待ち時間

 

 戦争前に毎度やる儀式も終わり、俺達はイスの能力によって死と霧の世界に入り込む。


 厄災級魔物達が目立たずに移動できる方法と言えば、転移かこのイスの能力による移動ぐらいだ。


 まぁ、今回はアスピドケロンもこの世界に入ってきているので、嫌でも目立つが。


 地球で言えばエベレスト並の山々が急に消えるのだ。


 そりゃ嫌でも目立つだろう。


 アスピドケロンから最も近い街であるバルサルでは今頃騒ぎになっているはずだ。


 一応、知り合いには話してはあるものの、話で聞いているのと実際に見るのとでは違う。


 アスピドケロンが消えた事は、まず間違いなく人々を混乱させる。


 が、アスピドケロンを動かさないという選択肢は無い。


 この傭兵団の中でも上位に入る実力者を遊ばせる程、今回の相手は生ぬるくはないのだから。


 「これがイスちゃんの世界かー。ちょっと寒いね」

 「寧ろ、氷に覆われた世界が暑かったらやばいだろ。体に異常をきたしているか心配になるわ」

 「アハハハハハ。それはそう。私は健康って事だね!!」


 初めて見るイスの世界に興奮するアスピドケロンは、楽しそうに笑いながらキョロキョロと世界を見渡す。


 イスの世界では現在、この世界だけで完結した生活が送れるように小さな町を作っていた。


 町というか村だな。


 村と言うには似つかわしくない滅茶苦茶大きな城と、その下にある家畜場。野菜を作るために作られた畑には、以前リーゼンお嬢様から仕入れた寒さに強い種類の野菜が植えられ芽を生やしている。


 気温が0度のこの世界であっても、土と栄養があればすくすく育てるとかこの世界の植物は相当気合いが入ってるな。


 それと、厄災級魔物に囲まれても平然と歩いている家畜も中々の根性である。


 「動物の癖してこの面子相手に平然と氷を食べて回るとか、中々凄いね。私がこの立場なら怯えてショック死しそうなのに」

 「よくもまぁ、氷が主食の動物なんて見つけてきたな。この世界にはピッタリだけれども」

 「色々と調べて見つけたの。1番大変だったのは、この世界に連れてくることなの。海を渡ったその先にある島に生息する動物で、草木が1本も生えてない1面白銀の世界に覆われていた場所にいるから、行くまでが割と面倒なの」

 「なるほど?つまり南極に生息するペンギンみたいな扱いか?だとしても氷だけで生きていけるとかすげぇな。体内器官どうなってんだ?」

 「人間じゃ計り知れない様な異次元な体内なんだろうねぇ。水から必要なエネルギーを生成してるような感じじゃないかな?」

 「無から錬成してるようなもんか。前の世界に居たら極寒の地の家畜として重宝されそうだな」


 主にシベリア辺りで活躍しそう。


 俺は詳しいことを知らないのだが、シベリアって家畜とかいるの?俺のイメージだと針葉樹林しか生えてないみんな大好きソビエト連邦の首都(ネタ)なんだけど。


 「見てみてウロちゃん!!あの鹿求婚してるよ!!必死に大きな角でアピールしてる!!」

 「分かったから落ち着け........あ、振られたな。隣のオスになびいてるぞ」

 「あぁ........せっかく頑張ってたのに。世界は残酷だねぇ」


 こんな厄災共に囲まれても求婚できるその根性がすげぇよ。


 俺は思わず家畜の鹿に近づくと、ポンポンと軽く背中を叩く。


 フラれた鹿は、俺が同情して慰めてくれているというのが分かったのだろう。


 その目に微かな涙を浮かべて俺に頭をこすり付けてきた。


 「........ブルル」

 「大丈夫。お前のかっこよさを分かってくれる奴が出てきてくれるさ。少なくとも、俺達は分かってる。自信を持ってくれ」

 「ブル」


 なんと言うか、情が湧いてしまってこの子を殺す気になれないな。


 寿命で死んでからしかこの子を食えない気がする。


 家畜に情をかけるとは、俺はこういう仕事に向いてない。爺さんの狩りで嫌になるほどイノシシを殺してきたが、それはそれ、これはこれである。


 「泣けるねぇ。感動的だよ」

 「感動的なのか?それはともかく、緊張感が無さすぎるぞ君達。先のジンの号令で、“やる時はやる奴”だと思っていたのに、まるで遠足に行く気分じゃないか」

 「みんな切り替えが上手なんだよ。マルネスとカーバンクルだけだよ?そんなにガチガチなのは。あ、もしかして寒いのかな?私の予備のコート着る?」

 「いや、要らない。壊れた人形の持ち物を切るなんて寒気がするからね。さらに体が冷えてしまうよ」

 「アハハ。誰が壊れた人形だ。ぶち殺すぞ」

 「いい加減自覚しなよ。君はジンという男に固執し、この世界の常識を見ていないんだ。君、もしジンが病気で死んだらどうするんだ?」

 「仁が病気で死ぬ前に私が助けるから問題ないよ」

 「いや、前提条件から覆さないでくれ。もしもの話だ」

 「仁が病気で死んだら私も死ぬかな。生きる理由が無いし」


 即答する花音。


 俺も同じ質問されたら多分花音と同じ答えになるだろうな。花音が居ない世界で生きる理由がない。


 「それをサラッとしかも、真顔で言えてる時点で君は........君達は壊れてる。それを自覚してくれ」

 「やだなぁ、私は普通だよ」

 「........イカれた奴ほど自分が異常者だと言うのに気づけないのは本当なんだな。バカは自分が馬鹿なことに気づけないとはよく言ったもんだ」

 「えへへ、それほどでも」

 「褒めてないんだが?」


 イスの世界に入ってきた時はガチガチに緊張していたマルネスだが、徐々に緊張感が溶けていく。


 花音も花音なりに気を使っているのだろう。


 気を使ってなかったら、そもそもマルネスに話しかけてない。


 「キュー?」

 「カーバンクルちゃん可愛いねぇ。頭撫でてもいい?」

 「キュ」

 「嫌だってさ。君のような邪悪なる存在が私に触れるんじゃねぇって言ってるよ」

 「意訳がすごい。びっくりするぐらい私情が入ってるよ」

 「そうかい?私の中では割とそのまま訳したつもりなんだけどなぁ」

 「あの“キュ”の一言にそれだけの意味が込められていたと?」

 「うん」

 「言葉の効率良すぎでしょ。今度から私も“キュ”だけで会話しようかな?」

 「それ、理解できるの多分君のパートナーだけだからやめてくれ」


 いや、俺も理解できねぇよ。


 俺はそう思いつつも、イスが目的地に着くまでのんびりと待つのだった。

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