イスの日常2

 

 仁と花音に見送られ、イスはアゼル共和国の首都にやって来た。


 辺境の街であるバルサルから歩いていけば一ヶ月以上も掛かるが、ドラゴンであり空を飛べるイスにとっては近所と変わらない。


 仁から預かった通交書を見せ、無事に街の中に入ったイスは一先ず別荘である自分の家に向かう。


 「ベオークも食べるの?」

『要らない。ワタシ、そこまでお腹すいてないし』

 「そうなの」


 適当な露店で買った串焼きを齧りながら、イスはのんべんだらりと街の中を歩く。


 四年も過ごしたこの街は、相も変わらず賑やかで煩かった。


 しばらく歩くと、別荘が見えてくる。


 イスはこの家を管理しているベオークの子供達から家の鍵を貰うと、家の中に入って荷物を下ろした。


 今日から一週間程、ここで過ごすこととなる。


 必要なものは全て揃ってはいるが、やはり両親が居ないと少し寂しく感じてしまうのは仕方がない。


 イスは仁と花音がとにかく好きなのだ。


 「いつも管理おつかれさまなの」

 「シャー」

 「何か変わった事とかあった?」

 「シャー?シャー」

 「相変わらず平和?この街は治安がいいの」


 寝泊まりの準備をする間、イスは子供達と話す。


 呑気に手を挙げてジェスチャーを取る子供達を面白く思いながら、寝泊まりの準備を終えたイスは早速リーゼンの家へと向かった。


 「リーゼン、今日は暇かな?」

『急に押し掛けてるから怪しい。いつもの事だけど』

 「連絡を取る手段もあるにはあるけど、子供達がバレると面倒だから使えないの。手紙を普通に送ってたら遅すぎるし、こういうところは不便なの」

『それは仕方がない。ジンの居た故郷では遠くでも話せる魔道具があったらしいけど........』

 「ドッペルゲンガーに作らせる?」

『作れないことは無いだろうけど、作った所でって感じはある。母様の配下にいる念話蜘蛛を使えば事足りるし』

 「それはそうなの。団員内での連絡はアンスール1人で終わりなの」


 ドッペルゲンガーは基本的に傭兵団の為になる物か、趣味でしか魔道具を作らない。


 イスも自分の世界で農業をする為に色々と作って貰ったが、これは傭兵団の為である。


 頼み込めば作ってくれるだろうが、あまり我儘を言いすぎるのはダメだった。


 イスは子供として団員に可愛がられているが、ある程度の節度を持つのが重要である。


 生まれたばかりなら許されただろうが。


 少し歩けば、リーゼンの家が見えてくる。


 特に代わり映えのないリーゼンの家には、見慣れない門番が一人立っていた。


 「ん?新しい人なの?」

『多分そう。この前、ここのお嬢様が面白そうな人を見つけて雇ったって言う報告を聞いた』

 「ほへー、リーゼンは人を見る目が凄いから、優秀な人材が集まるの。あれも優秀なの。“人間にしては”って枕詞が着くけど」


 門番をしている大柄な男は、確かに強い。


 しかし、それは人間の尺度で測った時の話であり、人外まみれの魔境に住んでいるイスからすれば指一本でも殺せるほどに弱々しい存在だった。


 恐らく、リーゼンやメレッタよりも弱い。


 しかし、暗殺者であるサリナとはいい勝負が出来そうである。


 「こんにちはなの」

 「こんにちはお嬢さん。どうしたのかな?」


 イスが挨拶をすると、門番はイスを怖がらせないようににっこりと笑いながら目線を合わせるためにしゃがむ。


 イスを知っている者からすればあまりにも舐めた態度だが、彼は何も知らないので攻めることは出来ない。


 それに、高圧的な態度を取らず、できる限り優しくしようと見えたのでイスとしては好感度は高かった。


 残念ながら、元々の顔が怖すぎるので優しい笑顔を作っても子供は泣きそうだが。


 「リーゼンに会いに来たの。イスが来たと言えば分かるの」

 「........イス、あぁ、お嬢様から聞いて居た傭兵団の子か。ちょっとここで待っててくれるかい?アメあげるから、舐めて待ってるといい」


 門番はイスの顔を知らない。


 顔を知っている者を呼んで、本当にイスなのかを確認しようとイスに飴を渡して近くのメイドに声をかける。


 イスは受け取った飴を舐めると、顔を顰めた。


 「何この味」

『どうした?まさか........毒?』

 「毒なら匂いで分かるし、そもそも効かないの。なんというか、昆布の味がするの」

『昆布飴........渋すぎでしょ』

 「不味いわけじゃないけど、嫌いな味なの。ママが作ってくれる昆布の入った味噌汁は美味しいのに........」

『調理の仕方で味が変わるいい例。ほら、同じ食材を使っても、ジンとカノンノ料理は天と地の差があるでしょ?』

 「なるほどなの」


 イスはそう言うと、口の中で飴を凍らせて噛み砕く。


 舌に触れなければ味はしない。という事で、噛み砕いた飴達に氷を纏わせながら味を感じないようにしていた。


 実は物凄く高度な事をしているのだが、本人に自覚はない。


 飴を噛み終えて、口直しに干し肉を食べていると三階建ての屋敷の窓から(三階)飛び降りてくる影が一つ。


 「イスー!!来ると思ってたわ!! 」

 「おー、リーゼンなの。相変わらず元気ハツラツなの」


 猛スピードで駆け寄り、リーゼンはイスに抱きつく。


 イスは威力を逃がすためにくるくると回りながら、リーゼンを抱き留めた。


 「三ヶ月ぶりかしら?随分と久しぶりね!!メレッタも貴方に会いたがっていたわよ」

 「久しぶりなの。私もメレッタに会いたいの」

 「ふふっ、今日は楽しくなるわよ!!グランド!!この子が来た時は問答無用で通しなさい!!いいわね!!」

 「かしこまりました。お嬢様」


 グランドと呼ばれた門番は静かに頭を下げる。


 イスはその様子を見て、リーゼンに疑問をぶつけた。


 「新しく人を雇ったの?」

 「ちょっと仕事で遠出した時に見つけたのよ。元々傭兵として働いていたんだけど、優しすぎるから合ってないのよ。だから私が雇ったわ。ちょうど門番を探してたしね」

 「門番を探すって事は、あまり穏やかじゃないって事なの」

 「そうね。ちょいちょい嫌がらせを受けたり、暗殺者が入り込んだりするわ。まぁ、雑魚同然だからどうとでもなるけど。先生やイス程強い相手でなければ、私を殺せないわよ 」

 「気をつけてね?いざと言う時は、私達が守ってあげるの」

 「あら、世界最強の護衛だなんて頼もしいわね。ささ、中に入ってゆっくりと話しましょう。積もる話が沢山あるわ」


 イスが来たことでテンションが高いリーゼンに引っ張られ、イスはリーゼンの屋敷に向かうのだった。

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