血に錆びた槍の元に
マルネスが俺たちの拠点にやってきたのは、団員達を集めてから10分後だった。
突然空間の歪みと魔力を感じ、念の為警戒態勢に入っていた俺達だが、それがマルネスとその仲間達だと分かれば警戒態勢を解く。
「やぁやぁ。既に準備は出来て居るようだね。流石は世界最強。情報収集能力が高い」
「世界のあちこちで様々な危機を救ってきたんだ。それに、戦争において最も重要な事は正確な情報を如何に早く掴むかだよ。ドワーフ連合国が滅んだらしな」
「その通りだ。確認できた戦力は既に私達が知っている分だけだが、間違いなくそれ以上の戦力を持っている。力ある者達の中には女神に恨みを持っている者も少なくは無いからね」
「フハハ。女神様も苦労しているな。女神様に敵意を向ける愚か者達を自らの手で殺せるだけの権限を持っていれば、すぐに終わる話だと言うのに」
「それは私も思うよファフニールさん。神は強いが、自由がない」
マルネスはそう言うと、マルネスの腕の中で尻尾をフリフリとする可愛らしい魔物を俺達に紹介する。
黄色い毛皮と愛玩動物のような愛くるしさ。そして、特徴的な額の大きな宝石。
紹介されなくてもわかる。
こいつは“輝きの宝石”カーバンクルだ。
「カーバンクル。みんなに挨拶を」
「キューキュー!!」
マルネスの腕の中で丁寧に頭を下げるカーバンクル。
とても可愛らしく、思わずその頭を撫でて愛でたくもなるが、こいつこれでも数多の国を滅ぼしてきた厄災級魔物なんだよなぁ。
しかも、ファフニールの話では無意識に厄災をばら撒くため、俺たちの団員である厄災級魔物よりもタチが悪い。
こんなのが仲間で大丈夫か?とは思うが、そこは信用しなければならなかった。
「可愛い厄災級魔物だねぇ。ウチのゴツイ魔物達には見習って欲しいよ」
「フハハハハ!!我が“キューキュー”鳴いていたらそれはそれで“気持ち悪い”という癖に!!副団長殿は酷なことを言うな!!」
「ちょっとやってみ?案外可愛いかもしれないから」
「嫌に決まっているだろう?我は可愛いよりもカッコイイがいいぞ!!」
「ガルゥ?」
「フェンは可愛いからいいよ。私が言ってるのは、そこで愉快そうに笑うダメなおっさんと、おじいちゃんぐらいたがら」
「お?今儂も殴られたか?副団長殿、儂も可愛いよりはカッコイイがいいぞ」
「大丈夫だよー!!ウロちゃん可愛くてかっこいいから!!」
「いや、可愛いはいらない........」
フォローしてくれたアスピドケロンに苦い顔を浮かべ、ファフニールは“我かっこいいよな?”と団員に聞いて回る。
ファフニールに聞かれた団員たちのほとんどは、皆苦笑いして決して“カッコイイ”とは言わなかった。
うんうん。確かにカッコイイとは違うわな。頼りにはなるが、決してかっこよくは無い。
それにしても、世界の安寧を守るための戦いの前だと言うのに、相変わらず緊張感のない連中だ。
やる時はちゃんとやってくれるので注意こそしないが。
「いいなぁ。君達の所は仲良さそうで。私の方は顔を合わせると喧嘩ばかりだよ。止める身にもなって欲しいね」
「喧嘩する程仲がいいって言うだろ?それに、多分マルネスにかまって欲しいから喧嘩するんだよ。な?カーバンクル」
「キュー」
「いや違うね。仲は悪くないけど、あれは普通に喧嘩してるよ。私には分かる」
どこか遠い目をして疲れた表情を浮かべるマルネス。
多かれ少なかれ、厄災級魔物を纏める立場になると苦労するんだな。
ちなみに、腕の中でカーバンクルは軽く頷いていたので、マルネスの方の厄災級魔物達はマルネスに構って欲しいのだろう。
なんやかんや面倒見とか良さそうだし、マルネスは厄災級魔物に好かれているようだ。
マルネスとの合流も果たしたし、そろそろ移動しようかと思ったその時、上空近くにひとつの大きな気配を感じる。
どうやら間に合ったようだな。
その気配の持ち主は、空からゆっくりと降りてくると俺の前で膝を着いて頭を下げる。
尚、全身防護服のような物で覆われているためパッと見では無い誰だか全く分からなかった。
「遅レマシタ。申シ訳アリマセン」
「いいよいいよ。来れたら来てねって感じだったし........で、その服何?」
「私ノ瘴気ヲ完全ニ遮断スル服デス。団長サン達ノ家ヲ汚ス訳ニハ行カナイデスカラ」
「あぁ、気を使わせて悪いな。ありがとう
「イエ、配下トシテ当然デス」
ドワーフ連合国での虐殺が始まった時点で、俺は不死王に手紙を送っていた。
大まかな配置は既に教えてあるので、その場所で待機していてくれれば問題は無いのだが、どうせならこの場に集まって皆で移動した方が盛り上がるだろうという事で呼び寄せたのだ。
間に合ってくれてよかった。
間に合わなかったら不死王が寂しい思いをするところだったな。
不死王が来てくれて純粋に喜ぶ俺だったが、不死王がこの場に来ると思ってなかったマルネスは驚き半分呆れ半分の視線でこちらを見る。
「おい、不死王がいるなんて聞いてないぞ」
「言ってないからな」
「言えよ!!数多の不死者を統率し、かの帝国を滅ぼした伝説的アンデッドじゃないか!!どうしていつもいつも君はこうやって伝え忘れが出るんだよ!!」
「でも計画に支障は出ないでしょ?」
「出ないけど、そうじゃない!!伝えるべきことはちゃんと伝えろ!!大人として常識だろうが!!」
ごもっともな事を言うマルネスだが、我が傭兵団に常識は通用しない。
もちろん、そんなことを言うと更に怒られるので言わないが。
「コノ方ガ、マルネスサンデスカ。不死王デス。ヨロシクオ願イ致シマス」
「あ、ご丁寧にどうも。マーリンが高弟マルネスです。よろしくお願いいたします」
ペコペコと頭を下げ合う2人。
社会人かな?
2人の挨拶が終われば、いよいよ配置に着く時間だ。
だが、その前にやるべきことがある。
俺たちが戦争に赴く前には必ずやる儀式。これがあるとないとでは気合いの入り方が違う。
花音が声を掛けようとすると、団員達は察したのか素早く背筋を伸ばしてその場に並んだ。
流石は我らが団員。既に慣れている。もちろん、以前俺の儀式を見ていた不死王もすぐに察していた。
「え?急にどうしたの?」
先程の和気あいあいとした雰囲気とは全く違う光景にマルネスも戸惑う。
俺はそんなマルネスをガン無視して、進める。
「諸君、戦争の時間だ。恐れ多くもこの世界の女神に喧嘩を売ろうとし、この世界の安寧を脅かす愚か者共が現れた。女神はこの世界に干渉できない。ならば!!我らが女神に代わって正義の鉄槌を下そうではないか!!人類の祖アドムに鉄槌を!!我らの力を愚か者共に見せつけてやれ!!血に錆びた槍の元に!!」
「「「「「「「「「「血に錆びた槍の元に!!」」」」」」」」」」
さぁ、行こう。この世界の命運を掛けた最後の戦いだ。
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