崩壊開始
恨みはない
獣王国での一件を終えた俺は、拠点に戻って再び暇な日を過ごしていた。
多少の騒ぎこそあれど、やはり世界は平和である。
戦争やら内戦こそ起きているものの、かつて世界大戦を繰り広げた時よりは断然平和と言えるだろう。
特に、アゼル共和国周辺はかなり落ち着いている。
そんな平和な日々を送る中で、俺達はバルサルに暇を潰しに来ていた。
「よぉ、モヒカン。傭兵は辞めたんだってな。聖職者としての生活はどうだ?」
「傭兵を辞めたと言っても、戦争には参加しなくなっただけだがな。冒険者ギルドに行くはずの魔物討伐の依頼なんかはまだ受けてる。どっかの誰かさんのおかげで資金はたんまりあるが、それでも金は必要だからな」
「真面目だねぇ。アッガスから聞いたよ。最近は傭兵ギルドで飲むことも無くなったって」
「ハッハッハ。あんな野郎共と飲むよりも、子供達やマリアと飯を食う方が楽しいし大事だからな。酒も適当に買ってきたワインを飲むぐらいはするし、悪くない生活だ」
教会の中で神父のような格好をするモヒカンは、頭をかきながら幸せそうに笑う。
新婚ホヤホヤのモヒカンとマリア司教は、誰もが羨む程に仲が良かった。
一緒に住み始めると不満が出て離婚するなんてこともあるが、この感じなら末永く一緒にいることだろう。
寿命を考えると、先にモヒカンの方が旅立つだろうが。
マリア司教はハーフエルフ。モヒカンは人間。ハーフエルフは大体150~200歳まで生きると言われているので、人間のモヒカンと近い時期に死ぬことは無い。
マリア司教が1人になった時、モヒカンは何を残してやれるのだろうか。
「何か困ってることとかあるのか?傭兵がいきなり聖職者に変わったら困ることもあるだろ」
「生憎、昔からここの手伝いはしてきたんだ。困ってる事と言えば、子供たちが元気過ぎて相手をするのが疲れるってことかな。昔ガキンチョだった子が大きくなって世話をしてくれるようにもなったが、その分孤児も増えてる。結局労力は変わらないよ」
「子供は大人の体力なんで考えてくれないからな........ウチの子程賢ければ話は別だが、イスはかなり特別だし」
「お、親バカか?」
「事実だよ。イスはかなり特殊な出生だ。確かに俺達の子供ではあるんだが、色々とあるんだよ」
「........なるほど。世界最強の子供には話せないこともあるんだな。相変わらず謎の多い連中だ」
「それほどでも」
俺がそう言って肩をすくめると、教会の裏口から入ってきたのか、1人の子供がこちらに寄ってくる。
千里の巫女の継承者であり唯一の生き残り、ヌーレだ。
俺が攫ってきてから既に六年が経過しており、ヌーレは七歳になっている。
赤と黒の交じった長髪と輝かしい青い目は、きっと先代巫女とそっくりなのだろう。
「ヌーレ。どうしたんだ?」
「........見える。貴方が私のお母さんを殺したのが」
「........ヌーレ?何を言ってるんだ?」
急に俺を親殺しだと告げるヌーレに困惑するモヒカン。
対する俺と花音は“ついにこの日が来たか”と、軽く天を見上げた。
ヌーレがここにいる大きな理由としては、俺がヌーレの母親を殺してしまったからだ。
事故のようなものではあるが、殺したのは事実。彼女が俺を恨む権利は当然ある。
なぜヌーレがその事を知っているのかと言うと、彼女は異能によって過去と未来を見ることができるらしい。
詳しい事までは分からないが、少なくとも6年前の過去は見られるようだ。
「モヒカン。大事な話だ。席を外してくれ」
「........お前、まさか本当にヌーレの親を殺したのか?」
「事実だ。ほぼ事故に近いが、殺したのは間違いない。詳しい事は後で話してやる。席を外せ」
「分かった。ヌーレ、失礼のないようにな」
「うん。分かってる」
そう言って席を外すモヒカン。
モヒカンは俺が理由もなく人を殺すとは思ってないので、俺に不振な目を向けることは無かった。
教会を出ていくモヒカンを見送ると、ヌーレが口を開く。
「........私のお母さんはどんな人だった?」
「悪いな。顔も見た事がない。詳しい話を聞きたければ、君の生まれ故郷に連れて行くことも出来る」
「どうしてお母さんを殺した?」
「俺が魔王と対峙していた時に監視されていた。戦いが終わったあと、君のお母さんがおれにちょっかいをかけてきたんだ。俺は敵からの攻撃かと思い、反撃した。結果としては、違ったがな」
「........なぜ私はあなたに攫われた?」
「隣国に売り飛ばされたんだ。それを助け出した。当時の国王陛下の命を聞いてな」
「........?当時?」
「今、その国王はいない。暗殺されたらしい。君のことを君の母親の次に可愛がっていたいいお爺さんだった」
ヌルベン王国の国王は既に変わっている。俺達が教師をやっている間に大きな内戦があり、今はバカ息子がその席に座っているのだ。
実際の政務はバカ息子を担ぎ上げたもの達がやっているが、国は安定していない。
この調子で行けば、国は滅びヌーレが最後の生き残りになることだろう。
「そう。過去未来、全てを見ても貴方は悪では無いのに、どうしてお母さんを殺したのか気になった」
「恨まないのか?俺は仇だ」
「記憶にもない生みの親を殺されたからって恨む必要がある?今のお母さんはマリア司教なのに。もし、貴方がマリア司教を殺したのであれば、多分恨むよ」
「........そうか。すまなかった」
「謝る必要も無い。私は本人の口から真実が聞きたかっただけ」
ヌーレはそう言うと、俺と花音に近づいて手を握る。
「ありがとう。私の恩人。今の私は貴方達のお陰である」
「今を変えたのも俺たちだがな........」
「お母さんの顔を見て見たかったけど、私は孤児でも幸せだよ。貴方達が私を攫わなければ、こうはならなかった」
「そうか。少なくとも、ヌーレ、君が独り立ちするまでは手助けしよう」
「........そんなの要らないのに」
ヌーレはそう言うと、静かに笑って“イスと遊んでくる”と背を向ける。
恨まれてなないらしい。だが、微妙な空気が俺と花音の間に流れるのだった。
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