愚か者の末路③
アゼル共和国で2番目に大きな商会であるベルン商会。
その商会長であるベルンは、自分の部屋で書類を処理しながら秘書と話していた。
話題はもちろん、今日の武道大会について。
観衆の前でこっ酷く負けた息子、ベルルンの話である。
「ベルルンは部屋に引き篭ったままか」
「はい。お食事を届けた使用人曰く、かなり憔悴してるようでして。今日の試合が余程堪えたのかと」
「あれは酷かったな。試合内容云々ではなく、観客からのブーイングが凄まじかった。我が商会も嫌われたものだ」
ベルルン対ブデの試合は、あまりにも酷かった。
ブデがベルルンの攻撃をただいなし続け、体力が切れるまで防御に徹していた。
それに関して、ベルンが思うことは何もない。
戦闘に関しては完全な素人のベルンから見ても、実力差は明らかだったのだから。
問題は、それを見ていた観衆である。
この国で2番目に大きな商会の息子というのは、それだけで疎まれる存在であるのだ。
持たざる者からすれば、生まれただけでも勝ち組のベルルンにヘイトが溜まるのは仕方がないと言える。
更に、ベルルンの日頃の行いが悪い事が民衆にも知れ渡っていたのも問題だろう。
とは言え、流石のベルンもあそこまで“帰れ”コールが鳴り響くとは思ってなかったが。
「暫くは店の売上が悪くなるな。今日の武道大会で、ベルン商会の評判はかなり落ちた」
「客はかなり持っていかれるでしょうね」
「だが、それ以上に息子にはいい薬になっただろう。この経験を経て、人として成長して欲しいものだ」
店の売上は確かに落ちる。だが、全てを持っていたベルルンにとってはいい経験となっただろう。
問題は、この折れた心が再び立ち直らない場合だが、反骨精神の塊なようなベルルンがずっとウジウジしているとは思えない。
いつの日か、この商会を引き継ぐベルルンの大きな手助けになるとベルンは思っていた。
薬の処方が遅すぎたが。
「ベルン会長!!ベルン会長!!」
動きがあったのは、それから暫くしてからだ。
店員の1人が、慌てた様子でベルルンの執務室にノックも無しで入ってくる。
何事かとベルンはその店員に視線を送り、取り敢えず肩で息をする店員の呼吸が整うのを待った。
「どうした?ノックも無しに」
「た、大変です!!この店を衛兵が取り囲み、元老院の方がこちらに来ています!!」
「なんだと?!どういうことだ?!」
ベルンが外を見ると、確かに衛兵が周囲を取り囲んでいる。
暗いからよく見えないが、月の明かりに反射された鉄の鈍い光がベルンの目に映った。
「本当に囲まれている。何かあったのか........?」
「邪魔するわよ」
その直後、執務室の扉を開けるものが1人。
まだ幼さを残す少女と、皺くちゃの老人、そして欠伸をかみ殺す全身を真っ黒の傭兵が部屋に入ってきた。
ベルンは即座に相手が誰であるか悟ると、頭を下げる。
相手は元老院の娘。商会長である自分よりも、実質的権力は上の人間だ。
「リーゼン様に、ブラハム様。それに、ジン様ですね。これはどういうことでしょうか?」
「お?俺を知ってんのか」
「ほっほっほっ。流石にアレだけ暴れれば、名は知れ渡るだろう。あまり表に出んから、名以外はしられておらんだろうが」
「名前だけ1人歩きしてるのか。しかも、その名前は二つ名の話だろ。有名人としては、顔も本名も覚えて欲しいな」
自分の名前を呼ばれたことに驚く傭兵。その見た目から、世界最強の傭兵と言う事を判断されることは多くとも、彼の名を知らないものは多い。
“黒滅”と呼ばれれば分かるものも多いが、本名を知るものは少なかった。
関係の無い話で盛り上がる2人を置いて、リーゼンはワザとらしく話す。
全てはベルルンがやった行いだが、その責任をベルンに押し付けるのだ。
「あら、知らないとは言わせないわよ。私を殺そうとしてきたじゃない」
「........?なんの事ですか?」
身に覚えのないベルンは首を傾げる。
それもそのはず。彼は何もしていないのだから。
「惚けるのがお上手ね。証拠ならごまんとあるわよ?サリナ」
「はい。こちらですね」
サリナはリーゼンに呼ばれると、証拠となる契約書をベルンの机に置いた。
ベルンは身に覚えがないと思いつつも、その書類を取って目を通す。
そして、目を見開いた。
「な、なんですかこれは!!私はこんな契約をした覚えは無い!!」
「あらそう。でも、この契約書は本物よ?そこに書かれてる字は貴方のものでしょ?」
確かに契約書に書かれたベルンの名前は、自分の書いた文字とそっくりだ。しかし、書いた覚えの無い。
どういうことかとリーゼンに問い詰めようとしたその時、再び執務室の扉が開かれる。
「むぐっ!!むぐー!!」
「ベルルン?!」
猿轡を噛ませられ、声を上げることができないベルルンが衛兵に連れられてやってきたのだ。
ベルンはこの時、全てを悟った。
このバカ息子がこの契約をしたのだと。
しかし、それでも“息子がそんな事をするはずがない”と信じ、彼はリーゼンに食ってかかった。
「これはどう言うことですか?!」
「私を暗殺しようとしたでしょ?全て分かってるのよ。貴方の息子がならず者に依頼を出して、生徒を殺させようとしたこともね」
リーゼンはそう言うと、1枚の紙を取り出す。
それは、ベルルンの名前が書かれた契約書だった。
焼いて処分したはずの契約書が、なぜこの場にあるのか。ベルルンは驚きつつも、必死に藻掻く。
しかし、衛兵達を押しのけるだけの力は無かった。
「これは........」
「他にも証拠はあるわよ?襲ってきた暗殺者も捉えてあるし、言い逃れはできないわね。貴方は子育てを間違えたのよ」
「........」
ここまで証拠を突きつけられたとなれば、ベルンも何も言えなくなる。
そもそも、こうして自分達を捕えるために動いたのは、確実に捕えられる理由があるからだろう。
ベルンは息子の愚かさに目眩がしつつも、この責任を全て自分が被ろうと決意した。
このままではベルルンは処刑されてしまう。子供と言えど、度が過ぎた。
「息子には恩情を与えて頂けませんか?子の罪は親の責任。息子の詰みを無くせとは言いません。ですが、処刑だけは勘弁して頂きたい。代わりに私が処刑されます」
「ほっほっほっ。先の親とは随分と違うのぉ。とは言えだ。そこのバカ息子の処刑は変わらん。情状酌量の余地があるのは、お主だ。子育てに失敗こそすれど、お主はまだまともだからな」
「そこをなんとか!!これは私の罪です!!息子に教育が出来なかった私が悪いのです!!」
何とか息子を救わねば。ベルンはそう思い、土下座して許しを乞う。
だが、無情にも傭兵はその夢を打ち砕いた。
「それはそれ、これはこれだな。元老院の娘に何度も暗殺者を仕向けるようなやつを、この国が生かすと思うか?見せしめになるのが関の山だろ。ここでこのクソガキを処刑しなきゃ、こっちの面子が立たない。あんたはまだ許されるだろうがな」
「ベルン商会長には同情するけど、これは決定事項よ。自らの罪を悔い改めなさい 」
「そんな........ベルルン........」
自らが処刑されると聞いて、絶望の顔を浮かべるベルルン。
そんなベルルンを、ベルンは同じく絶望した顔で見つめるのだった。
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