厄災戦争 正当な歴史を歩むのは1

 

 転移の魔道具で人類の祖アドム達をバラバラに分散させたマルネス。


 彼女の魔道具は正確に起動し、その手に隠していた魔道具は崩れ去る。


 ある程度は転移者を絞れるものの、不確定要素は絞れない。


 例えば、仁にはアドムと剣聖を飛ばしているのは確定なのだが、その他の二名は誰が言ったのかは不明であった。


 もしかしたらとても弱い厄災級魔物かもしれないし、最高戦力並の猛者かもしれない。


 現状分かっていた戦力を誰に当てるかは決まっていたが、残りはランダムだった。


 ランダム要素無しで確定していたのは神聖皇国に大魔王アザトースを送り込む事と、シルフォード達三姉妹と獣人組の所に悪魔達を飛ばしたことぐらいだろう。


 残りは、何かしらのランダム要素を持っている。


 そして、マルネスもそのランダム要素を持った1人であった。


 「私の相手は木偶の坊と犬畜生か。私がその気になれば直ぐに終わりそうで何よりだね」

 「調子こいてんじゃねぇぞクソアマ。すぐに終わるのはテメェの命だ」

 「バウ!!」


 マルネスの相手は“人形”と“黒妖犬”ヘルハウンド。


 人形の事は事前に知っており、マルネスと相対することが決まっていたが、ヘルハウンドはランダムで決まった相手である。


 全身真っ黒な毛並みを持ち、群れとして狩りを成す厄災級魔物。


 本来なら出会った時点で死を確信するほどに強い魔物ではあるのだが、厄災級魔物達に囲まれてきたマルネスからすれば何も問題ない。


 そもそもの強さが違うのだ。厄災級魔物の中でも格の高いリヴァイアサンを見ている時点で、並大抵の厄災級魔物に臆することは無い。


 イスの様な例外的存在に驚くことはあるが。


 「そういえば自己紹介がまだだったね。私はマルネス。大魔術師マーリンの高弟にして、賢者の魔導マジックマスターの名を持つ物。君達は?」

 「殺す」

 「コロスさんか。随分と変わった名前だね」


 相手が自己紹介をした訳では無いと言うのは分かりつつ、マルネスは真面目な顔をして煽る。


 限界が来た人形は、マルネスが動く前に先手を取った。


 とてつもなく速いスピードでマルネスの後ろを取ると、その顔を弾き飛ばす勢いで蹴りを放つ。


 マルネスは人形の方を見向きもせずに、これを右腕で受け止めた。


 ドン!!ゴォォォォ!!


 と衝撃の余波で地面が抉れる。


 これだけで、人形がどれ程の力を込めて蹴りを放ったのかよく分かるだろう。


 そして、それを易々と受止めたマルネスの強さも。


 「........割と本気の蹴りだったんだがな」

 「この程度で?まだ遊び半分で私を殴ってくるカノンの方が威力はあったね。それに、君に勝ち目はないよ。まだ私は本気を出しちゃいないからね」


 マルネスはそう言うと、距離を取ろうとしていた人形に向かって魔術を放つ。


 本来ならば何かしらの媒体に魔法陣を書き出すことで起動する魔術が、一切の媒体無しで現れた。


 「は?!」

 「風の刃ウィンドカッター


 本来ではありえない一撃に驚きつつも、人形は何とかマルネスの攻撃を避ける。


 マルネスは追撃を仕掛けようとしたが、何かを感じ取ると直ぐ様その場から飛び退いた。


 直後、影の中から現れる黒い犬。


 “黒妖犬”ヘルハウンドの攻撃だ。


 「躾のなってない犬畜生だね。ウチのカーバンクルを見習ったらどうだい?」

 「キュー!!」

 「バウ........」


 奇襲が失敗し、マルネスを睨みつけるヘルハウンド。


 マルネスはカーバンクルを地面に置くと、再び自己紹介を求めた。


 「で、君の名前は?まさか、自分の名前が言えない程言葉が拙いのかい?」

 「舐めてんじゃねぇぞ。俺は勇気。一ノ瀬勇気だ」

 「イチノセユウキ........」


 マルネスはその名を聞いてある事を思い出す。


 かつて大魔王アザトースを討伐するために異界の地から招かれた1人の勇者。


 大魔王アザトースを7つに分けて封印し、世界を救ったとされる伝説的存在。


 ある時勇者の消息はパたりと消え、元の世界に戻ったのかとも言われていた勇者の名。


 それが、一ノ瀬勇気。


 この人形は、初代勇者なのである。


 「確か、初代勇者がそんな名前だったね。随分と見違える程に変わったじゃないか。老いたのか?」

 「んな訳ねぇだろ。おれは肉体を捨てて、魂だけこちらに移したんだよ。女神に復讐するためにな」

 「見た所、肉体を捨てた事で勇者としての力も失ったようだが、そんな君で女神を殺せると?」

 「殺す殺せないじゃない。お前に分かるか?急に知らない土地に飛ばされ、それまでの平穏を奪われた俺の気持ちが。地球に多くの者を残してきた俺の気持ちが」

 「分からないけど、同情はするよ。本来この世界だけで解決しなければならない話を、あの女神は身勝手にも他の世界に頼ったんだからね」

 「なら俺達の邪魔をするな!!」

 「それとこれとでは話が違う。今君がやろうとしている事は、女神とそう変わらない。自分の都合で人々から平穏を奪い去り、この世界の安寧を崩そうとしている」

 「違う!!俺と女神では大きく違うんだ!!」


 マルネスも人の心はある。


 この元勇者の気持ちはわからなくも無いし、彼に関しては女神に復讐する権利もあるとすら思っている。


 同じ境遇のはずなのに、ヘラヘラとこの世界を楽しむあの夫婦がおかしいのであって、本来自分の平穏を奪い去った相手に対して憎しみを抱くのは当然だろう。


 マルネスはあの馬鹿夫婦ノ顔を思い浮かべつつ、元勇者に話しかけた。


 「君一人で人類を殺すことも無く女神に挑むなら私も止めはしなかった。女神イージスが死ぬのは困るが、多分なんとかなるだろうしね。だが、やり方が不味い。女神に勝つために全人類を滅ぼすのは流石に身勝手がすぎるよ」

 「いいんだよ!!どうせ人もクソなやつばかりだ!!勇者の力を魔王討伐のためにではなく己が利益の為に振るわせようとするクズばかりなんだからな!!結局、我慢したやつほど馬鹿を見る世界なんだよ。なら、俺がこんな世界壊してやる」

 「........なんと言うか、反論しづらいことを言うね。君の信念に心を打たれそうだよ」


 マルネスはそう言いつつも、ゆっくりと右手を前に出す。


 そして殺気の籠った一言を告げた。


 「だが、私にも守るものはある。君が純粋な悪ではないのは分かった。君の正義もね。しかし、私の正義とは違う。この世は弱肉強食。この戦いで勝った方が真の正義だ。来い。元勇者」

 「死んでも後悔するんじゃねぇぞ。俺の正義は折れないぜ」

 「キュ」

 「バウ」


 こうして、マルネス&カーバンクルvs元勇者&ヘルハウンドの戦いが始まるのだった。

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