厄災戦争 正当な歴史を歩むのは3
マルネスの体には老化を止める魔術が施されている。
かつて人類の祖アドムに対抗するべく、大魔術師マーリンが生み出した最後の産物。
人の在り方を大きく替えてしまうであろうこの魔術に高弟の中で唯一適応していたマルネスだが、何万年と言う月日を生きるのは流石に疲れていた。
そろそろ順当な人の歴史を歩む時。今日この場で全てが終わるのであれば、この先生きる意味はあまりない。
そして、この先の未来を歩む為には目の前の元勇者を殺す必要があるのだ。
「あぁ、懐かしい感覚だよ。これこそが私の力。何万年と封印されると、流石に感覚を取り戻すのに苦労しそうだ」
「安心しろ。その苦労はないぞ。俺が殺すからな」
「あはは。口だけは達者だね。口だけは。お喋りの才能があるんじゃないか?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
先程とは明らかに違う気配を纏うマルネスに、元勇者とヘルハウンドは冷や汗をかく。
明らかに自分たちよりも強い。たとえ奥の手を使ったとしても勝てないほどに。
脳裏に“逃げ”の選択肢が出るが、逃げられるならそもそも最初から逃げている。
転移の宝物は既に壊され、純粋な足で逃げなければならない時点でこの2人に逃げ場は無いのだ。
(クソがっ!!どうやっても詰みだ。俺はここで死ぬ。だが、他の仲間達ならなんかしてくれるだろう。となると........やるべき事はただ1つ)
元勇者は覚悟を決めると、自身も封印を解く。
少し目を細めたマルネスだが、彼女は動かなかった。
元勇者の“正義”への敬意なのか。それとも
その他の理由があるのかは分からないが、少なくとも元勇者が全力を出せるようになるまでマルネスは静かにその場で待つ。
元勇者は、自身に施された安全装置を外すと、自分の魂を消耗しながら絶大な力を手に入れた。
“
この力こそが、女神に対抗する為の切り札。
己の魂を削り莫大な魔力と力を手に入れる、文字通り“身を削る”切り札である。
「待たせたな。なぜ攻撃しなかった?」
「理由は色々あるが........強いて言うならお約束は守るもんだろう?」
「........出会い方が違えば、お前とは仲良くなれそうだったな」
元勇者はそう呟くと、マルネスの懐に入り込んで拳を放つ。
先程の戦闘とは比べ物にならないほど速く鋭い一撃だが、相手は歴代最強の一角として名を連ねるマーリンの高弟。
普通の魔術師が相手ならば肉弾戦に持ち込むのは正しい判断だが、マルネスに対して言えば悪手中の悪手だ。
「早いだけに意味は無い。それと、影の中に入っても無駄だよ」
「........っ!!」
「バウっ!!」
気づけば元勇者は吹き飛ばされ、影の中で奇襲を仕掛けたヘルハウンドは踏み潰される。
何が起きたのか一切分からず、何をされたのか見えてない。
ここまで大きな差があるとは思ってなかった元勇者は、短時間でマルネス達を仕留めるのではなく、時間を稼ぐ事に専念しようと心に決める。
ここで自分は死ぬだろう。だが、この女をここで自由にさせてはいけない。
時間を稼げるだけ稼ぎ、仲間が少しでも楽になるのを手助けする。
女神との殺し合いは出来ないだろう。だが、それは仲間がやってくれるはずだ。
「........健気だねぇ。君は随分と良い奴らしい」
「そう思うなら道を譲れ」
「それは無理な相談だ。言っただろう?君には君の正義があり、私には私の正義がある。だから殺し合うのさ。腐った権力者に踊らされて殺し合いよりかは綺麗だと思わないかい?」
「........それは同意だ」
「時間稼ぎ。いいじゃないか。どこまで耐えられるのか、やってみろ」
マルネスはそう言うと、踏みつけていたヘルハウンドの首を撥ねる。
そして、増殖していた個体も全て的確に穿つ。
数で国を滅ぼしてきた厄災級魔物は、悲鳴をあげる間もなく一瞬にして滅ぼされたのだ。
「なっ........!!」
「本気で来い。でないと、1分も稼げないぞ?」
全身から揺らめく魔力の渦が煌めき、その場だけ別世界のように空間が歪む。
どこぞの自由奔放自分勝手な団長よりは流石に弱いが、それでもマルネスはこの世界の中でも相当上位に入るだけの強さを持っているのだと元勇者は気付かされる。
たとえ全盛期であったとしても、勝てるかどうか怪しい。
かつての仲間達がいれば、7:3ぐらいの確率で勝てたかもしれないが(3が元勇者)、これはいくらなんでも格が違いすぎた。
「ははっ、運命ってのは残酷だな。なぜ俺はこんなにも恵まれてないんだ」
「同情はしよう。そして、これが運命に抗った結果だ」
「手厳しいな。だが、まだ抗っている途中だ。覚悟を決めたやつを見くびるなよ」
勝ち目は最早ない。
マルネス並の強さを持った者達が他の厄災級魔物やアドムの相手をしているのであれば、自分が死ぬよりも先に決着をつけて救援に来ることは無いだろう。
更には相手は転移魔道具を持っている。
自分が負ければ、直ぐに他の場所に援護しに行くはずだ。
(最低でも5時間は稼ぐ)
元勇者はそう心に決めると、自分の全てを持ってマルネスとカーバンクルを足止めするのだった。
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「まさか、8時間近く時間を稼がれるとはね。さすがは魂を犠牲にしただけはある」
「キュ」
人気のない森の中。
濃い血の匂いを携えながら、マルネスは静かにつぶやく。
元勇者の時間稼ぎは相当厄介だった。
最初から殺す気で言ったのにも関わらず、8時間も時間を稼がれてしまったとなればマルネスも苦い顔をする。
「体が慣れてきてからは一方的だったけど、流石に疲れたね。とはいえ、休んではいられない。行くとしようカーバンクル。まずは悪魔と戦うあの子たちから助けるよ」
「キュ?」
「もし終わってたらって?その時は大魔王の方に行こう。不確定要素はその2つぐらいだ」
マルネスはそう言うと、バラバラにされた人形をちらりと見て森の中から姿を消したのだった。
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