察する者

 

 聖女様の出産を祝った後、俺たちは龍二に連れられてとある酒場にやってきた。


 俺と花音が結婚したことを祝して、ささやかなお祝いが開かれるのである。


 光司もこの場に来たがっていたが、彼のボスは生後3ヶ月の可愛い赤ん坊。泣いて引き止めたとなれば、魔王を討伐した英雄とて従わざるを得ない。


 「まさか本当に来るとは........昔なら考えられなかったぞ」

 「ただ酒を飲めるって聞いたからね。それに、龍二君やアイリス団長にも会いたかったし」

 「よく言うよ。“面倒だからいいや”って言ってたくせに」


 聖騎士たちが集まる酒場の個室。


 そこで俺は黒百合さんと合流した。


 黒百合さんには“ただ酒が飲めるぞ”と伝えたのだが、まさか片道数時間の道のりを全力疾走してくるとは思わなかったぞ。


 子供達から伝えた時間的に、恐らくこの知らせを聞いてから即飛び立っている。


 龍二の言う通り、一昔前なら考えられなかった黒百合さんの言動だ。


 「ジン達との生活はどうだ?シュナ。この馬鹿どもに虐められてないか?」

 「大丈夫ですよアイリス団長。仁君も花音ちゃんも優しいですし、傭兵団の皆さんも暖かい人達ばかりです。向こうに行ってからは、飲み友達も出来ましたしね」

 「楽しそうでなによりだ。だが、悲しくなったらいつでも戻ってきていいぞ。天使様の居場所はどこにでもあるからな」

 「あ、あはは。そうさせてもらいますよ」


 既に天使ではなく罪人である堕天使だと言う訳にも行かず、乾いた笑いで誤魔化す黒百合さん。


 アイリス団長や龍二は知らないだろうが、既に天使たちの住まう国は滅んだのだ。


 今もぷかぷかと空を漂ってはいるが、天界に天使は1人も住んでない。


 ファフニールが暇つぶしに寝所にしているらしいが、生き残った天使は居なかったと話していたしな。


 女神イージスを信仰する神聖皇国にとって、女神の使徒と騙る天使は信仰の対象。


 その地を滅ぼしたとなれば、俺達も異教徒として排除される可能性があるので間違っても口を滑らせてはならない。


 しまった。ラファエルも呼ぶべきだったな。


 黒百合さんがベロベロに酔ったら、口を滑らせる可能性があるのを忘れてた。


 最悪、俺達が気絶させてでも止めることになりそうだ。


 そうして久々の再会を楽しみながら話していると、果実水やエール、様々な料理を持ってきた店員がやってくる。


 机の上が煌びやかに彩られ、ついに祝いの席が始まった。


 「えー、このバカ夫婦のせいで結婚を祝えなかったので、ここで祝おうと思います。色々と言いたいことはあるけど、全部ひっくるめてこの言葉だけ送ろう。“おめでとう”。そして、2人の行く道に乾杯!!」

 「「「「「乾杯!!」」」」」


 物凄く適当な音頭と共に、手に持ったコップを上にあげる俺達。


 俺は早速コップの中に入った果実水を飲み干すと、店員を呼んでお代わりした。


 「この世界に来て9年。長いよ出て短かったな」

 「まだまだこの先もあるんだぜ?道のりは長いよ」

 「んで、この5年間何やってたんだ?」

 「教師をしてた」

 「........ん?」


 酒が入って少し上機嫌な龍二は、俺の言葉に首を傾げる。


 連絡を一切よこさなかった5年間のことを聞いてきたので答えたのだが、伝わらなかったのだろうか。


 「教師をしていたんだ。俺も花音も黒百合さんもな」

 「聞こえなかったわけじゃない。教師だと?社会不適合者のお前たちが?」

 「失礼すぎるでしょ。私はちゃんと社会に適合できるよ」

 「おい花音?サラッと俺をバブるな。俺も社会に適合できる真人間だっつーの」

 「おい聞いたかシンナス、ジンたちが教師だとよ。時の流れは早いなぁ」

 「バカ弟子が弟子を取る日が来てたんですね。おいバカ弟子、詳しく話を聞かせろ」


 ワイワイと盛り上がる俺達。


 その後、どこぞの頭のおかしい爆弾魔や俺が四年間教えてきた教え子達の話をしてやると、龍二達は様々な反応を見せながらも楽しく聞いてくれた。


 そういえば、エレノラはどうしているのやら。


 彼女が帰ってきた時に旅の話を聞くため、子供たちによる監視はつけていない。


 今どこで何をしているのかもさっぱりである。


 どこかで死ぬような子では無いが、少しだけ心配だな。


 俺はそんなことを思いながらこの祝いの席を楽しむのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 アゼル共和国辺境の街バルサル。


 そのバルサルに店を構える魔道具士マルネスは、この世界が動き始めたことを察知していた。


 「ついに動いたか。追放楽園の結界が崩れてから随分と動きが早い。元々計画していたな?」


 かつて女神の怒りに触れ、大罪人として追放された人間。


 人類の祖たる者達が遂に表立って動き始めたのだ。


 女神はまだこの事を察知していないが、マルネスにはわかる。かつて尊敬し師と崇めた大魔術師の高弟である彼女は、その為にこの時まで姿を消して息を潜めていたのだから。


 「あの世界最強は何も知らないだろうな........まぁ、これは仕方がない。壊れた人形の方は何か知っていそうだが、私の正体と計画を話す訳にも行かないから深くは聞けないか」


 マルネスはそう言うと、天井に潜む物に声をかける。


 今までは気付かないふりをしてきたし、聞かれても問題ない話しかして来なかった。


 しかし、今はもうその必要は無い。確実にマルネス側に立ってもらうための交渉が必要なのだ。


 「世界最強に伝えておいてくれ。“家に来い”とね。私達も動かなければならない。奴らの目的を考えるに、今から大勢の人が死ぬぞ 」

 「........」

 「何も返さないか。まぁいいや。私はここで待ってる。できる限り早く来ないと、世界が滅ぶぞ」


 マルネスはそう言うと、机の上に足を置いて寝始める。


 この先がどう転ぼうとも、今できることは少ない。


 マルネスができるのは、この先起きる戦いの勝敗を決めるキーマンに呼びかけることだけだ。


 「お師匠様が愛したこの世界を壊す訳には行かないんだ」


 マルネスはそう呟くと、静かに闇の中に落ちるのだった。


 そして、全てを見透かされていた子供達は大慌で拠点に報告を出す。


 マルネスに見つかった事、マルネスの意味深な発言。


 子供たちが判断するには重すぎる案件。


 世界は、再び動き始める。

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