愚か者の末路②
予選を終え、明日に本線を控えたその日の夜。
シエル商会の会長であるブブタンは怒りに満ちていた。
娘の晴れ舞台だと思って見に行った武道大会予選。本線に出場できるとはブブタンも流石に思ってなかったが、第一回戦で補習科の少女に手酷く叩きのめされてしまうとは予想外が過ぎた。
しかも、相手は何度も暗殺を仕向た相手。
あの娘さえ居なければレナータは全身の骨をへし折られ、その恐怖に染ることは無かっただろう。
初戦で敗退した可愛い娘は、治療を行った後歩くことすらままならず部屋に引き篭ってしまった。
「許さん。絶対に許さんぞ!!この私の可愛い娘をあんな目に合わせた庶民は、ゴブリンの餌にでも変えてやる!!家族諸共な!!」
ブブタンはそう吠えると、机に拳を何度もたたきつけた。
唯一、良かったと思えるのはレナータの母親が試合を見にこなかったことだ。
見に行けるならば行きたかったのだが、辺境の街でブブタンの代わりに店を取り仕切る彼の妻は大口の取引が入ってしまった為、首都に足を運ぶことが出来なかったのである。
妻に自分の娘が壊れていく様を見せるようなことにならなくてよかったと安堵はするものの、やはりメレッタへの怒りが強い。
娘の為にも、生け捕りにして拷問に掛けてやらねばとブブタンは、闇に生きる者に連絡を取ろうとしたその時だった。
「商会長!!大変です!!」
「ノックぐらいしてから入れ!!貴様も殺されたいのか?!」
「も、申し訳ありません。ですが、それどころでは無いのです!!この店に、数多くの衛──────────」
慌てた様子でブブタンの部屋に入ってくる店員。ブブタンは怒りに任せて店員を叱責するが、その直後に現れた者立ちを見て絶句した。
「邪魔するぞー」
「三下の店にしては綺麗ね。でも、この部屋の趣味は悪いわ。そうは思わない?」
「成金豚の悪趣味が見えますね。私は嫌いなタイプの部屋です」
「ほっほっほ。確かに趣味が悪い。何だこの金の置物は。目がチカチカするわい」
全身を黒に包み、逆ケルト十字を背中に背負った世界最強の傭兵と、この国の最高権力者である元老院の娘と護衛。
そして、この国の最高権力者である元老院の中でも最も権力を持つ老いぼれた権力者。
それなりにこの国に詳しければ、名前ぐらいは聞いたことがある存在がズカズカとブブタンの部屋に足を踏み入れたのだ。
商人として数多の権力者達と商売をしてきたブブタンとは言え、この面子には言葉を失ってしまう。
特に、老いぼれた権力者であるブラハムがこの場にいるという事が、ブブタンにとって致命的であった。
しかし、ブブタンも商人。直ぐさま作り笑顔をすると、揉み手をしながら彼らに近づく。
彼は、まだなぜこの場にリーゼン達が現れたのか理解していなかった。
「こ、これはこれはブラハム元老院様。お初にお目にかかります。私に何かごようでございますでしょうか?」
「商人というのは相も変わらず作り笑顔が上手いな。そうは思わんか?」
「あん?俺に聞いてんのか?まぁ、確かに作り笑顔が上手いが、気持ち悪いな。まだオークを見てる方がマシだろこれ。よくこんなブスから、あそこまで綺麗な娘が生まれたもんだ」
「ほっほっほ!!辛辣じゃのぉ。同意見じゃが」
ブブタンを無視して、ブラハムは仁と話始める。
もちろん、ブブタンにもこの会話は聞こえており、彼は額に血管を浮かべながらも笑顔を崩さなかった。
「そ、それで、どのようなご要件でしょうか?我が商会はありとあらゆるものを取り寄せていますが........」
「流石はシエル商会ね。まさか暗殺者まで雇えるなんて。ありとあらゆるものを取り寄せているのも、あながち間違いじゃないわ」
怒りを押し殺してブラハムにゴマをするブブタンに、リーゼンは皮肉の入ったセリフリ吐きながら1枚の紙を取り出す。
その紙を見たブラハムは、目を大きく見開いた。
その髪は、かつて雇ったならず者たちとの契約書である。しっかりと処分したはずなのに、何故ここにそれがあるのか。そんな疑問と、“不味い”と言う焦りから冷や汗を掻き始める。
「な、なんの事か分かりませんな。我が商会はそのような者を扱ってはおりませんので」
「へぇ、そうなんだ。ところでお豚さん?汗が凄いわよ?」
「あ、汗っかきなものでして........」
「ほっほっほ。他にも証拠は沢山あると言うのに........捉えよ」
ブラハムはそう言うと、扉の向こうから衛兵がなだれ込んでくる。
ブブタンは逃げようとしたものの、常日頃から鍛えている衛兵からは逃れられなかった。
「うぐっ、な、何かの間違いです!!そう!!これは私を貶めるための策略なのです!!」
「よく吠える豚じゃな。言い訳は牢獄の中でするといい。娘と一緒にな」
「お父様!!」
「レナータ?!」
先に捕まえられていたレナータは、ようやくここで発言を許可される。
扉の前で口を塞がれ、それでも吠えていたのだが、そこ叫びが届くはずもなかった。
「どういう事お父様?!なんであの蛆虫共を始末しようとしてこんなことになるのよ!!」
「れ、レナータ!!静かにしなさい!!」
混乱の余り我を忘れ、衛兵達が聞いている場で自らの過ちを暴露するレナータ。
あまりにも短絡的すぎる行動に、流石のブブタンも娘を叱る。
が、時すでに遅し。
レナータの発言があろうとなかろうと、彼らの運命は決まってしまっている。
「ピーピー煩い虫ね。その頭の悪さだけは尊敬に値するわ」
「見習っちゃダメな頭の悪さだけどな」
「当たり前よ。こんなバカを見習った日には、お母様に全身を焼かれるわ」
「........ちょっと想像できるのがなんとも言えんな」
「奥方様ならやりかねませんね........」
もう既にレナータ達に興味のないリーゼン達は、そんなことを話しながら部屋を出ていく。
これはあくまで前菜。メインディッシュに行くための舌慣らしにも過ぎない。
「ほっほっほ。最近の若いものは行動が早いのぉ。衛兵や、牢獄にぶち込んだ後、水も与えるな。あまりにもうるさい様だったら、殴っても構わん」
「はっ!!了解致しました!!」
ブラハムもそう言って、リーゼン達の後を追う。
ブブタンは、何とかしなければとブラハムに訴えた。
「お待ちください!!ブラハム元老院様!!」
「待たんよ。己の浅ましさを恨むことだ。もう刑罰も決まっておる。娘と妻は罪人たちが働く炭鉱道で男達の相手を。貴様は処刑だ。精々、女神に祈るといい。死後の世界は天へと召されるようにな」
「なっ、妻は関係ありません!!」
アゼル共和国には奴隷制度がない。しかし、死刑もあれば罪を犯していない家族に罰を与えることすらできる。
もちろん、相当あくどい事をやってなければ家族諸共罰を下されることは無いが、最高権力者ともなれば好き勝手に刑罰を下すのも朝飯前だ。
「では、幸運を祈ろう」
皮肉たっぷりにそういったブラハムの背中を見て、ブブタンは自分の人生が終わったことを察し、隣で騒ぎまくる娘に殺意を覚えるのだった。
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