過去と未来を見る者
ヌーレとの会話が終わりなんとも言えない空気が流れる中、花音が口を開く。
この口調は、どこか安心したような、悲しむような静かな口調だった。
「もし、先代巫女が生きていたら、ヌーレはどうなってたんだろうね?」
「分からんよ。生憎俺達には未来を見る目もなければ、もしもの世界を見ることもない。幸せな世界を見て安らかに生涯を終えるのか、それとも波乱に塗れ、辛い人生を送ることとなるのかは、神ですら分からないだろうな」
「ヌーレは私達のこと恩人だと言っていたけど、実際はどうなんだろうねぇ........視点が違えば、私たちは人攫いの悪人だよ」
「それは誰にでも言えることさ。見方が違えば見えるものも違う。正義も悪もその視点しだいだ。少なくとも、ヌーレの視点では俺達が正義に見えたらしいがな」
正直な話、“お前を殺す”と言われても仕方がないと思っていた。
その時は素直にヌーレの言葉を受け入れるつもりだったし、言い訳もするつもりはなかった。
流石に大人しく殺されることは無いが、もしヌーレに殺されても文句は言わなかっただろう。
「意外とドライなんだね。ヌーレは。それとも、マリア司教が母親として優秀すぎたのかな?」
「かもな。更に言えば、今は父親替わりもいる。先代巫女の夫は、先代巫女が亡くなる前に既に他界していたからな」
「........ヌーレの目には何が映っていたんだろうねぇ。跡形もなく消えた母親?それとも未来に生きる私達の姿?」
「それはヌーレにしか分からんよ。おーい!!モヒカン!!戻ってきていいぞ!!」
俺が声を張り上げると、モヒカンが帰ってくる。
この声が聞こえていたと言うことは、どうやら聞き耳は立てていたようだ。
この教会は防音がそれなりにしっかりとしているというのに、この大きな声が聞こえるんだからな。
しかし、それを突っ込む気にはならない。どうせ今から軽く説明するつもりだ。
「........ヌーレは?」
「イスと遊んでくると言って帰ったよ。で、聞きたいことがあれば答えよう」
「........お前達がヌーレの親を殺したと言うことを、マリアは知っているのか?」
「少なくとも俺たちの口からは告げてない。マリア司教には“拾った”とだけ伝えてある」
「そうか。お前がヌーレの生みの親を殺したことについては何も聞かねぇよ。お前の事だ。理由もなく殺すとは思えないし、これは当事者同士の問題だからな」
「そうか」
モヒカンは元傭兵。様々な過去があるもの達が集まる傭兵の中で生きてきたモヒカンにとって、人様のプライベートを根掘り葉掘り聞く気は無いようだ。
流石はモヒカン。デキル男である。
「今のヌーレが幸せなら俺はそれでいいしな。ヌーレは賢いし、優しい子だ。どうせお前らに恨みなんてないんだろう........それとは別の話になるんだが、少し相談に乗ってくれないか?」
「........?相談?夫婦関係でも上手くいってないのか?それとも、マリア司教にサプライズでも?」
「夫婦関係は良好だし、サプライズする企画も考えてない。ヌーレの話しだ」
「ヌーレの?」
俺が彼女の親を殺したこと以外に何か話があるのだろうか?
おれは首を傾げると、モヒカンはポツポツと語り始める。
「ヌーレの能力は知っているか?」
「もちろん。過去と未来を見る事が出来るだろ?幼い頃からマリア司教がそれらしい兆候があったと言っていた」
「そうだ。意外とこの能力は便利でな。探し物やら何やらを手伝って貰う時に頼ることが多いんだが、最近ヌーレの様子がおかしいんだ」
「と言うと?」
「“近い内に世界が滅ぶ。この国も巻き込まれ、大勢の人が死ぬ。そのための対策が必要。地下室を作ろう”ってマリアによく言うんだよ。おそらく未来で何かを見たんだろうが、詳しい内容は話してくれないんだ」
近い内に世界が滅ぶ?
魔王という驚異も過ぎ去り、世界戦争も終わった。
地球での歴史を見るなら第二次世界大戦が起こっても不思議では無いが、既に滅んだ大国出身の人間はほぼ死んでおり、少し前に驚異となっていた生き残りも全て始末している。
一体何が原因で、世界が滅ぶのだろうか?
「ヌーレを疑っているわけじゃない。実際、彼女が言った未来は殆ど当たっている。俺やマリアが介入したことによって変わった未来もあるらしいが、誰かと誰かが喧嘩するとか、誰かが怪我をすると言った内用を外した覚えがない」
「........となると、その未来は確実に起こりうると。世界規模の話になると、マリアもモヒカンも介入できないしな」
「当たり前だ。俺はどこぞの世界最強とは違うからな。具体的に何がどうなっての話はヌーレも見てないのか教えてくれない。地下室を作るにしても、金と時間がかかるだろう?どうしたものかと思ってな」
「作った方がいいと思うぞ。ヌーレの面倒を見る責任が俺たちにもあるし、金は出せる」
「いや、流石にお前に頼り切りなのはダメだ。そこは何とかする。だが、技術者になると話は別だ。地下室を作れる人材なんざ聞いたことがないからな」
あぁ、紹介して欲しいのか。
俺は世界各地に人脈があるから、もし地下室を作れるやつがいたら教えて欲しいと。
そういうことなら、我らが最強の技術者ドッペルゲンガーを連れてくるとしよう。彼ならきっと“やります”の一言で嬉々として引き受けてくれるはずだ。
物作りが好きだからな。
「手配しよう。格安で請け負ってくれる奴がいる」
「........悪いな。子供たちの遊び場としても使えそうだし、地下室なら不審者も心配もない。伝手だけがなくて困ってたんだ」
「貸し1つな。今度飯でも奢ってくれよ」
「ハッハッハ!!ウチの家系に打撃が来ない程度にしてくれよ?じゃないとマリアに怒られる」
戦場を駆け巡った歴戦の傭兵も、愛する妻には敵わないらしい。
俺はモヒカンにつられて笑うと、早速ドッペルゲンガーに地下室の作成を頼むこととした。
結果的に、ヌーレの見た世界は正しくなる。その光景を目に焼きつける事となるのは、もう少し先の話しだ。
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