獣人会1

 

 ジーニアスの安全を確認した俺は、一先ず隠れ家から出ていた。


 今から向かうのは獣人会本家の屋敷らしく、本来ならば獣人会の人間しか入れない様な場所である。


 何気に前の世界と合わせてもこういう裏組織の家に行くのは初めてだな。


 前の世界ではヤのつく自由業の方々と関わることなんてなかったし、こっちの世界に来てからも傭兵として暗殺の依頼を受けても裏組織の人間と絡む事などほぼなかった。


 唯一絡んだことがあるのは、アゼル共和国に拠点を置く裏組織の連中だけである。


 未だに奴らはアゼル共和国で色々と動いているが、俺達が関わりの持つ人達にちょっかいを掛けることは無い。


 彼らは知っているのだ。


 俺達に手を出したらどうなるのかを。


 その証拠に、バルサルの街で活動していた連中は皆撤退しており、バルサルの街で暗躍する裏組織というのは誰もいない。


 世界最強と言う抑止力が、バルサルを平和な街へと変えていた。


 「獣人会と人間会の抗争は日に日に苛烈さを増している。ここ一年ほどは市民にも被害が出る始末だ。俺達もできる限り守ってはいるんだが、向こうは市民への被害など一切お構い無しだからな........どうしても後手に回る」

 「裏稼業の奴が言うセリフとは思えないな。そんな市民を脅して生活してるのがお前ら獣人会じゃないのか?」

 「否定はしないが、俺達が食い物にするのは後暗い事がある奴らだ。過去に人を殺していたり、多額の借金をしていたりな」

 「善良な市民は襲わないってか。俺から見れば、どっちもどっちな気がするがな。知ってるぞ?お前らが国のお偉いさんから依頼を受けて、邪魔な獣人を消しているのを」

 「........七年前と変わらずで何よりだ」


 傷は治ったものの、流れ出した血を戻すのに時間がかかりふらつきながら街の中を歩くジーニアス。


 今は闇市を出て、人目を掻い潜りながら本家に向かっている最中である。


 この間にも子供達には情報を集めさせ、大体のことは分かり始めていた。


 今回ジーニアスを消そうと目論んだ獣人は、ジーニアスと同じく獣人会の最高幹部の1人。


 獣人会も一枚岩ではなくいくつかの派閥に別れているのだが、その中でもジーニアス達ともっとも仲の悪い派閥が企てた暗殺である。


 しかも、老いて大した力も能力も無いくせに最高幹部という地位に齧り付く典型的な老害だ。


 どんな組織にもこういうやつって居るんだなと思いつつ、多少の喧嘩はあれど基本的に仲のいいウチの傭兵団は平和だと思う。


 長年生きると丸くなるからな。それに、自らの利益を考える者など一人も居ない。


 魔物に金は必要ないし、ダークエルフ三姉妹や獣人組は俺やこの傭兵団に絶対的な忠誠心を持っている。


 なんやかんや、メンツに恵まれてんだなと思いつつジーニアスとの話を続けた。


 「裏切り者の目星はついてるのか?」

 「まず間違いなく老害どもの仕業だろ。俺を確実に殺せると判断したのか、入ってきた情報の出処は老害共の下部団体からだ」

 「老害ねぇ。昔は優秀だったかもしれんが、その栄光に齧り付いてでかい顔する奴は気に入らんな」

 「分かってくれるか?俺としてもさっさとくたばって欲しいと思ってるよ。いまの組長はそこら辺をしっかりと分かっているお方だから、今回の裏切りを証明出来れば奴らを消せる。腹の中でどう思っていようが、俺達は獣人会と言う家族なんだ。家族殺しは重罪。そう思わないか?」

 「生憎、お前らと同じ世界で生きてないんでな。そもそも家族を殺そうなんて思考にならん」

 「ハッハッハ!!世界最強の傭兵様は意外と平和的なお方なんだな!!」


 そう言って高らかに笑うジーニアス。


 まだ足も度がふらつくと言うのに、豪快に笑うな。


 そんなことを考えていると、建物な影から気配を感じる。


 明らかな殺意を持った気配。これは、人間会側の勢力がジーニアスを殺しに来てるな。


 「おい、ジーニアス。ゼット........だったか?と一緒に下がってろ。お客さんだ」

 「気をつけろ。奴らは強いぞ」

 「誰にモノ言ってんだ。おれは世界最強だぞ?」


 俺はそう言うと、気配のある場所へと一直線に走る。


 姿を現したそのならず者は、俺に反応出来ずに頭を思いっきり殴られて気絶した。


 弱っ。


 完全に自分が狩る側だと勘違いしていたな?コイツ。


 まさか攻撃を仕掛けられると思っておらず、俺に全く反応できていなかった。


 俺は、気絶したならず者の髪を引っ張りながらジーニアスの元へ戻る。


 殺さなかったのは、少しでも情報を吐いてくれると思ったからだ。


 「流石だな。気づいた時には視界から消えていたぞ」

 「今何反応できるようになれば、不意打ちを食らっても余裕で捌けるようになるぞ。これを機に練習したらどうだ?」

 「馬鹿言え、俺ももう歳なんだよ。そんなにパワフルに動いたら、腰をやっちまう」

 「歳は食いたかねぇな」

 「全くだ。まだジジィ共程は歳いってないが、オッサンにはなっちまったからな。昔より身体が言うこと聞かんのよ」

 「俺はそうならないように気をつけるよ」

 「........気をつけようがない気がするが、世界最強が言うと何かやらかしそうだな」


 不老不死は難しいが、不老程度ならやろうと思えばできるんだよ。


 もちろん、リスクはかなりあるが。


 今は肉体の全盛期だし、もしかしたら不老のために色々とやるかもしれない。


 そこまでして生きたいかと言われると、首を傾げるが。


 人は死を持って初めて人たるのである。死なき人は人に在らず。寿命を超越した存在は、果たして人と呼べるのだろうか。


 長生きはしたい。だが、永遠を生きたいかと言われればNOである。


 ........これは花音と相談するか。


 そう思いつつ、先を急ぐ。


 「コイツから話を聞いてみようか。縄に括り付けて地面を引きずればそのうち起きるだろ」

 「意外とエゲつないことを考えるんだな。世界最強の傭兵様も、拷問はお手の物ってか?」

 「馬鹿言え、拷問はお前らの役目だ。俺はそんな事せずとも、情報を集められるからな」

 「流石は世界最強。言うことが違うねぇ」


 こうして、偶に襲いかかってくる人間会の人間を気絶させては捕まえて情報を吐かせながら獣人会本家の屋敷に向かうのだった。


 ここから全面戦争に参加するとなると、帰るのは結構長くなりそうだな。


 念の為に子供達には連絡を入れてもらおう。


 遅すぎると、心配性な団員達が全戦力を引き連れてやって来るかもしれんし。

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