賢者の魔導

 

 ベオークをなだめ、シルフォード達から情報を聞き出し整理する。


 と言っても、シルフォード達も多くの情報を知っている訳では無いので、得られた情報は少なかった。


 やはり、マルネスのところに行くしかないだろう。


 俺は花音だけを連れ、バルサルを訪れることにした。


 万が一に備えて出来る限りの戦力を連れていこうか悩んだが、何かと小回りの効く少人数の方がいいと判断し2人だけでマルネスの待つ店へと足を運ぶ。


 俺と花音の間には、なんとも言えない緊張感が流れていた。


 「マルネスが敵だった場合、私は容赦なくマルネスを殺すからね?」

 「その“敵”の定義にもよるけどな。世界の的であっても俺たちの害でなければ見逃すのか、それとも殺すのか。そこら辺はどうするんだ?」

 「その時次第かな?まだなんとも言えないよ」


 花音はそう言いつつ異能を使って鎖を取り出すと、軽く準備運動を始める。


 街中で人目に付くので軽く振り回す程度だが、僅かに殺気が漏れているのがよく分かった。


 正直な話、付き合いの長いマルネスを殺したくない。しかしながら、俺達の害となるのであれば殺さなければならない。


 俺が守るべきなのは、俺を慕って着いてきてくれた団員たちなのだ。


 優先度で言えば、マルネスよりも団員の方が圧倒的に大事である。


 「マルネスが敵でないことを祈るばかりだな........現状、何も分からないし」

 「そうだねぇ。私たちの知らない何かを知っている口振りだし、何が起こるかは神様ですらも分からないだろうね」


 そんなことを話しながら歩くこと5分。


 とても長く感じられたその5分間の中で、俺は覚悟を決める。


 最悪、マルネスを殺す。下手をすればバルサルに居られなくなるだろうが、それは仕方がない。


 仲良くなった傭兵たちともお別れになるかもしれないが、その時はその時だ。


 意を決して店のドアをノックする。


 しかし、マルネスの返事は聞こえてこなかった。


 「........留守か?」

 「どうだろう?とりあえず入ってみよっか」


 マルネスも生きる者。買い物だってするだろうし、用事があるのかもしれない。


 幸い、店は開いているので扉を開けると、そこには机に突っ伏して爆睡するマルネスがいた。


 人を呼び出しておいて呑気なやつだ。場合によって殺されるかもしれないというのに........


 さすがの花音も爆睡するマルネスには呆れたようで、小さくため息を吐きながら軽く頭を抱える。


 このロリババァは、こんな時でもマイペースらしい。


 「なんと言うか、マルネスらしいねぇ。最初にあった時も寝てた気がするよ」

 「寝る子は育つなんて言うが、コイツは育たんな。おい起きろマルネス。お望み通り来てやったぞ」

 「........んあ?ん?あぁ、君達か........おやすみ」


 俺が軽く方を揺らすと、マルネスは寝ぼけた眼でこちらを見ながらもう一度寝ようとする。


 流石にマイペースすぎるので、俺は笑顔でマルネスの頭にゲンコツを落とした。


 人がシリアスな時に、何寝ようとしてんだこのババァ。


 「あだァ!!何するんだよ!!」

 「そりゃこっちのセリフだ。呼び出しておいて二度寝とはいいご身分だな?えぇ?話を聞かずに殺してやろうか?」

 「........あー、君達か。寝ぼけてて誰か分からなかったぞ。その様子を見るに、私の伝言は伝わったようだね」


 頭を擦りながら涙目でこちらを見るマルネスはそう言うと、椅子を2つ用意して“座れ”と促してくる。


 この椅子になにか仕掛けがあるのかと怪しんだが、見た感じただの椅子だったので大人しく座ることにした。


 「監視は........もう引いたみたいだね。人のプライベートを覗き見とはいい趣味してるよ」

 「いつから気づいてた?」

 「最初から。この街に君たちが来てから視線を感じるようになった。私を舐めるなよ?こういう視線には敏感なんだ。まぁ、敵意は感じないし、その主たる人物がどんなものかも分かってからは気にしなくなったけどね」


 最初から気づかれていたのか。


 子供達の隠密技術は本物で、未だに俺ですら本気になって探さないと探し出せないぐらいには優れている。


 視線を感じるのだってかなり難しいはずなのだが、マルネスはさも当然かのように言うんだな。


 「監視のおかげで君たちに連絡を簡単に取れるという点では感謝してるよ。こうして緊急時に呼び出せるんだからね」

 「........そいつは良かった。で?俺たちを呼び出した理由は?」


 皮肉にも聞こえるセリフを吐くマルネスに厳しい視線を向けつつも、俺は冷静に話す。


 この返答次第では、マルネスを殺すことになりそうだ。


 マルネスも俺たちの雰囲気を感じとったのか、少し真面目な顔をする。


 そして、ゆっくりと語り出した。


 「2500年前、魔王アザトースの進行によりこの世界の人類達は滅びかけた。女神イージスの采配により、異界から勇者が召喚され魔王アザトースは封印、無事世界は平穏を取り戻し、7年ほど前に七つに分けられた魔王を新たな勇者が各個撃破。これにて世界は平和になり、めでたくも勇者は聖女と結ばれましたとさ........」

 「........」

 「さて、そんな勇者の1人である君達に問おう。魔王アザトースは本当に死んだと思うかい?」

 「そう聞くってことは、生きているんだな?」

 「話が早いじゃないか。理解が早い子は好きだよ。そうさ。魔王アザトースは死んじゃいない。悪魔を依代に、僅かな力を与えて魔王を偽装し、死までも偽装したのさ」


 なるほど。何となく話が見えてきたぞ。


 マルネスがどのようにしてその情報を掴んだのかは知らないが、魔王アザトースが復活したという訳だ。


 俺達が討伐した魔王はフェイク。


 本物はコソコソと抜け出し、本来の復活を果たしたのだろう。


 「魔王アザトースを討伐しろと?」

 「いや?それは今代の勇者に任せればいい。あの異能は女神が直々に作った数少ない傑作だ。私はそれよりも、魔王と手を組んだヤツらをどうにかしないとならない」

 「........と言うと?」

 「その事を話す前に、ちゃんと自己紹介をしよう。君が知りたがっていた、私の正体をね」


 マルネスは唐突にそう言い出すと、席を立って腰に手を置く。


 そして、自らの名を名乗った。


 「私は偉大なる大魔術師マーリンが高弟マルネス。3番目の弟子にして“賢者の魔導マジックマスター”の名を持つ者。初めまして、異界からの勇者よ」


 マルネスはそう言うと、俺に手を差し出すのだった。

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