して軽く手を振るう。


 アンスールがよく使う攻撃手段のひとつであり、竜の鱗すらも切り裂く蜘蛛の糸。


 あまりにも細すぎる糸が敵を打ち払うその光景は、圧倒的し今日車のみに許されたものであるが、今回ばかりは訳が違う。


 アンスールの攻撃を正確に見切ったキマイラとコカトリスは、素早くその場を飛び退くと蜘蛛の糸を避けながら反撃とばかりに攻撃を返す。


 コカトリスは口から猛毒を吐きかけ、キマイラは竜種から奪った炎を吐き出す。


 人が一滴でも触れれば死に至る猛毒と、街ひとつを消し炭にできるだけの炎がアンスール達を襲うが、この程度の攻撃ならばベオークでも防げてしまう。


 「ベオーク」

『分かってる』


 ベオークは深淵の力を引き出すと、毒と炎を飲み込んで深く深く下へと飲み込む。


 簡単に相手の攻撃を塞いだベオークだが、相手の力にかなり驚いていた。


 深淵の許容量が越えない限りは防げるが、明らかに小手調べとして放ってきた攻撃にしては強力が過ぎる。


 下手をせずとも、近い内に自分の許容量を超えてしまうことは明白であり、ベオークは冷や汗を流した。


 「大丈夫?」

『問題ないけど、近い内に攻撃が防げなくなる。まだ向こうが本気じゃない 』

 「でしょうね。ベオークはできる限りサポートしてくれればいいわ。あなたは厄災級魔物並に強いけど、それはあくまでも戦闘向きでは無い弱めの厄災の話。ゴリゴリの戦闘向きの魔物相手に勝てるとは思ってないわ」

『ごめんなさい。ワタシが弱いばかりに』

 「こんな化け物共がポンポン出てくるのが可笑しいのよ。ベオークはこの世界でも上位に入るほどに強いのよ。相手が悪いわ」


 アンスールはそう言ってベオークを慰めると、少しだけ悲しそうにしながらもキマイラとコカトリスの相手をするのだった。

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