厄災戦争 正当な歴史を歩むのは2

 

 場所は戻り、マルネス達と元勇者達が戦う戦場。


 魔術媒体無しで魔術を放つマルネスと、それを避けながらマルネスに反撃を試みる元勇者。そして、その二人をサポートするカーバンクルとヘルハウンド。


 彼らの戦いは徐々に熾烈になっていく。


 「クソがっ!!こいつやり方が汚ぇ!!」

 「褒め言葉として受け取っておくよ。元勇者。私は性格が悪いんだ」


 マルネスは大魔術師マーリンの高弟。魔術に関してはこの世界の誰よりも詳しく、また、本来のデメリットすら無視できる異能がある。


 “魔術の極みマジックマスター


 マルネスがかつて付けられた二つ名と同じ名の異能は、魔術に特化した異能だ。


 禁術を除き、ほぼ全ての魔術を媒体無しで行使できる壊れ性能。


 唯一消費するのは魔力だけだが、その魔力消費すらも削減されるとなればチート能力にかなり近い。


 ありとあらゆる場面に対応できるだけのポテンシャルと、何万年と生きてきた上に厄災級魔物と戦ってきた経験。


 この2つが合わさり、マルネスは元勇者を圧倒していた。


(やりづれぇ........あちこちに罠を仕掛け、俺をその罠に的確に誘導してきやがる。しかも、相当実践慣れしてるぞ。俺も多少のブランクがあるとは言え、ここまでいいようにされるとは。ヘルハウンドもカーバンクルに釘付けにされて動けないし、このままだと殺られる!!)

 「どうした?君の正義はこの程度か?」

 「舐めんじゃねぇよ。俺はまだ負けてねぇ!!」


 マルネスの言葉が挑発だと分かりつつも、どこかで勝負を仕掛けなければこのままズルズルと負けてしまう。


 元勇者は、反撃の狼煙として魔力の弾を打ち出すと、それをカーバンクルに向けて放った。


 「キュ?!」

 「数が同じならまずは減らす!!これは常識だろ!!」

 「できるならね。君、それは悪手が過ぎるよ」


 マルネスとの戦いのさなか、不意打ち気味に放ったカーバンクルへの攻撃。


 マルネスがカーバンクルを庇えば、その歪みを攻撃し、マルネスが動かなければカーバンクルは攻撃を受ける。


 ヘルハウンドも弱くない。何故かヘルハウンドの最も強みである“数”が全く増えてないが、それでも二対一に一瞬でもなれば勝ち目がある........そう錯覚していた。


 「バウ!!」


 元勇者の攻撃に合わせて、分裂したヘルハウンド達がカーバンクルを襲う。


 ヘルハウンドの異能は“影の追跡者ハウンド”。


 自身と同じ存在を分裂させ、相手を死に追いやるまで追跡できる能力だ。


 戦いにおいて数は正義。ヘルハウンドの数は戦いを有利に導く為の物。


 しかし、それはあくまでも相手との戦力差がほぼ互角な時のみに許されることであり、一対多に対して絶対的な力を持つカーバンクルの前では無に等しかった。


 「キュ!!」


 カーバンクルは小さく吠えると、世界はカーバンクルのために動き出す。


 カーバンクルを守るために空から星々が降り注ぎ、リンドヴルムが星を落としたかのように世界が揺れる。


 ドォォォォォン!!


 砂埃を舞い上げ、地面に衝突した星々は周囲の木々をなぎ倒す。


 何が起こるのかを察知していたマルネスは素早く結界を張り、その場から逃げていた。


 「あーあー、昔を思い出すね。私もあんな感じに空の星に撃たれたよ。アレが一番死にかけたかなぁ」


 砂埃が舞い上がり、視界が悪くなる。


 マルネスは油断すること無く周囲を警戒しながら、砂埃が晴れるのを待った。


 「私達は勝てそうだ。これが終わったら悪魔と対峙しているあの子たちのところに行こう。あそこがいちばん不安だし........ね!!」

 「チッ!!感知能力にも長けてやがる!!」


 砂埃の中から突如として現れた拳を、マルネスは結界で弾き飛ばす。


 星々が空から降ってきたとは言え、相手はかつて大魔王アザトースと戦ってきた英雄。


 この程度では死ぬことは無い。


 しかし、左腕を持っていくことには成功したようだった。


 人形の左腕は星に潰され、これが人の腕ならば赤い装飾がなされていた事だろう。


 また、ヘルハウンドもギリギリで生き残る。


 「しぶといね。私としてはさっさと終わらせて他の人たちの援護に回りたいのだけれど?」

 「それは俺も同じだ。サッサと死ね」

 「見たところ、君は魔法も使えなければ能力も使えない。そんな君が私に勝てるとでも?」

 「勝てる勝てないじゃなく、勝つんだよ。最悪勝てずとも、お前らをここに留めておけば仲間が何とかしてくれる」

 「へぇ、案外仲間思いなんだね。それはそれとして、この程度の実力で女神に復讐しようなんて笑えるけど」

 「........」


 元勇者の実力はハッキリ言ってマルネス以下。しかも、未だにマルネスは本気を出していない。


 この程度の実力で女神を殺そうなどと思っているとは、随分と自分を過大評価しているものだとマルネスはある意味感心した。


 「実力はあるさ。だが、コイツを使うのは今じゃない。仲間が来るまでは時間を稼がせてもらうぞ」

 「へぇ?隠し球でもあるのかい?それはそうと、時間を稼がれるのは困るね........本気で潰してやろう。私も長生きしすぎたし、ここらで順当な道を歩くか」


 マルネスの背中には老化を止める魔術が施されている。


 人類の祖アドムを倒すため、世界中の戦力を掻き集めるためにマルネスの時間を止めた。


 この老化を止める魔術には、とんでもない程の維持費がかかっている。


 マルネスの力を10分の一以下にする程に、この封印の代償は重いのだ。


 「今更長生きするつもりは無いんだ。ここらで正当な時を歩むとしよう。カーバンクル。時間を稼いで」

 「キュ!!」


 マルネスの指示を受け、カーバンクルが元勇者とヘルハウンドを相手する。


 カーバンクルに敵意を向けると厄災が降り注ぐが、べつにカーバンクル自体が戦えないわけじゃない。


 他の厄災級マモのと比べたら劣ると言うだけの話であって、時間稼ぎ程度ならカーバンクルでもできるのだ。


 「久々に元に戻るね。感覚大丈夫かな?」

 「俺の勘が言ってる!!あれは止めなきゃ不味いぞ!!ヘルハウンド!!なんとしてでも殺るぞ!!」

 「バウゥ!!」

 「キュー!!」


 マルネスの変化に気づき、止めに行く元勇者とヘルハウンド。


 しかし、カーバンクルがそれを邪魔する。


 そして、元勇者達は間に合わなかった。


 10秒、20秒と時が流れる中で、マルネスは本来の力を取り戻しす。


 「魔術破棄。さて、これで本来の力が出せるな」


 何も変わっていない見た目。しかし、その場にいる全員が感じ取っていた。


 強大な魔力を持った過去の異物は、今正当な歴史を歩み始める。


 「悪いが、瞬殺するぞ」

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