勇者様と聖女様の子
龍二に連れられてやってきたのは、勇者様こと光司と聖女様のいる部屋。
子供が生まれてからまだ3ヶ月しか経っていないらしく、赤ん坊の面倒を見るので忙しいらしい。
赤子は大変だよな。腹が減ったら泣くわ、オムツ替えて欲しいって泣くわ、寂しいって泣くわで。
俺と花音の子供であるイスは、赤子でありながら滅茶苦茶賢い上にそもそもドラゴンだったので大した苦労も無かったが、人間の子となればその苦労はとてつもないものになるだろう。
食ってクソして泣いて寝る。
赤ん坊の仕事はこれなのだ。
「おーい、光司、聖女様、居るか?」
「どうぞ、入ってもらって構いません」
そんな3人家族がいる部屋をノックし、ドアを開ける龍二。
部屋に入ると同時に、光司は俺たちを見つけて爽やかな笑顔を浮かべる。
20代半ばだと言うのに、未だに衰えも成長も感じない顔つきは、神様が最初から完璧にその姿を作ったとしか思えないほどイケメンだった。
「仁君に花音さん!!それに、イスちゃんも。随分と久しぶりだね!!」
「龍二の結婚式以来か?久しぶりだな。そして、聖女様、ご出産おめでとうございます」
「おめでとー」
「ありがとうございます。ジン様、カノン様。今日はなんの御用で?」
すやすやと眠る赤子を抱え、聖母のような笑みを浮かべる聖女様。
5年近く前に顔を見た時は大人びた美人という感じだったが、子供を産んだからなのか、母親らしい顔つきに変わっている。
その腕の中ですやすやと眠る赤ん坊も、とても可愛かった。
「聖女様と勇者様の間に子供が出来たと聞いてね。そのお祝いに」
「わざわざありがとうございます。見ての通り、元気な子が生まれましたよ」
「元気って言うか、爆睡してるけどねぇ。でも、すっごく可愛いよ」
「だろう?産まれてすぐの時はそれはもう大変だったけど、この子の笑顔ひとつで疲れが吹き飛ぶんだよ」
「光司のヤツ、最近は俺にこの赤ん坊の話ばかりしてくるんだ。何十回も同じ話を聞かされてうんざりだよ」
「あはは、ごめんよ龍二君。でも、可愛いから仕方がない」
完璧超人である光司が、今までに見た事がないぐらい優しい顔をしている。
普段から優しいやつではあるが、ここまで砕けた笑顔を浮かべるのは始めて見るな。
やはり、光司も赤ん坊の可愛さには勝てないのだろう。ある意味、世界最強の生物である。
「このこの名前は?」
「コーランだ。どうやら女神様から名を賜ったらしい。世界で唯一女神の声を聞ける聖女様に、女神様からの贈り物だってさ」
「へぇ、女神様も案外人のことを見てるんだな........」
人の子に名前をつけるとか(望んでいるかは知らない)、やはり女神は傲慢だ。
俺は正直女神がそこまで好きでもなければ、信仰している訳でもない。もし、俺が光司の立場なら何様のつもりだと怒っているだろう。
でも、現代の地球でも牧師や坊さんから名前を授かりたいって人はいる時くし(9年前の話だが)、イージス教の人からすれば嬉しいのかもな。
「あ、起きたの」
「俺達がうるさくしすぎたか?悪いな。起こしちゃって」
「うー........?」
すやすやと眠っていたコーランは、ゆっくりと目を開けると俺達をちらりと見てて唸り声をあげる。
この子が何を思っているのかは知らないが、少なくとも“赤さんが寝てんのにぺちゃくちゃ喋ってんじゃねぇ!!”とキレられる訳では無さそうだ。
それにしても目が大きくて可愛い。親父の血を大きく引き継いだのか、目の色は両方黒色。
僅かに生えている髪は母親を引き継いで青色のようだ。
「この子、男?女?どっちなんだ?」
「男の子だよ。元気に育って欲しいものだ。コーラン、僕の友人の仁君と花音さん、そしてその子供のイスちゃんだ........と言っても分からないだろうけどね」
「赤ん坊に紹介したところで記憶に残らんよ。俺達もガキの頃の記憶なんて薄れて忘れてるからな」
「........俺もあんまり覚えてないな。思い出すのはだいたい花音が何かやらかしてる時ぐらいだ」
「いつも私が何かやらかしてるような言い草だね。龍二?殴るよ?」
「事実だ馬鹿野郎。お前が暴れたせいで俺がどれだけ迷惑を被ってきたと思ってる」
ギャーギャーと騒ぎ出す花音と龍二。
赤ん坊の前な為か、声はかなり抑えられていた。
「頬っぺた柔らかそうなの」
「ふふっ、触ってみますか?」
「いいの?」
「えぇ、イスちゃんなら乱暴もしないでしょうし、きっとこの子も喜びますよ」
「あー!!」
「わぁ........すっごく柔かいの。モチモチなの」
「イスちゃんもこんな時期があったと思いますよ。覚えてないでしょうが」
「そ、そうなんだーなの」
赤ん坊に興味を持ったイスは、聖女様の腕に抱えられているコーランの頬を優しく突く。
それを見ていた聖女様がイスにもこのような時期があったのだと語るが、イスは最初はドラゴンだったのだ。
人になれた時も最初から子供だったし、このような人の赤子だった時期はない。
なんと返したらいいかイスは分からず、とりあえず適当に話を合わせている。
聖女様はイスが厄災級魔物だということを知らないからな。これは仕方がないと言えば仕方が無い。
「そうだ、仁君。イスちゃんを育てた時の話を聞きたいんだ。親としての歴は君の方が長いだろう?」
「生憎、俺も花音も子育てらしい子育てはしてないんだ。前に言わなかったか?イスの生まれはかなり特殊で普通の人間とは違うんだよ」
「........あれ?拾い子だったっけ?」
「半分当たってるし、半分違う。拾ったと言うか、託されたというか。でも、俺達がイスを産んだのは間違いない」
あの島にいた頃にドラゴンに卵を託されたのだ。
未だになぜ託したかも不明だが、イスの真の生みの親はあのドラゴンだろう。
残念ながら、イスは覚えていないようだったが。
「........?よく分からないが、かなり複雑な事情がありそうだね。それじゃ、仁君たちがしてきた子育ての話をしてくれよ。少しは参考になるところがあると思うし」
「うちの子は優秀過ぎて全く手がかからなかったからなぁ........参考になるかどうかはわからんが、話してやるよ」
こうして、俺と光司は子育ての話で盛り上がる。
結果、イスが優秀過ぎたせいで参考にならなかったそうだが、それでも光司は楽しそうだった。
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