救難信号

 

 イスが首都に遊びに行ってから2日後、イスの事が少し心配ながらも仕事をしていた俺達の元にある情報が届いていた。


 「ジーニアスからの救難信号か。随分昔に格安で請け負ってやると言った借りをここで使ってきたな」

 「ジーニアス?」


 子供達からの報告を受け取り、報告書を眺めていた俺の言葉に花音が首を傾げる。


 この子、獣王国でかなりお世話になった相手の事をもう忘れてるよ。


 七年ほど前の話になるので確かに忘れていても仕方がないのだが、花音がいちばん世話にやっていただろうに。


 俺は興味のない人間は直ぐに忘れる相変わらずな花音に呆れながらも、丁寧に説明してやった。


 「獣王国で獣人組を買った時に世話になっただろう?ほら、獣王国の闇組織“獣人会”の幹部の1人」

 「........あぁ、そんな人も居たかも。確か、全くアポのない状態で会いに行った人だよね?」

 「そうだ。花音がもふもふを欲しすぎて爆発する寸前だった頃の話だな」

 「いい買い物が出来たと思うよ。リーシャのモフモフは素晴らしい」


 九尾がモデルの可愛らしい女の子、リーシャやその弟のロナはここで買っている。


 彼らは闇奴隷として裏社会出売られていた人権のない奴隷であり、どのようなことをされても抵抗できず物好きに玩具とされて生きる以外に道がなかったもの達だ。


 今では、その首にある奴隷の首輪を誇りに思っているらしいが、俺たちと出会わなければ悲惨な運命を辿っていた事だろう。


 いつでも奴隷の首輪は外してもいいと言っているが、未だに誰一人として首輪を外す者はいなかった。


 主人に忠誠を誓ってくれる可愛いワンコ達だが、俺としては対等でありたい。


 唯一、俺の指示を聞かなかったのが奴隷の首輪を外さない事である。


 「んで、そんなジーニアス君が助けを求めてきたの?」

 「みたいだな。どうやら獣人会と敗走兵が集まって出来た人間の組織“人間会”との抗争でヘマこいたらしい。獣人も一枚岩じゃないって事だ」

 「あー、その言い方だと後ろから刺されたのかな?」

 「その通りだ。この構想にかこつけて、邪魔なやつを消したいと思うやつは多いらしいな。それのせいで本来勝てるはずの勝負が長引いてる。単純に人間会が強いってのもあるだろうが、味方同士の足の引っ張り合いも大きな要因だろうな」


 獣人会に対抗するような名前の人間会は、神正世界戦争と呼ばれる5年前の大戦で敗北した正共和国や正教会国の敗走兵が集まって出来た組織だ。


 恨みの力というのは凄まじく、獣王や国軍が動いているのにも関わらず未だに殲滅するに至っていない。


 真正面から全てを打ち砕こうとする獣人と、至る所に罠をしかけて姑息に戦う人間とでは相性が悪いのだろう。


 更に、悪知恵の働く獣人がこっそり手助けしているとなれば苦戦するのも仕方がない。


 神正世界戦争以降ずっと戦い続けているが、未だに殲滅に至らないのはここら辺が理由である。


 「戦争が終わった後は即内戦。大変だね獣王国も」

 「国が疲弊している中でも戦争だ。今はまだ何とかなっているが........あと五年も粘られると大変だろうな」

 「ジーニアスは助けるとして、どうする?戦争に介入して全部終わらせちゃう?」

 「その時次第としか言えん。ジーニアスの依頼内容によるかな。もし“人間会を滅ぼしてくれ”と言われたら全部消すよ。獣王にも借りが作れるだろうしな」

 「........新たな獣王として担ぎ上げられちゃったりして」

 「勘弁してくれ。この傭兵団の長を務めるのですら大変なんだからさ」


 獣王国は強いやつを王にする風習がある。


 5年たった今でも獣王として君臨し続ける“獣神”ザリウスは、かなりの強者ではあるが俺よりはまず間違いなく弱いだろう。


 だってイスよりも弱いし。


 「あ、イスが居ないけど移動はどうするの?呼び戻す?」

 「せっかくお友達と遊んでいるのに、親の仕事の都合で呼び戻すなんてことはしないさ。そんなことしたらイスに嫌われる。たまには自分の足で行くとするよ」

 「そう。私も行こっかな。暇だし」

 「いや、花音は拠点に居てくれ。向こうで新たなモフモフを見つけて暴走されても困る」

 「むぅ、わたしもちゃんと出来るよ」

 「長年の付き合いだから俺には分かる。花音、お留守番してなさい」

 「むぅー!!........分かった」


 自分が新たなモフモフを見つけたら暴走するというのを自覚しているのだろう。


 花音は頬をふくらませながらガックシを肩を落とすと、“行ってらっしゃい”と言って手を振る。


 拗ねてる花音も可愛いな。


 「んじゃ、こっちのことは頼んだぞ。いつ帰れるか分からんし」

 「向こうでいい子が居ても手を出しちゃダメだよ?そんなことしたら私も飛んでいくからね」

 「ハッハッハ!!笑えない冗談だな。出先で浮気とか死亡フラグにしか見えん」

 「大丈夫。仁は殺さないから」

 「殺されるよりも酷い目にあうのが目に見えてんだよなぁ........」


 俺はそう言いながら、花音に行ってきますのキスをすると拠点を出て獣王国に向かうのだった。


 さて、ジーニアスくんを助けるとしますかね。俺は借りはキッチリ返す主義なんだ。


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 獣王国の首都。その闇市から少し外れた場所の隠れ家で、獣人会最高幹部1人ジーニアスは脇腹から血を流しながら壁にもたれてかかっていた。


 「クソッタレが。こんな時に仲間割れを起こすようなやつが居るとは、考えが浅かったぜ」

 「ジーニアスさん。傷に触ります。お静かに」


 彼の護衛役として長年隣に連れ添っていた巨漢の獣人が、ジーニアスの傷の手当をする。


 ジーニアスは痛みを歯を食いしばりながら耐え、傷の手当を済ませた。


 「はぁはぁはぁ。歳はとりたくないもんだな。昔ならこの程度の傷、なんてことは無かったのに」

 「いや、普通なら死んでいてもおかしくない傷ですよコレ。この状況で普通に出来る辺り、あなたはまだまだ現役です」

 「さっさと隠居生活したいぜ。だが、あの腐れ野郎をぶち殺すまでは我慢だ。俺に偽の情報を渡すだけでなく、人間と手を組んだ報いは受けさせてやる」


 ジーニアスに入ってきた情報。


 それは完全なデマであり、ジーニアスを快く思わない組織の人間が仕込んだ罠だった。


 命からがら2人で逃げ出してきたものの、状況は宜しくない。


 今でもジーニアスを捜索する部隊が、あちこちをウロウロとしているのである。


 「まさか、7年近く前に貰ったあの紙に縋る日が来るとはな........きっといい事があると思って持っていて正解だった」

 「本当に彼らは来るんでしょうか?この紙ひとつで?」

 「分からん。だが、きっと借りを返しに来てくれるよ。あの人間は、そういうやつだ」


 遥か昔に、世界最強の名が轟く前にもらった一枚の紙。


 お守りとして何となく持っていたその紙が、今は希望となっている。


 ジーニアスは、人生何があるかわからんなと思いつつ、この知らせを彼らが受け取ってくれることを祈るのだった。

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